リスボンの散歩

リスボン市内に入った途端、大渋滞に巻き込まれた。
牧歌的な田舎の村と比べると騒々しさはあるけれど、
西ヨーロッパの各国の首都に比べたら
穏やかな空気が漂っているように感じる。

見晴らしの良い広場の前で車を止めてもらう。
ここまで乗せてくれたおばちゃんは、
「困った事があったらここに電話するのよ」
と名前と番号の書かれた紙切れをくれた。


高台になった広場のベンチに腰を掛け辺りを見回すと
起伏に富んだ町はとても複雑で、
どこへ向かったら良いか分からない。
とりあえず、視線の先にある城を目指して
気ままに歩き始めると建物の隙間に大西洋が見えた。
その時に初めて西の果てに来たのだと実感し、何だか嬉しかった。


リスボンには古くて素敵な集合住宅が至るところに建っている。
なかには外壁が花模様のタイルで覆われている建物もあり、
美しいタイルを見ているだけでも町歩きが楽しい。

ポルトガルは青い装飾タイルのアズレージョが有名だ。
教会や駅などにも大掛かりな連続模様が描かれていたりする。
庶民的な花模様は街角を彩り、至るところで目を引く。
古く剥がれ落ちてしまった箇所の修復にはめ込まれた
違う模様のタイルがまた絶妙で美意識が感じられる。


大きな広場に出ると、一坪ほどしかない小さな店に
人々が集まっているのが目に入った。
店内の棚には同じラベルのボトルがずらりと並んでいる。
ここはジンジャというサクランボの果実酒のみを扱う店だった。
マスターは同じ注文を同じ手つきでこなしていき、
客も皆同じように店の前で立ち飲みをして
グラスをカウンターに戻し去って行く。
やっと順番がまわり、
赤黒い液体がショットグラスになみなみと注がれた。
グラスを傾けると、濃厚な甘さが一気に口に広がった。
底に残ったふやけたサクランボを口に含みグラスを戻す。


店構えに惹かれて、老舗のカフェに入りコーヒーを頼む。
客で溢れる活気ある店内でウェイターは忙しそうにしている。
妻はウェイターにぶつかりながらも
お菓子のショーケースの前でじっと悩んでいる。
結局小さなクッキーを2枚だけ買ってきた。

どうやら2ユーロで詰め合わせを頼んだらしいが、
2枚しか買えなかったらしい。
それを見て思わず笑ってしまった。
2ユーロあったら、ルーマニアではクッキーが山ほど買える。
その感覚で小銭を握りしめても、ここでは通用しない。
注文したコーヒーも忘れられているようだったので、
2枚のクッキーを半分ずつ味わって店を出た。


坂道の多い小道に迷い込んだと思ったら、
リスボンの下町・アルファマ地区に入っていた。
古びた建物が多く、味わい深い場所だ。
やっと急な坂道を登ったと思えば、今度は長い下り階段が続く。
リスボンの入り組んだ地形は、坂の途中でふと足を止めて
辺りを見渡す度に違った表情を見せてくれる。


アルファマ地区は他では見られなかった、
子供が路地で遊ぶ姿やおばちゃんが洗濯物を干す姿があって温かい。
壁面に描かれたキノコやウサギの落書きも愛らしいものだった。

ふたり通るのがやっとの細い道に小さなお菓子屋を見つけた。
先程思ったようにお菓子が買えず、がっかりしていた妻の目が輝いた。
アズレージョがあしらわれた店内に並ぶ伝統的なお菓子は
素朴なものばかりで、気取らない値段だった。
ようやくコーヒーを飲んで一息ついた。


広場からすぐ目の前に見えた城にようやく辿り着いたのは夕方だった。
中に入ることはできなかったけれど、塀の上によじ登り
リスボンの町がゆっくりと茜色に染まっていくのを眺めていた。

text by : tetsuya
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ペドロコヴァルの教会

モンサラーシュでの早朝、人は誰もいないが犬が一匹いた。
犬は私たちを見て首を傾げている。
随分と人間じみた表情をしていて
「どこから来たの?」と今にも尋ねてきそうだ。
犬は私たちの歩く方向を確認すると小走りで追い越し
「早く来てよ」と言わんばかりにその場でじっと待っている。
まるで自分が村を案内しているかのような得意気な顔をしている。
結局いつまでも離れないこの犬をボスと名付けて案内してもらう事にした。


村の端に13世紀に建てられた石造りの四角い城がある。
がっしりとした強固な城は軍事的に建てられたもので、
その立派な姿に冷たい風が吹き抜けると、少し淋しい印象に映る。
今は闘牛場として使われることもあるそうで、
真ん中にある円形の砂場を石の塀で囲ってある。
階段状に続く客席を登って、村を一望できる城の上に立つと
眩しい太陽の光がこちらへ迫ってくる。
こんなに気持ちの良い朝を迎えられると
夜中に野宿で震えていたことも忘れてしまう。


村を散歩しながらボスの後についていくと古い教会が現れた。
なぜかボスは扉の前でじっとしている。
もう長い間使われていない様子で、だいぶ朽ちているが
抜けた天井から差し込む光が美しいフレスコ画の断片を照らす。
内部には何百年も前から時が止まっているような厳かな空気が流れていた。


ようやく出会った村人に町へ行くバスの時間を聞いてみると、
「もうすぐそこに来るわよ」と村の入り口を指差している。
どうやら町へ行くバスは朝8時の1本しかないらしい。
もう一泊しようか迷ったが、夜から朝までの美しい時間を
十分に堪能できたのでボスと別れ、そのバスに乗ることにした。


町へ行くつもりだったが、バスから素敵な教会が見えたので
ペドロコヴァルという村で途中下車することにした。
優しい色合いの教会の上部には痩せた男と太った男の顔が彫られていて、
その間には2本の鍵が交差した紋章が描かれている。
そしてレリーフの一部のように無数の鳩が整列していた。


教会前のカフェで小太りのおじちゃんが手招きしていたので行ってみると
「これはおごりだよ」と言い、2杯のコーヒーが机の上に置かれた。
朝から何も口にしていなかったし、これがポルトガルで飲む
初めてのコーヒーだったので涙が出るほど嬉しかった。
礼を言うと、おじちゃんは照れ笑いをして
顔を真っ赤にして足早に帰って行った。
ポルトガル人はルーマニア人と正反対で、照れ屋でのんびり屋で
あまり干渉しない人が多いが、ほのぼのとした優しさが感じられる。


この村は頭の中で思い描いていたポルトガルの村にすごく近かった。
白い壁に緑や青の扉や窓枠が映えていて可愛い家並み。
自分の土地や空気に合う色をみんな知っているから
村全体が綺麗にまとまっていて歩いているだけで気持ちが良い。
これが東欧だと、てんでんばらばらの色に塗られてしまう。
でも、それはそれで個性があって面白い。


帰りは町へ行くバスがなく、仕方なく歩いていると
村のおばちゃんが近くのバス停まで乗せてくれた。
しかし、そこもバスが来る気配がなかったので
ヒッチハイクを試みようと手を挙げると、
すぐに1台のトラックが止まってくれた。
西ヨーロッパでこんなに簡単に車が止まってくれるなんて
思ってもみなかったので親切なポルトガル人に感動した。
トラックの運転手にエヴォラの町まで送ってもらったのだが、
幹線道路沿いだったので首都のリスボンまで挑戦してみる。
すると、またすぐに上品なおばちゃんが止まってくれた。
「ヒッチハイクしている人を乗せるなんて初めてよ」と笑いながら
リスボンまでの2時間、延々と楽しいおしゃべりを続けた。
こうした出会いが旅をより良いものにしてくれる。

text by : tetsuya
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モンサラーシュの星空

未明に公園のベンチで目覚めた私たちはバス停へ向かった。
9時半にポルトガル行きのバスが出るというので、
カフェでコーヒーを飲み、暖をとりながら待つ事にした。
ヨーロッパは真夏といえども深夜はぐっと気温が下がる。
昨夜は持っている全ての服を重ね着したが、それでも寒かった。

リスボン行きのバスに乗り、途中のエヴォラという町で乗り換え、
モンサラーシュというスペインの国境近くの山上に位置する小さな村へ向かう。
バスはこの村が終点だったようで、乗った時は賑わっていた車内が
いつの間にか静かになり、降りる時には2人だけになっていた。


着いたのは午後7時過ぎだったが、空はまだ明るかった。
ポルトガルの空は海のような色をしている。
建物が白いせいか、透き通って見える。
目に映る全てが美しくて村に着いた瞬間に満足してしまった。
真っ白な石灰で塗られた家々に咲く濃い赤や紫色の花。
丘の上から見下ろす森と湖と遥か遠くの村。
静かなこの村は、人が出歩いている気配がなく、
自分の鼓動が聞こえてきそうなほどに音がない。


朝からたいした物を食べていなかったので、
村で唯一開いていたレストランに入る。
地平線の見える眺めの良い席に着くと、すぐにお通しが出てきた。
どれも家庭の常備菜といった感じの、歯ごたえのある浅漬けのオリーブと
半乾きのうまみが凝縮されたチーズと小麦が香るバゲットが出てきて、
それを口に入れた途端に美味し過ぎて笑ってしまった。
伸ばす手を押さえることができずに
料理が運ばれてくる前に満腹になってしまった。

肝心の主食は、ごろっとした羊肉とじゃがいもの煮込み。
煮汁にはバゲットが浸っていた。
ほくほくとしたじゃがいもにほろほろと柔らかい羊肉。
地平線から日暮れを眺めながらワインを片手に贅沢なひとときを過ごした。
この数時間の滞在でポルトガルに来て良かったと心底思った。


食事で心と体が温まり、また野宿でもいいかという気持ちになった。
寒風が遮られる場所を探して寝ていたのだが、
3時頃に身震いして目を覚ました。
私の寝ていたちょうど真上には蛇口があり、
そこから水がポタポタと垂れていたのだ。
濡れた上着を乾かすために真夜中の散歩をした。
というよりも寒くてじっとしていられなかった。

寝付くことができずに夜空をぼんやり眺めていたら星がすっと流れた。
錯覚かと思って目を凝らして見ていると、次から次へと流れ星が見える。
寒さも忘れて、夢の中にいるような光景だった。


流れ星に願いを唱えようと夢中になっているうちに
空の色が少しずつ変わってきた。
徹夜で仕事をしている時はあっという間に朝が来るのに
夜明けをじっと待っていると、なかなか夜は去ってくれない。
暗闇と太陽が話し合いをしているようなどっちつかずの空色が続く。
やがてゆっくりゆっくり太陽が昇り地平線にその強い光がのぞくと、
とてつもなくありがたい気持ちが沸き上がった。
さっきまでの震えも治まり、太陽に礼をした。

野宿をして初めて真夜中の寒さや夜空の星、
太陽の神々しさを感じることができる。
朝焼けに照らされて橙色に染まった沈黙の村に
私たちの足音だけが響いていた。


text by : tetsuya
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