ルーマニア旅日記 5日目 3/1 後編
ペンシオーネを出て、次の村に向かう。
まさかヒッチハイクが交通手段になるとは思ってもみなかったので、
マジックなど持ち合わせておらず、蛍光ペンで行き先を書いた。
マラムレシュならどの村にも行ってみたい。
村それぞれに雰囲気が違うだろうし、たくさんの風景をこの目で見たい。
 ボグダン・ヴォーダの昼下がりの風景。

ボグダン・ヴォーダから近いシエウ村とイエウド村の両方を紙に書きました。
行き先を書いた2枚の紙を掲げながらしばらく歩く。
すると、運良く幹線道路から外れた行きにくい方の村、イエウドに帰るという
若い男性2人の乗る車が止まってくれました。
だいたい一言目に「どこに行きたいの?」と聞かれるけれど、
私たちは村をぶらぶら歩くだけで充分満足できる。
素晴らしい彫刻の門や素朴な造りの民家や、軒先にかけられた琺瑯の食器などを
見て歩いたり、村人と挨拶を交わしたり、通り過ぎる馬車に手を振ったり。
そんな他愛もない事が一番楽しい。
でも、地元の人にしてみれば、田舎に来て何をするのか不思議なようで、
唯一皆にすぐ理解してもらえるのは木造教会なのです。
マラムレシュのどの村にも必ずひとつは木造教会があるのですが、
その中でも8つが世界遺産に登録されています。
特にイエウドの木造教会は現存する最古のものなので旅行者も多いのでしょう。
「木造教会を見に行く」と言えば納得してもらえます。
また、教会はだいたいが村の中心にあります。
それは、教会を中心として村ができたと言った方が正しいかもしれません。
ルーマニア人のほとんどがルーマニア正教を信仰していますが、
敬虔な村人は教会が少しでも見えるところで暮らしたいと思うそうです。
そういった訳で、まず教会に行けば村がどんな様子かがすぐに分かります。
 
まるでビスケットの模様みたいな木造教会の木彫りの門。

15分ほどでイエウド村に着きました。教会手前で降ろしてもらう。
ここは幹線道路沿いの村々とはまた違った雰囲気でさらに素朴さが増します。
と、突然1人のおばあちゃんが現れ、唐突に「入る?」と聞いてきました。
とっさに頷くとそこには小さな博物館がありました。
 
博物館の扉を開けてくれるおばあちゃん。優しい笑顔がたまらない。

樅の木で出来た古い民家が、建物だけでなく中もそのままに
昔ながらの古い生活道具で埋め尽くされています。
なんて素敵な生活なんだろう!感歎が洩れる。
鮮やかな色のタペストリーや刺繍のクロスや絵皿で飾られた部屋に
織り機や揺りかご、食器棚や衣装たんすが置いてあります。
 
古民家を再現している。  ベッド周りの織物が素朴で素敵。

おばあちゃんが織り機を動かして見せてくれました。
ガシャンガシャンと心地いい音が木の家に響く。
織り機の隣には赤ちゃんの人形が入った揺りかごがあり、
織り機を操りながら、揺りかごにつながるペダルを足で押して
赤ちゃんをあやすのだそうです。母親たちはなんて器用なんだろう。
 
実演して見せてくれた。  織り機は年季が入っている。

展示部屋の隣には小さな販売コーナーがありました。
手作りの衣装や手織りのバッグや手刺繍のクロスとなんでも手作り。
まるでお隣の部屋にある機具でさっき作ったというような素朴なものばかり。
そこにあるもの全てに愛着を感じ、愛おしくてほとんどのものを買ってしまった。
村人がいつも肩にひっさげているトライスタという丈夫な手織りのバッグに
買ったものを山ほど詰めて博物館を後にする。
 
食器も絵柄が綺麗で見もの。 博物館は教会の近くにあります。

博物館を出て数歩歩いたところでまた別のおばあちゃんに声をかけられる。
こちらもまた唐突に「入る?」と聞かれた。
今度は何だろうと思っていたら、おばあちゃんのお家でした。
自分の作ったものをお披露目してくれて、気に入ったものがあれば譲るよと言う。
さっきまで編んでいたウールの靴下や刺繍のクロスなどを買わせてもらう。
こうして民家から手作りのものが買えるのは、すごく楽しい。
おばあちゃんは作るのは好きだけれど、自分では使いきれないので売れて嬉しいし、
私たちも買えて嬉しい。供給と需要がすごくシンプルに成り立っていると感じる。
おばあちゃんはぬるめのコーヒーをご馳走してくれた。
 
離れでコーヒーを飲んだ。 ミルクを入れる琺瑯が可愛い。
 
昔ながらの竃の台所。   冷めてしまったお湯とパン。

村に着いて早々大荷物になってしまった。
かたつむりのように荷物を背負って木造教会までの坂道を登る。
教会の門をくぐると、さすが最古の木造教会。小さいながらも凛とした出で立ち。
木はほとんど黒に近いこっくりとした焦げ茶色。他より木の色が濃いように感じる。
そして何よりも神秘的な風景がそこにはありました。
民族衣装を身にまとったおばあちゃんが教会に寄り添うようにして
熱心にお祈りを捧げているのです。慈愛に満ち溢れた風景。
 
イエウド教会への入り口。  現存する最古の木造教会。

風もなく、暖かな日差しが降り注ぎまどろんでくる。
教会脇のベンチでたっぷり太陽の光を浴びて日向ぼっこをする。
しばらくして私が写真を撮りに辺りをぶらぶらしていた頃、
ベンチに座っていた夫は無意識のうちに歌を口ずさんでいたらしい。
(夫は童謡のようなへんてこな歌を即席でよく作る)
すると、教会の影からお祈りを捧げていたおばあちゃんがじっと覗いていたそう。
まるで神のお告げが聞こえてきたような顔をしていたらしい。神でなくて残念!
でも、ここは神の声が聞こえてきてもおかしくないようなところ。
 
お祈りを捧げるおばあちゃん。 古くなった墓標が立てかけられていた。

教会の坂を降りたところで、子供たちの集団が見えました。
大きな花輪を持ってはしゃいでいる。可愛いなぁと思い近づくと、
子供たちの後ろには大行列ができていた。しかも皆神妙な面持ち。
よく見ると黒い衣装に身をつつんだ司祭さんがお祈りを唱えていて、
その後ろには2頭の馬がお棺を引いていました。
ゆっくりと近づく行列からは嗚咽まじりに泣き叫ぶ声も聞こえる。
、、、これは弔いだ。
本で何度となく読んだマラムレシュの弔い。
人間が人間らしく生きるマラムレシュでは通過儀礼が大変重要になっている。
誕生、成年、結婚、そして死。こうした通過儀礼は宗教とも密接に関係している。
弔いといっても、参列者全員での屋外共餐に始まり、
(どんなに寒くても雪が降っていても屋外の即席の長机に並んで食事をするらしい)
楽隊の音楽、哀歌、踊りと夜を明かしての騒ぎとなるらしい。
未婚の若者が亡くなった場合はまだ見ぬ相手との結婚式まで執り行われる。
今でもそういった習慣があるのか分からないけれど、どうしても弔いに興味が湧く。
でも、あの嘆き悲しむ泣き声を聞くと、ひょこひょこ後をついていくのは憚られる。
ただ、教会に向かう弔いの列の神秘的な風景は今でも脳裏に焼き付いている。
 
子供たち、司祭、お棺、参列者と長い列が続く。

時が止まったかのようにぼんやりしていたが、再び歩き出す。
大行列の弔いが行われている一方で、参列しない村人は普通の生活をしています。
羊のふかふかの毛を撫でたり、大きな豚のチリチリの毛をさわったりして
家畜やその飼い主と触れ合う。どこの家もほとんどが家畜を飼っていて
一番多いのは羊、それから馬に牛に豚に鶏。
羊は毛を刈って紡いで糸にして、それを織って布にして洋服にしたり絨毯にしたり。
馬は干し草をうんと乗せた荷台を引き、人をも運んでくれる車のような存在だし、
牛からは牛乳が絞れ、農作業の力仕事にも欠かせない。
鶏は卵が採れるし、豚はクリスマスのご馳走になる。
それぞれに大切な役割を持つ家畜なのです。家族でもあり、財産でもあります。
 
羊は2月に出産するので、この時期子羊が多く見られる。とても可愛い。
 豚もまるまるとして可愛い。

行きは車ですぐに着いたイエウドですが、帰りはほとんど車が通らず
結局幹線道路まで、重い荷物を肩に食い込ませながら1時間以上ひたすら歩いた。
やっと村の終わり看板が見えて、車もたくさん走っているのが見えました。
さっきまで弱気になっていたのに、車が見えるとまた次の村に行きたくなる。
再び行き先を書いた紙を掲げてヒッチハイクを始める。

近くのベンチに座っていたおばちゃんたちが後ろで応援してくれている。
嬉しい応援団だ。おばちゃんたちのお陰で車はすぐに止まってくれた。
おばちゃんたちも一緒に喜んでくれて「いってらっしゃい」と手を振ってくれる。
その車はシエウを通り越してロザヴレアまで乗せて行ってくれました。
 ヒッチハイク応援団。

ロザヴレアには大きな木造教会があります。
隣には古い鐘つき台があり、その下にはお洒落なフェンスが。
朽ちてお払い箱となったフェンスがまたいい味を出している。
ここに家があったらこういうのを譲ってもらって庭の囲いにしたいくらい。
 
天にも届きそうな背の高い木造教会。隣には鐘つき台がある。
 お洒落なフェンス。できる事なら欲しい。

木造教会を見終え辺りをぶらぶらしていると
通りがかりのおばちゃんから「今晩はどこで寝るの?」と聞かれました。
このフレーズ、よく聞かれる。みんなどこに泊まるのかを心配してくれる。
「今日はボグダンヴォーダのペンシオーネに、、、」と言うが早いか
「こっち、こっちよ」と指をさして教えてくれました。
確かに1本道で迷う事はないけれど、歩けば4時間以上かかりそう。
そんな距離でもこちらの人は平気で村から村へと歩くらしい。
しかも家畜を引いて、または作物を背負って。強靭な足腰である。
 
木彫りの門と一脚の椅子。 椅子やベンチは村の至る所にある。

もう少し散歩をしようかと思っていたけれど、おばあちゃんが
あまりにも親切に道を教えてくれたので(とはいっても1本道ですが)
しかも別れてからも遠くで見送ってくれているので、寄り道する訳にもいかず、
だんだんと西日も射してきたので、ボグダン・ヴォーダへと帰る事にしました。

車が通れば朝にガソリンスタンドで貰った手描きのボグダン・ヴォーダ紙を掲げ、
しばらく通らなければその辺にあるベンチでひと休み。
そうこうしているうちにいよいよ日が傾いてきた。
夕方になると車がぱったりと通らなくなる。
朝からわりとスムーズに目的地に着いてきたのに、ここにきて窮地となった。
 西日の橙色の光が射してきた。

ヘッドライトを点け始めた車がほんの数台通り過ぎる中
1時間ほどヒッチハイクをしていただろうか。辺りは外灯もなく薄暗い。
さすがにこのままではボグダン・ヴォーダに帰れそうもないと不安になった。
ボグダン・ヴォーダのペンシオーネでは今頃夕食の支度をしてくれていると思うと
帰りたいのはやまやまだけれど、車がつかまらない限りはどうしようもない。
バスがあるのかないのかよく分からないし、タクシーなんて呼べる所ではない。
寒さも感じ始めた頃、1台の車がだいぶ先の方でゆっくりと止まりました。

運転していたのは、まだ10代くらいに見える若い少年。
心の中がそっくりそのまま顔にでているような澄んだ笑顔で迎えてくれました。
まるで天使のように見えた。助手席には陽気なおじいさんが乗っていました。
2人は快くボグダン・ヴォーダまで乗せてくれました。
この少年にひろってもらえなかったらどうなっていただろうか。
車でたった30分のところを4時間かけて歩くしかなかったのかもしれません。

助手席に座っていたおじいさんは軽く挨拶をして隣村であっさりと降りた。
祖父と孫の関係かと思っていたけれど、どうやらこのおじいさんも
ヒッチハイクで乗せてもらっていただけのようだ。
後に、知り合いを見かけると気軽に車に乗せてあげる光景をよく見かけた。
友達を見かければ放っておかないし、困っている人には手を差し伸べるのが
当たり前という人好きで心優しい村人の精神をいつも目の当たりにする。
 
ヒッチハイク中に伝統的な靴、オピンチを履いたおじいちゃんに出会った。

ついにボグダン・ヴォーダ村に戻って来れた。
昼過ぎにこの村に着いて、近隣の2つの村を回って夕方再び戻ってきた。
なんという理想通りの旅程。これがヒッチハイクで行えたなんて信じられない。
村人たちの優しさで1日行動できたようなもの。本当にありがたい。

ペンシオーネのママは会った時よりも3倍に膨れた荷物に驚きながらも
「おかえりなさい」と頬にキスをしてくれて、夕食の支度を始めた。
よく考えたら、今朝それも早朝にクルージの駅で食べたサンドイッチ以来の食事。
今まで感動する事ばかりで気が付かなかったけれど、当然お腹が空いていて、
それに気が付くとなんだか力が入らずヘナヘナになってしまった。
食事が運ばれてきた時は大げさだけれど少し涙ぐむほどだった。
こんなにお腹を空かせて食べる食事は久しぶり。

最初にでてきたのは透き通ったスープ。こちらではチョルバという。
刻んだ野菜と柔らかめに茹でたパスタが入っていて、飛び上がる程美味しかった。
鶏肉でダシを取っていると思うのだけれど、よくダシのきいた、ごくシンプルな味。
これまでレストランやホテルで食べていたものとは全く別ものに感じられた。
体の隅々にしみわたるようなやさしい家庭の味。
スプーンを置く暇もないほど夢中になって飲んだら、大きな器の底が見えた。
 透き通った塩味のチョルバ。

お皿を片付けに来てくれたママは、大食いに驚きもせず「まだ食べる?」と聞く。
大きな鍋に何日分ものスープを1度に作っておくのだろうか。
頷けばまた山盛りのおかわりが出てきそうだ。

ママは食事中に小さなグラスを3つ持ってきた。
そして棚に置いてあったガラスのボトルからほんの少し透明な液体を注ぐ。
これはツイカ。すももの蒸留酒です。40〜50度もある強いお酒。
3人で乾杯をして飲む。この香り、懐かしい。でもキツイ!
ママはにっこりしてまたキッチンへと戻って行った。
 強い地酒ツイカ。

次に出てきたのはサルマーレ。ロールキャベツです。
これもレストランでよく食べるけれど、家庭では挽肉がほとんど入っておらず
お米がぎっしり詰まっていた。お米が美味しいスープを吸ってふっくらしている。
小さな俵型のサルマーレが山盛りになったお皿をついに平らげてしまった。
 山盛りのサルマーレと豚のスモーク。

お腹がはちきれるとはこの事だ。満腹を超えた満腹。
苦しいけれど、ものすごい幸福感。
ツイカを飲んでふわふわしているせいもあるけれど、天にも昇るような気持ち。
そこへ、ママがベッドの用意をしに来てくれました。
ここに来た時からどこに寝るのかなと思っていたけれど、
ソファが倒れてベッドへと早変わりした。
真新しいシーツを広げて寝心地の良さそうな寝室に変わりました。
今にも横になりたかったけれど、ママは両手に民族衣装を抱えていた。
私たちが民族衣装を買ってきたものだから興味があると悟ったのでしょう。
ママのお母さんのお手製のブラウスやスカート、エプロンを着せてくれて
マラムレシュの村人=モロシェニになった。
ここの土地の衣装はなんて可愛いんだろう。
衣装を来ているだけで素朴な気持ちになれる。

衣装の試着会が終わり、いつの間にか寝入ってしまった。
夜スイッチを押す音が聞こえてママが電気を消してくれたのがおぼろげに分かった。
この優しさ、本当のママみたい。
それでも目が覚める事はなく朝までぐっすりと眠った。

text by : yuki
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ルーマニア旅日記 5日目 3/1 前編
旅立つ前から楽しみにしていた特別なところとは、
”ヨーロッパで取り残された最後の地域”と呼ばれているマラムレシュ地方です。
何度かこの日記にも登場している、尊敬してやまない写真家であり随筆家の
みやこうせいさんのあらゆる書籍に特に丁寧に撮られ、書かれているところです。
世界を旅をする者、特にルーマニアを旅する者にとって、
40年以上もルーマニアに通い続けるみやこうせいさんは”先生”と呼ばれる方。
ルーマニアの中でもさらにマラムレシュに関しては大先生です。
マラムレシュの魅力は一言では言い尽くせない。心の奥深いところに眠る言葉を
引き出さないと語れません。それが巧みな言葉で見事に綴られています。
そんな本を読みながら、ずっと憧れを抱いていた土地だったのです。
とにかく言えるのは、素朴な人々が素朴な暮らしを営む素朴な村々。
村民のほとんどが半農半牧を生業とし、自給自足の生活を営んでいます。
山に囲まれているため伝統が色濃く残り、今も昔ながらの暮らしを続けています。
本当の意味で人間らしい生き方をしている人々がそこにはいます。
 マラムレシュに多く見られる木の家。

夜中に着いたばかりの町を、結局一睡もせずに白んできた空の下駅へ向かい、
さらに北へと旅立ちました。ここから4時間ほど列車に揺られます。
列車が動き始め、検札が回ってきたらすぐに緊張感がほどけて睡魔が襲う。
幸いコンパートメント車両で空いていたので、寝台列車のように座席に横になった。
空が明るくなり光が射し始めた車窓に目を眩ましながらすぐに寝入りました。
さすがに2人で寝てしまっては危ないので、交代で休む。
私が目覚めた時は、辺り一面真っ白の雪景色で、遠くには山々が連なっていた。
短時間睡眠なのに、これまでに感じた事のないほどの気持の良い目覚めで、
起き抜けに両手をうんと伸ばして大声で叫びたくなるほど、清々しい目覚めでした。
   
列車で旅する白くまボー。 座席をベッド代りに。マフラーをアイマスク代りに。

ヴィシェウ・デ・ジョスという小さな駅に着いたのは10時頃。
降り立ってみたものの、詳しい地図を持ってない。さてどうしようかと立ち止まる。
この地方はガイドブックに載っていないので、旅に必要な情報がまるで分からない。
知っているのは、みやこうせいさんの書くこの土地の人々の優しさだけ。
ここへ降り立ったのは、ルーマニア全土の地図を頼りに、
行きたい村に一番近そうな駅を選んだだけなのです。
行きたい村というのはボグダン・ヴォーダ村で、
日曜日の今日は華やかな民族衣装を着て村人が教会に集っているはずです。
その光景を見たくてまずはボグダン・ヴォーダ村を目指したのです。

立ち往生していた私たちに、ひとりのおじさんが声をかけてくれました。
おじさんはボルシャという駅が終点のミニバスの運転手でした。
ボルシャは、今乗ってきた列車とは逆方向にある駅。戻る事になります。
にも関わらず「乗って行きな!」としきりに言っています。
「ボグダン・ヴォーダに行きたいんだろう?問題ないよ」と説得され、
薦められるがままにミニバスに乗り込み、他の乗客からも
「大丈夫よ」と声をかけられる。人好きで本当に優しい人ばかり。
 
この辺りは門の素敵な家が多い。   塀の飾りもこんなに可愛い。

路線を変えてまでボグダン・ヴォーダに連れて行ってくれるのかと思っていましたが
「ここだよ!」と降ろされたのは、ボルシャの手前のモイセイというところ。
地図を見てみると、ボグダン・ヴォーダからさらに遠くなっている、、、。
それでも運転手は自信満々で、「じゃあね!よい旅を!」と言ってバスは去った。
ここでまた違うバスに乗り換えるのだろうか。
あっけにとられていると、見るからに人のよさそうなおばちゃん2人が
いそいそと私たちの手を引き、近くのガソリンスタンドに連れて行った。
ふっくらとあたたかな手に引かれ、不安を感じる余裕もない。
次はガソリンスタンドのおじちゃんに私たちは引き渡された。
おばちゃんたちは満面の笑みで「頑張ってね!」と肩に手を置いて去って行った。

ガソリンスタンドのおじちゃんは「ちょっと待ってて」とこれまたいそいそと
室内に入って行って、しばらくしたら紙を手に出てきた。
「これでいいだろう」と言わんばかりの満足げな顔。
どうしてこうもみんな笑顔がふっくらつやつや輝いているんだろう。
こちらは何が行われているかも分からず、なんだか幸せな気持ちになる。
おじちゃんが目の前に出してきたのは、子供が書いたようなヘロヘロの字で
大きくマジックで”ボグダン・ヴォーダ”と書かれたものだった。
さっぱり訳がわからずきょとんとしていると、3叉路に立たされた。
紙を広げて、手を振れというジェスチャーをしている。
ガソリンスタンドにたまっていた人々から笑いがこぼれる。
そう、これはヒッチハイクをしなさいという事だった。
やっと意味が分かって私たちも爆笑。
ここまで人の手を借りて結局ヒッチハイクというのは面白過ぎる。
だったらさっきの駅でヒッチハイクした方が近いのでは、、、と思ってしまうが、
きっと車の流れや何かでここに来てヒッチハイクする意味があるのでしょう。
 ボグダン・ヴォーダと書かれた紙。

可笑しくて笑いながらヒッチハイクを始めてみる。
行き先を書いた紙を持ってのヒッチハイクは始めて。
なんだか冒険の始まりみたい。
この時のヒッチハイクを皮切りに、その後何度もヒッチハイクをする事になるとは
夢にも思っていなかった。今考えると確かに冒険の始まりだったのです。
 ヒッチハイクの旅の始まり。

4、5台の車がスルーした後、それでも10分もしないうちに1台の車が止まった。
上品なスーツ姿のご夫婦で、こんな格好をした人も田舎にいるんだとちょっと驚く。
ご夫婦にはボグダン・ヴォーダの2つ手前の村まで乗せて行ってもらった。
そこからまた例の紙を掲げてヒッチハイク。
今度は3分もしないうちに赤い車が止まった。若いお兄さんの車だった。
ボグダン・ヴォーダは通るというので、こんなにすぐに着いてしまうものなのかと
あっけにとられると共に安心しきって乗せてもらいました。
お兄さんは、マラムレシュ独特の木彫りの門などを紹介してくれてとても親切。
興味津々で窓から外を覗いていたら、「着いたよ」と言われました。
お礼を言って降りたのは、実はまだボグダン・ヴォーダではなく、
1つ手前のドラゴミレシュティ村でした。
たぶん、会話の中で木造教会を見に来たと言ったので、ドラゴミレシュティ村にも
立派な木造教会があるので、親切心で降ろしてくれたようでした。
 
マラムレシュで有名な木彫りの門。  その奥にはポットツリーが。

立派な教会はすぐに現れました。
見張り塔のような門の先には、正教である事を表す平面のキリスト画
(これが立体の彫像であればカトリック)、その奥に小さな教会、そしてその隣には
天に届かんばかりの尖塔に無数のへぎ板が組合わさった屋根の木造教会が見えた。
教会をぼんやりと見上げていたら、かすかに賛美歌が聞こえだしました。
扉の方に近づいてみると、たくさんの人が歌っているのがわかります。
これだけ外に人が出歩いていないのだから、皆教会に行っているのでしょう。
たくさんの人の歌声はだんだんとひとつにまとまっていき、
まるで1人の人が歌っているかのようにぴったりと息の合った賛美歌でした。
木の教会から洩れる美声には神秘めいたものがありました。
 
見張り塔のような門。    小さな教会と隣接する大きな木造教会。

車が通ればヒッチハイクをし、通らない時は散歩をしながら歩き進む。
車がつかまっても嬉しいし、散歩の時間も楽しい。
やがて1台の車が止まってくれて、3人のおじさんとぎゅうぎゅうの車内で
賑やかにボグダン・ヴォーダ村へと入りました。
村には、入り口と出口に村名の書かれた看板が必ず立てられていて、
村の終わりには村名の上から赤の斜線が引かれているので
車に乗っていると、今どの村を通っているのかがよく分かります。
どこで降りるのか聞かれたので「木造教会まで」と答えると「ここだよ」と言う。
車の前方には人だかりができていて、車が進めないほどになっていた。
それはちょうど日曜礼拝が終わった直後らしく、
木造教会の隣の白い教会から村人が続々と出てきたところでした。
なんという光景!旅に出てこれだけ心臓が高鳴ったのは初めてだと思う。
そこには毎日のように写真集で見ていた風景そのままが広がっていた。
  
教会から出てくる村人たち。 バスを待つ列ができている。

100人くらいは居たのではないかと思う。
若い女の子は、鮮やかな原色に花模様が散りばめられたスカートを履いて、
何人かで腕を組んで横並びに通りを闊歩している。
おばさんたちはスカーフを巻いた頭を寄せ合い教会前でおしゃべり。
おじさんたちは自然にできた人の輪の中で大きな笑い声を響かせていた。
子供たちは一丁前に鮮やかなスカートやジャケットを着て満足げに遊ぶ。
おじいちゃんとおばあちゃんは昔ながらの民族衣装を身につけていた。
 
女性は鮮やかなスカートとスカーフをなびかせている。

目で追うので忙しく、写真を撮る手に力が入らない。
この光景はなんなんだろう、すごい、こんな世界があるのかと恍惚とする。
やがて村人は四方八方へと散って行き、話が終わりそうにない一握りの人々がまだ
高々と笑い声をあげて楽しそうにおしゃべりに興じていました。
 
おばちゃんたちのおしゃべり。    おじちゃんたちの輪。

村人がおしゃべりをしている背後には先程見たものよりも
さらに大きな木造教会が聳え立っていました。
その手前にある門には力強い木彫りが施され、門の上には十字架と花模様の
綺麗な透かしが曇り空にくっきり浮き上がっていました。
中世の時代からこの木造建築の技術の水準は並外れたもので、
それをこうして今も大切に保存し守り続けているのも
並外れた信仰心のなせる技だと思う。
  
縄のような木彫りが施された門。   大きな木造教会。 

やっと我に返った私たち。ふと目に飛び込んできたマガジンへと入る。
マガジンは雑誌ではなく、ルーマニア語ではお店のこと。
村には必要最低限の物が揃った売店が1つか2つあります。
スーパーマーケットと呼ぶには及ばず売店と言った方がしっくりくる。
 
マガジンの簡素な入り口。 マガジンの前は最後の一派が帰って行く。

そこでは、売店のお酒を飲みながら立ち話の続きをしているおじさんたちがいて
気さくに話しかけてくれるおじさんたちに薦められて、夫は強いお酒を頼んだ。
小さいグラスだけれど、1杯15円という安さ。
おじさんたちは単にリキュールと呼んでいた。とても甘くて美味しいお酒。
おじさんたちにこの辺りに宿がないか聞いてみる。
あっちだ、こっちだという声が聞こえた後、だいたいの人が
同じ方向を指差したので、別れを告げて店を出ようとしたら、
ひとりのおじさんが別れ際にジャケットを脱いで、下に着ていた
刺繍の素晴らしいベストを披露してくれました。みんな気さくでいい人ばかり。
 
店の端にテーブル席もある。 ベストがきまってる格好いいおじさん。

マガジンから10分ほど歩いたところに”ペンシオーネ”という文字が見えた。
ペンシオーネとは民宿のようなもので、一般家庭の一部屋を借りられる。
ただ、お風呂やトイレは家族と共同というもの。
ひとつの村に少なくとも1軒はあり、ホテルなどない農村部を旅する人には
ありがたい宿。しかも、その土地の暮らしを垣間みる事のできる
とても興味深い宿でもあります。

後で知ったところ、この宿はボグダン・ヴォーダで唯一のペンシオーネだった。
離れて暮らす娘さんをもつご夫婦がやっています。
一見強面のしっかり者の旦那さん(パパ)は英語が話せて、
笑顔の絶えない優しそうな奥さん(ママ)は英語は苦手のようです。
離れにはおばあちゃんが住んでいます。
  
愛犬ララが走ってお出迎え。 離れにはおばあちゃんが住む。 

突然の訪問にも関わらず、ご夫婦は歓迎してくれて早速部屋を用意してくれる。
片付けてくれた部屋は、客室というより居間のようでした。
事情を話すが早いか、2階へ案内してくれました。
扉を開けると綺麗に整えられた部屋がいくつかありました。
今は改装中でこの部屋は使えないとの事。確かに廊下には木屑が散らばっています。
もちろん先程の部屋で大丈夫だと告げると、ママはにっこりしました。
それから今までの宿泊客の芳名帳を見せてくれました。
日本人の名前もいくつかあり、奥さんは「日本人大好き」と言った風に
心からの投げキスをそのノートに投げかけています。
「コウセイ ミヤ」と言っていて、あのみやこうせいさんも滞在したそうです。
 
改装中の2階の部屋。    とても綺麗に装飾されている。

今晩の夕食と明日の朝食も付けてもらって、2人で3千円。安い!
全く別ものだけれど、都市のホテルと比べてしまうと、
ホテルなんて高くて殺風景でもう泊まりたくなくなる。
こういう宿にずっと滞在できたらどんなにいいだろう。

思いのほかスムーズに今夜の宿が決まった。今日の仕事を成し遂げた気分。
まだ昼過ぎなので、他の村へも足を伸ばしてみたいと思い、
夕方に帰るという事を告げて再び外に出る事にしました。
暖かい日差しが心地よい。
 民族衣装を着たおばあちゃん。

不思議な魅力に吸い寄せられるようにこの土地へ来た。
着いてもまだ不思議で、夢のようで、さらにもっともっと
この土地の事を知りたい、好きになりたいと思う気持ちが膨らむ。
この”ヨーロッパで取り残された最後の地域”の魅力をすべて感じたい。

text by : yuki
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ルーマニア旅日記 4日目 2/28
一番乗りのホテルの朝食。
1組来ただけでは照明をつけてくれない。
広い食堂は薄暗い。大きな窓の側で自然光だけでの朝食。
これはこれでなかなか気持ちがいい。
 
カフェのショーケースに入っていそうなお洒落な朝食。

この日は古都シギショアラへ。
ブラショフから3時間ほどの列車の旅です。
前回の旅ではボロボロのコンパートメント車両に乗る機会が多く、
椅子が陥没していてどこに座っていいのか戸惑ってしまうほど
暗く寂れた印象でしたが(それも今では全く気になりませんが)
今回は最新車両によく当たり、快適な列車の旅ができました。
おんぼろ列車では煤けていた窓も、この車体なら綺麗。
窓に張り付いて外の景色を延々と眺めていました。
小さな村が出現して、やがて木々が増えて森になり、また村が出現する、、、
その繰り返しで車窓の景色は進んでいきます。
飽きる事なく外を眺めていたら、あっという間に着きました。
シギショアラの駅を出ると外は晴れて澄み渡っていました。
 
これは旧式の車体。濃い水色。 駅舎の通用口。こちらも同じ色。

旧市街までの道程を清々しい気持ちで歩く。
途中には大きな正教会が。その先には川が。
以前は急いでタクシーで通り過ぎていたところでした。
こんなにも広大な眺めだったなんて。
やっぱり旅は、歩いて止まって少しずつ進まないと
知らずのうちに見逃してしまっているものが多い。
歩くという漢字は止と少で成り立っているのを最近気が付いた。
 
対岸から見た立派な正教会。 町を横切るティルナヴァ・マーレ川。

川を渡るとここはもう旧市街の入り口。
前方の丘の上に時計塔が聳え立っているのが見えます。
何と言っても時計塔がこの町のシンボルです。

週末という事もあって大通りには露店がたくさん出ていました。
もうすぐマルツィショール。春の訪れを祝う日です。
毎年3月1日に男性から女性に幸福を祈ってささやかな贈り物をするのです。
マルツィショールの贈り物に欠かせない、赤と白の糸に通された
クローバーモチーフのアクセサリーのお店には人だかりができていました。
前回は夜に着いて、町の賑わいを感じる事なく朝には発ってしまったので、
ひっそりとした時間しか外を出歩いていませんでした。
静かな町という印象がありましたが、こんなにも賑わいをみせていてびっくり。
大通りにはたくさんの人が行き交っていました。
 
旧市街に続く公園脇の階段。 町のシンボルの時計塔。

大通りから階段を登って少しずつ丘の上に近づく。
丘の中腹に前回閉まっていたアンティークショップが開いていたので寄ってみる。
洞窟のような店構えが気になっていて、ずっと入ってみたかったのです。
1年越しに入る事ができて嬉しい!再訪するとこういう喜びもある。
 
こんな暗がりにお店が。 お店は石畳の坂道のちょうど真ん中にあります。 

店内はこじんまりとしているけれど、素敵なものがたくさん詰まっていました。
民族衣装や食器、鉄製品など、ついついどっしり重いものを買ってしまった。
店主はブカレストにもう1店舗もっているそうで、お洒落な紳士でした。
中世の面影を残す町の、こんな雰囲気のある場所で店ができるなんて羨ましい。
 
壁に掛けられた絵皿や古い写真。   グラスやガラスの器も素敵。

石畳の坂道を登りきり、見晴らしの良い高台で一息ついていたら
なにやらチンドン屋のような太鼓の音が聞こえてきた。
音のする方へ近づいてみると、変わった衣装を着た集団が階段に並んでいました。
寸劇か何か始まるのかと思って見ていると、すぐに階段を下り始めました。
そして、私たちを見つけるや否や「ニッポンジンデスカ?」と聞かれた。
返事をするとすぐに「ワッタシハータイコタタキッ!」と早口で言い、
トントンと軽い太鼓の音を響かせて”ちょうちょ”を歌い始めました。
おかしなイントネーションだけれど、上手な日本語。
その次には見物客と英語やドイツ語で話していました。すごい!
 
階段上でなにか叫んでいます。 両端の槍を持った2人の無表情さが面白い。

チンドン屋が階段上で演奏を始めたのを横目に、
その真向かいのレストランへ入りました。
ここがドラキュラの生家、その名も「ドラクルの家」。
ドラキュラのモデルとなったワラキア公ヴラド・ツェペシュの生家、
つまり、父のヴラド・ドラクルが幽閉されていた家です。
そんな歴史のある古い建物を改装し、現在はレストランとなっています。
店の前にはドラキュラの立て看板が立っています。
 
歴史の重みとは裏腹な軽〜いドラキュラ看板。

店内はかつての壁画が今にも消え入りそうに所々に残っており、
当時の建物の雰囲気が少しばかり伝わってきますが、
そこ以外はほとんど塗り替えられていて、真っ白。
さらに至る所にツェペシュの像があり、さながら”ツェペシュ館”といった感じ。
もう少し魅力ある内装になっているのかなと思っていたけれど、、、。
 王冠みたいな照明。

ここの目玉料理はなんと言っても”血のスープ”です!
トマトベースのスープで、お皿になみなみと注がれるスープは
赤黒く濃い色でまさに”血のスープ”です。見た目に反して美味しかった。
その他はルーマニア風の肉団子ミティティなど。どれも美味しかったです。
お皿はドラクル(=竜)の模様が入っていて凝っています。
 周りにいたお客全員が頼んでいました。

食後は広場に面したアンティークショップへ。
店先に、地下に降りる階段に、所狭しと民族衣装や雑貨が並べられています。
どれも年季が入っていてくすんだ色が味わい深い。
店の真ん中には古い民族衣装がたくさん置かれていました。
シギショアラで見かける民族衣装は細い糸で細かな刺繍が施されているものが多い。
1枚のブラウスを作るのに気が遠くなるほどの時間がかけられているのでしょう。
  
中世の生活が垣間みれるアンティークショップ。

ますます青空の青が濃くなってきた頃、ついに町のシンボルの時計台へ。
前に来た時からずっとここに登りたいと思っていたのです。
シギショアラはザクセン人が造った町。ドイツの影響を強く受けています。
この時計塔はシギショアラが商工ギルドによる自治都市となったのを記念して
建てられたものだそうです。現在、時計塔内は博物館になっています。
昔の生活用品から医療品、ギルドのゆかりのものまであります。
 
時計塔脇の小さな扉が入り口。 当時どんなギルドがあったかよく分かります。

中でも一番気に入ったのは、帽子商の制作物でしょうか。
普通サイズの帽子に小さな帽子が無数に付いているものがありました。
小さな帽子は10分の1くらいのミニチュアサイズ。
オーダーメイドが主流だった時代はこうして精巧なミニチュアの見本を作ってから
本作に取りかかるというのを聞いた事があります。
その見本が付いているのでしょうか。
それにしても傑作!とてもお洒落な帽子です。1度でいいから被ってみたい!
 
こんなに素敵な帽子を作った人はどんな人だろう、、、センス良過ぎます。

最上階には大きなからくり仕掛けがありました。
今でも大小たくさんの歯車が噛み合って大きな時計が動いています。
奥の小さな扉を開けると、、、そこはまさにからくり時計の真上でした!
展望台のように眺めの素晴らしい最上階の回廊を歩く事ができるのです。
シビウの時計塔のようにガラス張りではなくて、
外のひんやりとした空気の感じられる気持の良い展望台です。
中世の貴族になった気分で町を見下ろす。
赤茶色の家々の屋根やかつて栄えたギルドの塔が見渡せます。
 
扉を開けると視界が開けた。 シギショアラの町並み。

長い時間2人だけで塔のてっぺんを独占していました。
豆粒のように小さく見える下界の人々を眺めながら、
古い建物が多く残る、なんて素敵な町なんだろうとしきりにうっとりする。
 
からくり時計の真上が展望台。 からくり人形も間近で見られる。

時計塔の出口には係の人がいて、鍵を閉めるのを待ち詫びていたようでした。
気付かないうちに閉館時間となっていました。
町の一番高い所でゆっくりし、贅沢な時間を過ごしました。

ドラキュラランチからそう時間も経っていないのでまだ満腹でしたが、
どうしても行きたいレストランがあったのでそこへ入ってみる。
またも変わった名のレストラン「鹿の家」。
「ドラクルの家」の数軒隣のルーマニア料理店です。
目印は店の外壁からぬっと出た鹿の頭。
ここはグルメで有名なチャールズ皇太子もうなったという、
ルーマニアで1番と言われるほどの美味しいレストランなのだそうです。
さすがに夕食とはいかず、デザートを注文する。
ルーマニアで有名なのはパパナシ。ブラショフ発祥のお菓子です。
ドーナツのようなふわふわの揚げパンにサワークリームとブルーベリーソースが
かかっています。甘すぎず、酸味もあってすごく美味しい!
初めて飲んだハニーコーヒーも濃厚で美味しかったです。
 
クリームたっぷりの絶品のパパナシ。 濃〜いハニーコーヒー。

そんなカフェタイムも本当はそわそわしながら食べていました。
列車の時刻が迫っていたのです。
今夜の宿泊先のクルージ・ナポカ行きの列車は本日あと2本。
1本は30分後くらいに発車するもので、2本目はかなりあいて3時間後。
朝の時点では、せかせかせずにタイミングの合う時間に乗ろうという事でしたが、
町歩きもほぼ終了したので、早めに乗車しようという事になり慌てて店を出る。
慌てながらも、もう慣れた道だし間に合うと心のどこかで確信があった。
けれど、、、なぜか道に迷ってしまったのです。
こんな時に限って近道を探して、通った事のない道を歩き進んでしまったのです。
途中で駅方面とは違う道を進んでいると気付き、もと来た道を戻り、
慌ててまた近道を探して迷って、、、ついに列車の出発時刻を過ぎてしまいました。
雪の上を歩いているのに冷や汗が止まりませんでした。
それでも、迷ったおかげでどこにあるか分からなかった
ギルドの塔のひとつを見つけられました。それが唯一嬉しかった。
 
シギショアラの小径を彷徨う。 旧市街に9つ残るギルドの塔の一つ。

2本目の列車の出発時間まで町歩きを楽しんでいればよかったのですが、
バスの時間も一応調べようと旧市街を離れたのでした。
バスはこの日はもうなくて、3時間後の列車を待つ事に。
旧市街までは結構距離があるので、大荷物を抱えてまた戻る気になれない。
 
私たちの後をついてきた猫。 変な顔がなんだか可愛い。

シギショアラの駅は、日中は明るくて綺麗な駅舎に見えるのですが、
夜になると暗く、ロマのたまり場となる。
中世の町ののびやかな雰囲気から一転、緊張感が走る。
駅周辺には何もなく、やる事もないので駅構内にあるバーで時間をつぶす。
子だくさんのロマ一家は、なけなしのお金で1本のジュースを買い、
6人家族で分け合う。時に思い立ったようにお金をせびりに来る。
居心地がいいとは言えないバーで旅の計画を練りながらなんとか時間をつぶした。
この旅で一番侘しい時間の使い方だった。
 駅周辺は閑散としている。

夜、やっと乗れた列車では、これからロンドンへ行くというおばあちゃんと
コンパートメントで一緒になった。その記憶を最後に後は覚えていない。
気が付くとおばあちゃんは既に列車を降りていて、深夜のクルージが近づいていた。

クルージに着いたのは0時半過ぎ。
駅を降りると静まり返った暗闇の町にタクシーのランプだけが整列していました。
人のいい運転手のタクシーに乗りホテルへ。やっと、やっと休める。

ホテルの受付には若い男の人が2人いて、フルーツティーを出してくれました。
ピンクと赤の間のきれいな色でこちらではチャイと呼ばれています。
甘酸っぱくていい香り。疲れた体にじんわり染みわたる。
深夜のハイテンションなのか、笑い上戸の2人は言葉を交す度に大笑いしています。
こちらもつられて意味も分からず笑ってしまう。

部屋に入ったのは既に2時をまわっていたけれど、ここを出るのはあと3時間後。
明日は特別なところへ行くので、とびきり早起きをしなくてはと思っていたけれど、
寝たら最後、起きれなくなりそうなので、
睡魔と戦いながらしばたく目をこじ開けて出発の用意をする。
そこにふかふかのベッドがあるのに眠れないって切ない、、、。
 クルージの簡素なホテル。

でも、頭はぼんやりしているけれど、特別なところへの期待は大きく、
先程の妙なハイテンションがうつったみたいに笑いがこぼれてくる。
夜が開けるのがとにかく楽しみ。

text by : yuki
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ルーマニア旅日記 3日目 2/27


この日、外国で初めて待ち合わせをしました。
ルーマニアのハンガリー人が多く住む地域トランシルヴァニアで、
ハンガリー人の旦那さんと4才の息子さんと暮らしている日本人女性の聖子さんと。
聖子さんはこの地でweb shopを立ち上げ、柄の可愛いクロスなどを販売しています。

以前、同じ雑誌に掲載された事があり、私はバルト3国の記事を、
聖子さんはトランシルヴァニアの記事を書いていました。
それをきっかけに、私はトランシルヴァニアでの生活を綴った聖子さんのブログ
”トランシルヴァニアへの扉”を夢中になって読みました。
今お住まいの町での生活や、村に手作りの家を建てている経過、
郊外の素朴な村々へのピクニックや、各地で行われる伝統行事の数々、、、。
丁寧な文章からは、まるでその日の出来事を自分で体感しているような、
トランシルヴァニアの空気にふわっと包まれるような気がしてきます。

思い切って聖子さんに連絡をすると、快くご招待してくれました。
そんな訳で、知り合って間もない、メールだけでやりとりをしていた方と
異国の地で初めてお会いする事になりました。
聖子さんのお住まいは、ブラショフからバスで30分ほど離れた町
スフントゥ・ゲオルゲというところです。
地図を持っていない私たちは少し不安を抱えながらその町へと向かう。

教えてもらった通りバスでスフントゥ・ゲオルゲに行こうと思っていましたが
バス乗り場が全く見当たらない。近くの人に聞いても誰1人として知らない。
そんな事ってあるのでしょうか。出だしから足留めを食ってしまいました。
結局、ブラショフのバスターミナルをぐるぐる30分以上も迷ってしまった。
本当ならもう着いている頃なのに、、、と思っていた時に
目の前にスフントゥ・ゲオルゲ行きの看板を掲げたバスが通りかかりました。
危険も考えず、とっさに必死に走ってバスの前に立ちはだかり止めました。
一体どこからこのバスは出ているのか、謎のまま、とにかくやっと乗車できました。

雪のちらつく中、予定通り30分ほどで目的地に着きました。
スフントゥ・ゲオルゲのバスターミナルはピンク色で可愛らしい。
聖子さんに連絡をしようと公衆電話を探しました。
すぐに見つかったのですが、近くの売店でテレフォンカードを買おうとしたら
置いていないとの事。小銭では通話できない。どうしよう。
うろうろしていると、バスターミナルにいた女性が携帯を貸してくれました。
電話先の優しそうな声にホッとする。これから迎えに来てくれるとの事でした。
こうして初めての待ち合わせはなんとか成功したのでした。
 ピンクのバスターミナル。

しばらくして迎えに来てくださったのは、聖子さんではなくて
旦那さんのバーリントさんと息子さんの大樹くんでした。
大樹くんは日本名で、こちらではバラージュと呼ばれています。
凛とした端正な顔立ちの大樹くん、年齢よりも大人びて見えます。
でも、初対面の私たちに照れるあたりは可愛らしい。思わず顔がほころびます。
お二人が現れた瞬間、まるで有名人に会ったかのように嬉しくなりました。
いつもブログで拝見しているので「あぁ!本物だ〜!」と感激してしまったのです。

バーリントさんは3年ほど日本に住んでいらしたので日本語がお上手です。
大樹くんはお父さんとはハンガリー語、お母さんとは日本語で話しているそうです。
日本語でおしゃべりをしながらご自宅までの道程を歩く。
スフントゥ・ゲオルゲの町は、落ち着いていて、人柄も穏やかで
ほんの少し歩いただけでもとても住みやすそうな町だと感じました。
 数日前に急に寒さがぶり返したそうです。

ご自宅に着くと聖子さんが出迎えてくれました。
すらりとした綺麗な方。いつも読んでいる文体と同じく丁寧な人柄です。
風邪をひいてしまったそうで、体調が思わしくないとの事でした。
それでも体調の悪い中、あたたかいおもてなしをしてくれました。
お宅はマンションの上階にあり、最初に目についたのがベランダです。
日本では珍しいガラス張りのベランダで、サンルームのようで素敵。
冬の厳しい寒さをしのぐため、窓が二重構造なのです。
通されたのは寝室と思いきや、ベッドがソファー代りのようです。
こちらではお客さんにベッドに腰掛けてもらうのが当たり前なんだそうです。
そういえば、写真集なんかを見ても皆ベッドに横並びに座っています。
椅子よりもベッドに座っている場面を見る方が多い。面白い習慣です。
 ベッドの上にあった刺繍のクッション。

お部屋は、とても居心地の良い空間でした。
片付いてないけれど、、、と言っていましたが、むしろ落ち着く雰囲気です。
私はいつも来客の予定があると、みっともなくないようにと必死になり
あれこれ隠すように仕舞って、結局1日中片付けに奔走してしまったり、
さらに何かおもてなしの品を用意しなくてはと慌ててしまうのですが、
ここに来て、そんな特別な事をしなくてもいいんだと気付かされました。
無理せずいつも通りの雰囲気が、来客を一番和ませるのだと思います。

出してくださったのは、紅茶やお菓子に、ドライのナツメ。
ナツメがぎゅっと固まりブロック状になっています。これがすごく美味しい。
そして驚いたのが、炭酸水。日本の甘いサイダーのようなものではありません。
この辺りは湧き水で有名だそうで、大きな気泡を含んだ天然の炭酸水です。
たくさんのミネラル分や鉄分を含み、お水なのに複雑な味がします。
体調が悪くても、病院に行くくらいなら炭酸水を飲んで治すと言われる程
体にいいそうです。確かに体に良さそうな鉄の香りがして美味しかった。
 可愛い花柄のグラスで炭酸水を飲む。

お二人は、私たちのためにわざわざ今日の予定を立ててくださり、
私が興味を持っていた近郊の小さな村へ案内してくださるとの事でした。
しばらくお話しした後に、バスの出発時間に合わせてお家を出る。
この日はちょうどバーリントさんも大樹くんもお休みで、皆で出かけられました。

バス停に着いてしばし待ちましたが、なかなかバスが来ません。
待っている間にカメラに収められた、謝肉祭の様子を見せてもらいました。
画面に写るお祭りのその色鮮やかな事といったら。うっとりしてしまいました。
本当は謝肉祭は今回の旅の目的でもあり、毎年2月下旬頃に行われるので
その時期に合わせて旅の予定を立てたのですが、ルーマニアという土地柄
情報も少なく、政府観光局の方も分からないと言うので諦めたのでした。
そんな折、聖子さんと知り合い、謝肉祭の事を伺うと
地元の人もいつ開催されるか直前にならないと分からないとの事。
結局謝肉祭が行われたのは、残念ながら私たちの訪れる1週間前でした。
(謝肉祭の様子は聖子さんのブログで紹介されています)

そうこうしているうちに、バスはついに来ず、タクシーで向かう事に。
バスは曜日によって路線が変わるようです。
タクシーで20分ほど雪の道を走り、カールノクという村に着きました。
誰一人出歩いていない、雪のちらつく静かで眠たげな村。
 
雪深い静かな村。素朴な家が多い。  猫もちらほら通りかかる。

まずは、この村に住むお友達のお宅に寄って一息つく。
若草色の門構えの素敵なお家。ドアノブも木の葉形で凝っています。
どこの村も過疎化が進んでいるそうですが、
こうして若い人が自分の気に入った村を選び、移り住む傾向もあるそうです。
バーリントさんと聖子さんも今、緑の多い村に家を建てているところだし、
お友達にも村で生活されている方が何人かいらっしゃるとの事。
東京の喧噪の中で生活している私たちは、考えさせられるものがあります。
ここのお宅でもベッドの上に腰掛けさせてもらいました。その前には暖炉が。
村ではどこの家庭でも暖炉が備わっているそうです。
 
門の中には元気な犬(左端)がいた。 てっぺんがチューリップ形の門。

そこから歩き進めると可愛らしい木彫りの門が!こちらも若草色。
これが特別な建物の門でなくて民家の門だなんて驚きです。
ちょうど中からおばあちゃんが出てきて、お家の中へと案内してくれました。
可愛い門に合った可愛いらしいお部屋でした。
中には小さなお孫さんがいて、遠慮がちにお菓子を差し出してくれました。
こんなに小さな子でもおもてなしの心があるなんて感心してしまう。
  
気さくなおばあちゃん。   白い植物柄が施されている。 

おばあちゃんが隣の部屋の扉を開けた途端、子犬が飛び出してきました。
その後ろでは猫がのっそり隠れていきました。
可愛らしい門に、素敵な一軒家に、暖炉、井戸、動物、、、そして大切な家族。
なにもかもが古い童話にみるような、あたたかな暮らし。
都会で生活をしている事にどうしても疑問がでてきてしまう。
 
元気有り余る子犬が飛び出してきた部屋。
 
部屋には調理台兼薪の暖炉が、敷地内には井戸がありました。

一見すると静かな村で、それぞれにこんな暮らしをしているとは。
お宅にお邪魔すると、外の寒さとは正反対のあたたかな生活が営まれています。

次は村の中心にある教会へ。
舗装などされていない道を雪に足をとられながら少しずつ進む。
真っ白な景色の中に突然鮮やかな色が浮かび上がりました。
これが教会の門だなんて!目を疑ってしまう。
大きなチューリップと小花模様の可愛らしい木彫りの門。
一見サーカスか、演劇のセットに見える。それだけ現実離れしています。
でも、近づいてよく見てみると、木のヒビからは年季が感じられる。
その反面とても手入れが行き届いている様子も見受けられました。
見れば見る程、知らずのうちに感歎の音が洩れるくらい素晴らしい木彫り。
 
雪景色に映える教会の門。 ”神はひとつ”と彫られているそう。  

門をくぐると目の前に古い鐘つき台が。その向かいには教会がありました。
着いたちょうどその時に係のおじさんが鍵を開けて、暖炉を温めていました。
今週は特別な集会があり、平日でも開けているそうです。
幸運にも中を見せてもらえるとの事で心躍る。
こぢんまりとした真っ白な教会の中を覗くと、そこには青空が広がっていました。
青空には無数の花が咲いていて、見上げた口は開きっぱなしでした。
こんなにも晴れやかで華々しい教会は見た事がありません。
 
木製の照明も凝った造り。 天井には花柄のタイルが敷き詰められています。

旅の間にふと入ってみる教会は、
装飾過美であったり逆に薄暗くひっそりとしていたり。
こんなに穏やかで華やかな教会があるんだと感動しました。
タイルの花模様の繊細で美しい事といったらない。
誰かのお手製なのか、聖書にはやさしい水色の刺繍のカバーがかけられていました。
ここはユニタリウス派の教会で、トランシルヴァニア地方発祥の宗派だそうです。
外に出てみても、白亜の外観からは、
今見てきたあの爽やかな青空色はまるで想像できない。
信徒でない私でも、この教会に一歩入っただけで心休まる。
 
長椅子に花柄のクッション。 手の込んだ刺繍の聖書カバー。

気付いたらバーリントさんと大樹くんは目の前の鐘つき台に登っていました。
それに続き私たちも登ってみる事に。
はしごのように不安定な細い木の階段を登ると大きな鐘が頭上に見えました。
一番上はちょうど教会の屋上くらいの高さになります。
頂上からは、教会裏の墓地や遠くの民家まで眺められ、村が見渡せます。
本当に喧噪のかけらもない穏やかな村です。
 
木製の鐘つき台と教会。   雪景色の村が一望できる。

ここからアールコシュという2つ隣の村に行こうとしましたが、
バスもタクシーもないので、4キロの道程を歩いて行く事に。
村の一番端の家を過ぎると視界には本当に何もなくなりました。
ただ延々と続く道と、左右に広がる畑と、ぽつりと現れる木々だけ。
こんな風景の中を歩くのはとても気持が良い。
冷たい風とちらつく雪も、慌ただしかった出発前の混沌を鎮静してくれるよう。
まだ小さいのに一生懸命に歩く大樹くんに感心しつつ、
おしゃべりをしながら2キロほど離れた隣の村に着きました。
 
静かな村はずれ。          村を出ると道だけが続く。

村の売店に寄って軽食をとる。
ここでもバスの運行を聞いてみるけれど、アールコシュ村へはでていないそう。
その代りに町へ戻るバスがもうすぐ来るらしい。
聖子さんは風邪を押して寒い中無理して来てくれたので、かなりきつそう。
残念そうにしていましたが、今回はアールコシュ村行きを見送る事にしました。
売店の隣にはカフェテリアという、その名がしっくりこない寂れた酒場があり、
そこで町へ行くバスを待つ事にしました。
冷たい飲み物しかないそうなので、メニューにないホットワインを作ってもらう。
が、待てどもなかなか出てこず、結局バスの到着と同時に出来上がった。
 
"レストラン""カフェテリア"の字が踊る。 道には馬車が走る。 

バスに乗り込みやっとワインを皆で飲む。甘くて酸味があってとっても美味しい。
悪路に跳ねるバスの中でこぼさないように必死に紙コップをにぎっていました。

まだ明るいうちに町に到着。
再びお宅に戻り、お食事をご馳走になる事に。
聖子さんは極限状態だったようで、ダウンしてしまいました。
こんな時に訪ねてしまって申し訳ない気持ちでいっぱい。
そんな聖子さんを気遣い、バーリントさんが食事を作ってくれました。
常に穏やかで優しいバーリントさん。それでいて頼りがいもあります。
大樹くんの面倒もよく見ていて積極的に育児をする素晴らしい旦那様です。

食事の頃には聖子さんも回復してほっと一安心。
バーリントさんはスパイシーな炒飯を作ってくれました。
具はとうもろこしと玉ねぎ。シンプルだけどものすごく美味しい。
 使っている器もどれも素敵です。

食後は、バーリントさんのお父様がコレクションされていたという
民族衣装や衣装のパーツ、刺繍などをたくさん見せていただきました。
民俗学を専門とされていたお父様は各地の衣装を収集されていたそうです。
どれも細かな刺繍が施されていて、見応えがあります。
どんなに小さなパーツも大切にスクラップされていて、貴重さが伺えます。
  
地域によって伝統的な刺繍の模様が異なるようです。

お互いの生活のいろいろな事を話しているうちに、
外はあっという間に暗くなっていました。
まだまだ話は尽きないけれど、
最終のバスの時間が迫っていたので慌てておいとまする。
ご自宅からバス停までは結構距離があるのに心配して
付いて来てくださったバーリントさん。本当に優しい。

いつも気ままに2人だけで旅をしていたけれど、
こんな風に異国の地で同国の方と出会う嬉しさと不思議さと
そして素晴らしさを改めて感じました。
初めてお会いした方と村はずれの雪の中を歩いているなんて
普段の生活ではとても考えられないけれど、それがなんだか自然でした。
いつの間にか都会暮らしでこわばってしまった心身を自然体にほぐしてくれるような
不思議な魅力があの村に、この家に、そしてこの家族にはあるのだと思います。

自分たちだけでは行けないところや知り得ない場所に案内してくれて
新しい出会いをもたらしてくれ、本当に感謝しています。
初めての待ち合わせはとても素敵な一日の始まりとなりました。

text by : yuki
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ルーマニア旅日記 2日目 2/26
去年と同じく国際列車が発着するノルド駅のすぐ近くのホテルに泊まりました。
1年前はホテルの朝食を食べ損ねてしまったのですが、
それを今更残念に思う程美味しい朝食でした。

1年前、出発前にいろいろ調べていると、ブカレストがあまりにも治安が悪く、
極悪非道な事例がいくつもあったので、ものすごい恐怖心があり、
何か事件に巻き込まれるんじゃないかとかなり怯えていました。
一刻も早くブカレストを出なくては!と思って必死で早朝に起きて
朝食もとらずにホテルを飛び出したのでした。
ノルド駅は暗くて誰かに襲われそうな気がしたし、
列車に乗り合わせた人は怪訝な顔で睨んでいるようで怖かったけれど、
今回はさして何も感じませんでした。
恐怖心は不安がむくむく増大して作り上げられてしまったもので、
あれだけ怖かったブカレストの駅も列車も人も実際はなんて事はなかったのです。

ノルド駅から3時間列車に揺られて第2の都市ブラショフへ。
前回は郊外のブラン城へ足をのばしたため行く事のできなかった市街へと向かう。
去年出会った背の小さな駅員のおじさんに再会しました。
写真を渡したら驚いた顔をして喜んでくれました。

まずはホテルへ。便利な場所に建つカピトルホテル。
ベッドカバーからカーテンまでピンクで統一されていて幼い女の子の部屋みたい。
4階の部屋からの眺めは最高で、町の中心が見渡せます。
 部屋からは雪に覆われた中央公園が見える。

荷物を置いて早速町へ繰り出そうと意気揚々と出て、
まずは両替をと思いホテルの隣の銀行へ寄る。
1人の男性が出てきて「ここはATMしかないから、両替はそっちだよ。」
と教えてくれました。指差す方向には両替所がありました。
ある程度の金額を替えて領収書を見てみると、なんと手数料が18%!
信じられなくて何度も計算したけれど、やはり高額な手数料は変わらなかった。
いつもは手数料を先に確認して、まず小額を替えてから大金を替えるのに、
なぜかその時は何も疑わず、すんなりと替えてしまったのです。
結局1万円近く損をしてしまいました。がっかり。
いつも慎重なのに、こういう時に限ってなぜ、、、。
計算に強く、いつもお金の管理をしてくれている夫は落胆。
聞いた事のない手数料の高さに愕然としていました。
通りがかりの親切な人が「ここでは替えない方がいいよ!」
と教えてくれたけれど、後の祭りであった。
  
通りには古いお屋敷が残っている。  おばあちゃんが窓から通りを覗いていた。

一度替えてしまったらどうする事もできないので、気持を切り替える。
まだ意気消沈している夫を引きずるようにして中心街へ。
大通りに山ほどある両替所のコミッション0%の文字を見る度に溜息をつく夫。
そんな事もあってか、どんより曇り空のせいか、
素晴らしく綺麗だと期待していたブラショフの町はなんだか味気なく見えました。
 裏通りはとても静か。

重い足取りでまずはブラショフの代名詞といえる黒の教会へ。
町の中心に大きく聳え建つゴシック教会です。
洒落た名前の由来は、ハプスブルク軍の攻撃により外壁が黒こげになったから。
確かに所々煤けています。戦火にも耐えた石造りの立派な教会です。
可愛らしい彫刻が施された木の門を開けて入ると、中はとても広く、
たくさんの絨毯が壁一面に掛かっていました。トルコ産の絨毯だそうです。
重厚な絨毯に包まれて厳かな気持になります。異国情緒漂う、珍しい教会です。
 
四方に扉がありました。  威厳のある黒の教会。

少し歩き進めるとスケイ門が見えてきます。
なんの変哲もない門ですが、ここから先がスケイ地区になります。
当時入植してきたドイツ移民が、ルーマニア人を移住させた地区です。
ブラショフはドイツ商人のつくった町で、先住のルーマニア人はここに
追いやられてしまったのです。きっと肩身の狭い思いをした事でしょう。
かつてこの門は、特別な許可が無い限り通れなかったそうです。
そのすぐ近くにはエカテリーナ門もあります。
塔がいくつも聳える小さなお城のような可愛らしい門です。
この可愛い門もスケイ門同様に居住区を分けていた隔たりの門なのでしょうか。
 
今では車が往来するスケイ門。    可愛らしいエカテリーナ門。

曇り空からだんだんと濃い青空へと変わってきました。
天気と共に、市内に点在するアンティークショップや古書店、露店などで
いろいろと買い付けられた夫はすっかり元気を取り戻していました。
青空の下を歩いていると気持良く、町の印象も明るく見えてきました。
 
裏路地の民家や門が可愛い。 真っ白い雪の上に真っ黒の猫。

中心街からやや離れたスケイ地区に入ると急に静かさが増します。
ここがブラショフの旧市街です。
スケイ地区には、ルーマニア人が移住させられただけあって
ひっそりとルーマニア正教の教会が建っています。
黒の教会に比べると、とても小さく威厳もない。けれど、可愛らしい教会です。
教会はねずみ色の門をくぐり、なだらかな坂を登った上にあります。
  
教会へと続く入り口の門。 お城みたいなルーマニア正教の教会。

教会周辺はまるで公園のようで、広い敷地内に様々な建物がありました。
そこにはルーマニア最古の学校を改築して学校博物館となった建物もあるのですが、
残念ながら開いていませんでした。窓から覗くと古い印刷機が見えました。
 ルーマニア語で初めて教育が行われた学校。

敷地の一番奥には民家のような建物が。司祭さんのお宅でしょうか。
白壁に赤茶の扉、そして犬小屋と、田舎で見るような素朴な家でした。
他にも白い教会や古い鐘つき台など、敷地内の建物を見て廻るだけでも楽しい。
 
教会の真向かいに建つ素朴なお家。 古い鐘つき台は今も使われている様子。

夫はいつの間にか浮浪者のような、髭が伸び放題の継ぎはぎの洋服を着た
歯の無いおじいさんに話しかけられていました。
どこかで拾ってきたような凍りかけのフライドボテトを食べ、
ポテトを飛ばしながら何やら嬉しそうに話しているのが聞こえてきました。
これまで訪れた国の中でも特にルーマニアは、
日本から来たと告げると、とても歓迎してくれます。
親日家が多いのか、単に日本人に会うのが珍しいのか。
握手をしてくれたり、投げキスをしてくれたり。
おじいさんは会えてよかったとウインクしてくれました。
 おじいさんが出没した所。

最後に教会内部に入ってみる。入り口の赤い絨毯が素敵。
扉を2つ開けると、奥から司祭さんがひょっこり顔を覗かせた。
小さな教会には心づくしの装飾がなされていて、温かみが感じられました。
司祭さんの座っている机の上には蝋燭やロザリオなどが売られていたので、
赤と白の撚り糸が可愛らしい蝋燭をお土産に何本か買いました。
  
間口の狭い教会入り口。    外壁にはフレスコ画が残っていた。

そこから急な坂道を登り、山の麓にある要塞博物館へ。
素晴らしい彫刻の木の門を開けて進むと、大きな要塞跡が立ち塞がっていた。
誰も居ないので、どう見たらいいのか戸惑っていると、
向かいの真新しい建物から女の人が出てきて室内に案内してくれました。
博物館とはいっても小さな部屋に町の模型や武器などが少し展示してあるだけ。
ほんの数分で見終えて、先程から登りたくてたまらない要塞跡へ行く。
  
町外れに建つ大きな要塞跡。     回廊のような要塞内。 

ぎしりぎしりと、一足踏むごとに鳴る古びた木の音が心地いい。
大きな要塞はほぼ木製で、木は味わい深い色に変色しています。
土壁はところどころ崩れかけていて、時の流れを感じさせます。
レンガが積まれている他は何にもないただの回廊のようなのですが、
階段下の一角にコート掛けと一脚の椅子がありました。
掃除夫か係の人のものだと思うけれど、なんだかドキッとした。
人知れずひっそりと屋根裏部屋に住む小人の持ち物のようだった。
 
小さな窓と掃除道具。        コート掛けと椅子。 

手すりから外を眺めていると、係の男性が下で手招きをしていました。
困った顔をしていたので、急いで降りてみると、ヒビの入った外壁を指差しました。
建物の老朽化の為今は登ってはいけないのだそう。知らなかった!
謝る私たちにおじさんは「君たちは軽いからセーフだよ」と笑って許してくれた。
悪い事をしてしまったとはいえ、この歴史ある建物に登れてよかった。
本来は知り得なかった貴重な体験となりました。
 
はしごのように急な木の階段。 ブラショフの紋章(樹の根に王冠)も見られた。

ブラショフは町のどこを歩いていても必ず視界のどこかにトゥンパ山が見えます。
斜面の急なトゥンパ山は家々のすぐ真後ろに垂直に聳えているように感じます。
そのトゥンパ山にロープウェイで登る事ができるのです。
ロープウェイ乗り場は高い所にあり、かなり急な階段を息を切らしながら登る。
ここでも町の景色は充分に楽しめますが、せっかくなので乗車する事に。
最終運行のロープウェイに間に合い、たったの2分で山頂へ。
 あっという間に山頂に着きます。

復路は10分後に出るというので、慌てて雪の中を走り出しましたが、
山頂には何にもありませんでした。野犬が寒そうに凍えているだけ。
レストランはありましたがお茶をする時間もないので、
ルーマニア国旗の立つ頂上まで登り、雪まみれになって降りただけで終わりました。
  
ルーマニア国旗が掲げられた頂上。 頂上は木々に覆われていた。

でも眺めは本当に最高!下界に小さく見える家々の屋根に積もる雪が、
まるでクッキーで出来た家に粉砂糖をふりかけたように見えます。
冷たく清々しい空気に包まれて綺麗な雪景色のブラショフを一望できます。
 粉砂糖と思わずにはいられない景色。

ロープウェイを降りると瞬く間に暗くなっていった。
昼食をとっていなかったので、早めの夕食をとる。
ブラショフにはお洒落なレストランがたくさんあって、どこも満席。
やっと入れたルーマニア料理のお店で、代表的なルーマニア料理の
チョルバ・デ・ブルタ(酸味の効いたスープ)、サルマーレ(ロールキャベツ)、
トキトゥーラ(豚肉の炒めとザワークラウト)を食べました。
日本ではあまり馴染みのない酸っぱいスープのチョルバ・デ・ブルタは
以前から挑戦したいと思っていました。
臓物入りの乳白色のスープで、インパクトがありましたが、まろやかな味でした。
豚肉料理と付け添えのママリガ(とうもろこし粉の練り物)はやっぱり美味しい。
けれど量が多い。1皿が2人前なんじゃないかといつも思ってしまう。
  
スファトゥルイ広場に面したレストランに入りました。

外に出るとトゥンパ山の斜面に掲げられている"BRASOV"の文字が光っていた。
都市での一日は瞬く間に過ぎていきました。

text by : yuki
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ルーマニア旅日記 1日目 2/25


今年もルーマニアとハンガリーへ買い付けの旅に行ってきました。
昨年初めて訪れたルーマニアに魅せられて、待ちに待った再訪でした。
昨年の帰国後から一年中ずっとルーマニアの事を考えていたように思います。

ハンガリーは東欧の真ん中に位置しているので、
隣国と組み合わせやすく今回で5回目になります。
どこかホッと心落ち着く国で、何度訪れても飽きません。

今回もモスクワ経由でブカレストへ。
驚いたのは、アエロフロートの機体が最新型になっていた事。
真新しいシートに全席タッチ画面が搭載されていました。
そして何より空港係員や客室乗務員の対応が良くなっている。
あの無愛想で事務的なスマイルゼロ、サービスゼロの社会主義的感覚から
少しずつですが、変わりつつあるように思えます。

ブカレストの空港に着いてやっかいなのは、タクシー。
空港を一歩出た瞬間から違法タクシーの運転手にしつこく声をかけられます。
「もう遅いからバスは出てない。タクシーに乗りな。」と、まとわりついてきます。
たぶん正規の料金で乗せてくれるタクシーなんてこの空港にはない。
前回かなりぼったくられたので、振り切るように無視して歩き進むと
まだ市内行きのバスがあった!ちょうど最終でした。
煩わしさから解放されて緊張感がほどける。バスに間に合ってよかった。
タクシーでは5千円ほど支払うところをバスならたったの2百円で行けます。
 ノルド駅にも違法タクシーがたくさん。

バスを降りて徒歩でホテルまで行こうと思ったら案外遠くてきつかった。
大きなトランクをガラガラ引きずりながら歩いていると
親切な青年に出会った。ホテルまで案内してくれるという。
早口で流暢な英語と満面の笑み、、、
この感じは違法タクシーの運転手に似ていると思っていたら
別れ際「僕お腹空いちゃって。」とさりげなく言ってきました。
もちろんお金を要求しています。
案内を頼んだ訳ではないし、小銭もなかったので丁重にお断りすると、
「なんで?ここまで親切にしてあげたのに。」と哀願されてしまった。
旅をしている間は、常にある程度警戒していなければならないけれど、
親切心に始めから疑心を抱かなければならないのは淋しい事だと思う。

ホテルに着いてやっと落ち着きました。
結局1時間も歩いてしまった。この寒い夜中に。
トランクに入れっぱなしだったボーと対面してすぐに就寝してしまった。
 旅する白くまのボー。

今回はどんな旅になるんだろう。

text by : yuki
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バルト3国旅日記 12日目 6/9


早朝、リガのホテルを後にしてタクシーで空港へ向かう。
こんなに早い帰国便は初めてで、5時台には空港に到着。
まだぼんやりした目を見開いて搭乗手続きを済ませる。
荷物の超過料金を気にしてドキドキしながらトランクを預け、
ホッとしたところで次に手荷物チェックを受ける。
いつも通り通過しようとしたら、止められた。「中身を見せなさい」と。
ヒヤヒヤしながら、買い付けたカゴやらお菓子やらBOOやらを取り出す。
机の上に子供みたいなものばかりが並んでさすがに恥ずかしかった。
最後にビンに入った蜂蜜がごろんと出てきました。、、、これだ。
昨夜、いつもより余裕で荷造りを終わらせて、準備万端でいたのに、
最後の最後に蜂蜜をトランクに入れ忘れてしまったのです。
忘れていたというよりも、日本でポピュラーなトロトロの液状の蜂蜜ではなくて、
ドロンとした個体に近い蜂蜜だったので、液体と判断していなかったのです。
あぁ〜、、、やっちゃった!没収される〜!と思ったら優しい係員が
「バッグごと預けてきなさい」と言ってくれたので、
再びチェックインカウンターに戻り、荷物を預け直して没収されずに済みました。
たぶん子供みたいに「どうしよう!蜂蜜が!ああ〜!」と騒いでいたから
気遣ってくれたのだと思います。リガの優しい人柄のおかげ。

そういえば日本を発つ時に、成田空港のチェックインカウンターで、
私たちの少し前に並んでいた男の人がトランクを預ける際に、何を言われたのか
背負っていたリュックからあのおなじみの赤いキャップの蜂蜜(しかも特大の)を
申し訳なさそうにカウンターの上に置いたのです。
(たぶん、液体物持ち込み禁止の事を知らなかったのだと思う。)
それを見ただけでも、ププーッと笑いが止まらず、こらえてもこらえても
じわじわと可笑しかったのですが、その次には何を思ったのか、
食パンの6枚切りが入った袋をカウンターにそっと出したのです。
それを見た途端、もうこらえきれず爆笑してしまいました。
普通は搭乗券とパスポートが行き交うカウンターに、食パンと蜂蜜、、、。
機内でお腹が空いてしまった時に食べようと考えていたのでしょうか。
その夢は破れ、小さな段ボールに食パンと蜂蜜は入れられて
トランクと共にベルトコンベアーの上を流れていきました。

あの時あれだけ笑っていた自分も同じ事をしているなんて、、、。
分かっていても、ついつい余計な物を持ち込んでしまうものです。
ハサミも何度没収されたか分からない。
旅に、もしかしたら必要かもと思い持って行く物は案外出番がなかったりします。

乗り換えのモスクワではなんと10時間待ち。
リガとは鉄道で直結しているほど近いのに、空路での乗り継ぎは悪い。
暗いモスクワの空港では読書も集中できず、寝るのも心配なので、
空港内のバーやカフェをハシゴしてヘトヘトになりながら時間を潰しました。
これがまさに暇疲れというもの。永遠に続くかと思うほど長かった。

モスクワから成田に着くと、後から預けた荷物も無事に手元に届きました。
これで美味しい蜂蜜パンが食べられる。
この蜂蜜を口にする度に旅の事を思い出しそうです。
  text by : yuki

**************************

*あとがき*

砂埃舞う森の中、民族衣装を着た人たちが思い思いの作品を披露している民芸品市。
ミトンに靴下、木彫りのカトラリー、かご、はちみつ、蝋燭、どれも可愛い。
木陰で民俗音楽を聞きながら、最高の食事。そのまま寝転がり、最高の昼寝。
湖からは、はしゃぎ声が聞こえてくる。子供たちが水着になり遊んでいる。
その様子を見ていた1人のおじさんが、ズボンを脱ぎ始めている。
他のおじさんも、つられるように1人また1人と。
赤、白、水色のパンツ姿のおじさん3人が
照れながら湖に立っている姿は”幸せそのもの”だった。
いずれ、こんなおじさんになりたいと思った。
text by : tetsuya

長い旅日記を読んでくださり、どうもありがとうございました。
外の空気は冬に1歩1歩近づいているというのに、ずっと初夏の話、、、。
3国を通して強烈に照りつける日の光が印象的でした。
約2週間の旅の間中ずーっと晴れっぱなしだったのです。
その為、旧ソ連の北国という寒くて暗い印象を抱いていたバルト3国は、
想像とは見事に正反対で、とてもきらびやかに映りました。
どの国のどの町もそれぞれ魅力的で、素敵な出会いがたくさんありました。
外は日増しに寒くなっているけれど、
きらきらした眩しい日差しの余韻が今も脳裏に残っています。
text by : yuki
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バルト3国旅日記 11日目 6/8
今日でついに旅も終わり。
最初に訪れたリトアニアが(特に初日の迷子が)まるで遠い昔の事みたい。
最終日の予定はあえてはっきり決めていませんでしたが、
都会の喧噪を離れて少し遠出をしてみる事にしました。

いつものようにホテルを出て市場へ行き、
野菜や果物に混じって点在する民芸品の露店を覗き
かごや木製品、ミトンやクロスを買う。
昨日の民芸品市とさほど値段は変わらないので市場での買い物もお得。
お店によっては交渉次第で気前良くまけてくれたりします。
 
濃い赤色をしたイチゴとチェリー。  小鳥もチェリーが好きみたい。

今日は屋内市場に入ってみました。
タリンに行く際の乗り継ぎ時間に覗いたっきりだったのです。
中は、肉屋や魚屋や乳製品屋とブースごとに食品の種類が分かれていて、
店員のおばちゃんたちはみんな頭に白いレースを巻いています。
それがとても可愛らしかった!
屋内市場は、外ほど混みあっていないものの、
静かにお買い物をするおばあちゃんたちで賑わっています。
 屋内市場の入り口付近。

先程外で花柄のクロスを買ったのですが、それと全く同じものを頭に巻いて
スカーフ代りにしているおばあちゃんを見かけました。
綿素材の白地に花柄のクロス。まるでキッチンクロスみたいなのですが、
こんな可愛らしい使い方もあるんだなぁと
お洒落なおばあちゃんをじっと観察してしまいました。
市場には頭にスカーフを巻いたおばあちゃんたちをよく見かけます。
 
お洒落なおばあちゃん。  みんなスカーフを頭に巻いています。

市場のすぐ近くにあるバスターミナルでツェースィス行きの切符を買う。
ラトヴィアではツェースィスはリガに次いで古い町です。
気になったのは、ラトヴィア人が「最もラトヴィアらしい」と評しているところ。
毎日買い付けなどに奔走していたので、最終日には少しゆっくりと
「ラトヴィアらしい」田舎町に訪れてみたくなったのです。

リガのバスターミナルにはしましまの猫がいて、人懐っこく近寄ってきました。
ひととおり遊んでもらうとフラフラとどこかへ行ってしまった。
日曜日の今日、バスターミナルにはたくさん人がいました。
 バスターミナルに住みつく猫。

ツェースィスはリガからバスで2時間ほど。
田園風景の中を、よく舗装された道路をのんびりと進む。
停留所の名前をアナウンスされないので、
事前に聞いておいた到着時間に近づくとソワソワして辺りを見回す。
1停留所でも乗り過ごすと、とんでもない所に行ってしまいます。
それまではぽつりぽつりと降りていた乗客が、まとまった人数降りました。
慌てて聞いてみると、ここがツェースィスとの事。
予定より少し遅れて着きました。

最初こそ降りた乗客で賑わっているように見えましたが、
あっという間に誰もいなくなってしまって、静かな空気だけが残りました。
ツェースィスは思い描いていた通りの穏やかな田舎町。
日曜日という事もあって商店はどこも閉まっていて
閑散とした大通りが静かで、どこか愁いを帯びているような印象でした。

バスターミナルから人っ子一人いない大通りを歩き進むと
古いツェースィスの紋章が目に入りました。
ここはかつて市庁舎にもなったという薬局で、きれいに塗装された外壁に
騎士がおどけた格好をしたツェースィスの紋章が
そこだけくっきりと古いまま残っています。
  
一番最初に目に付く可愛い建物。独特なツェースィスの紋章。

さらに歩き進めると曲がりくねった道沿いに、木造家屋が建ち並んでいました。
今にも窓が外れてしまいそうな古い家々です。
特徴的なのは、栗を横半分に切ったような形の窓で、それがすごく可愛かった。
今も誰かが住んでいるようで、素敵な家に憧れの眼差しを注ぎました。
 
屋根裏部分の窓が栗型になっている。 古い木造家屋はどの家も素敵。 

そこからすぐに大きな教会にぶつかりました。
尖った塔がそそり建つ聖ヨハネ教会です。
長年変わらずに在り続ける教会ならではの、年季の入った外壁の色。
白っ茶けた土の色と剥き出しの石の色が印象的な教会です。
そういえば、先程の古い木造家屋も古民家独特のあの味わいのある
こっくりとした焦茶色でなくて、白っ茶けた素木の色でした。
辺りを見回して、この町は生成り色の町だと思いました。
 大きな聖ヨハネ教会。

教会に入ると、入り口でおばあちゃんが絵はがきを売っていました。
ツェースィスの町の写真が印刷されています。
奥に進むと、強い日差しに照らされてステンドグラスがくっきりと
その美しい色と模様を浮かび上がらせていました。
ステンドグラスの光だけが薄暗い教会内を明るく照らしています。
先程見かけたツェースィスの紋章がここにもありました。
彩り豊かな美しいステンドグラスにおどけた騎士が張り付いていました。
 
教会の裏手、ステンドグラスの裏側と小窓の並ぶ小部屋部分。

そこからツェースィス城址へ。
ここは帯剣騎士団(ドイツ人)が築いたお城です。
リガとエストニアのタルトゥという町を結ぶ経由地だった為、
リヴォニア北部への侵略の拠点としてここに大きなお城を築いたそうです。
お城は当時の姿より半分以上が欠落していますが、
現在は修復工事中で、近い(遠い?)将来に完全な姿が見られると思います。
でも、ボロボロに崩れたお城もいいものです。
修復して後世に残していく事はとても良い事だと思うのですが、
どうも古城にピカピカのレンガや石が新しくはめ込まれるのは興ざめしてしまう。
この城址は一部足場が組まれてはいるものの、修復にはまだまだ時間がかかりそう。
変にピカピカしていない、ボロボロのお城にランタンを持って入っていきました。
ランタンは入り口でチケットを買う際に貸してもらえます。
 
頭に笠をかぶったような城址。5つあった塔のうち2つが原形を留めています。
 
入り口で受け取るランタン。 市場で買ったカゴに入った”旅する白くまBOO”。

こんなに晴れているのにどうしてランタンが必要なのかと思っていましたが、
一歩足を踏み入れると、途端に目の前が真っ暗になりました。
段差も全く見えなくなり、黒い世界に入り込んでしまったようです。
階段を登り終えると2階部分に到着し、ぽっかりと開いた穴から光が射して
やっと辺りが見渡せるようになります。まるでインディージョーンズみたい。
ゴツゴツした岩肌が剥き出しの石造りのお城は、
天井にレンガが少し見えていて、かつては美しいレリーフになっていたのでは
と思わせる、なんだかロマンを感じさせる壁面です。
 
足場の悪い真っ暗な城内。 今にもレンガが落ちてきそうな2階部分。      

お城は、たいてい戦に備えた造りをしている事が多いので、
ここもきっといろいろな仕掛けや工夫があったのだと思います。
内部の造りは不思議で、狭い階段で上階とつながっています。
その為、観光客がすれ違えなくて、途中まで登って
降りてくる人に押されるかたちで振出しに戻ってきてしまう事もあります。
階段は暗く螺旋状なので、出会い頭にお互い「わぁ!」という感じになります。
それでも、日曜の割には観光客も少なく、のんびりと城内を見る事ができました。

柵も何もないので、大きく開いた穴(かつての窓?)からベランダのような
少し張り出したところに出る事もできて、足がすくむような気持ちになりながらも
そこから見渡せるツェースィスの町の眺めは素晴らしくきれいでした。
城址を囲むようにして緑豊かな公園が広がり、気持ちのいい風が吹いています。
  
お城の3階部分からの眺め。 かつての城が広大だった事を示す城跡。

インディージョーンズごっこをしながら城址を後にし、
お城の入場券で見られるお隣の小さな展示館へ行きました。
1階は近くの学校の学生の作品展示の場になっていて、
なんとなく見上げた2階にヨレヨレになった古い旗を見つけて上ってみたら
この階は歴史的なものが見られるようになっていました。
昔に流行ったお菓子のパッケージから軍服まで展示されていました。
 鉄で出来たツェースィス城の模型。

展示館を出ると、もうこれといって見るものもないし、行く所もありません。
ツェースィスの旧市街はとても小さく、見所もお城だけ。
でもせかせかしなくていい、のんびりとできることろが魅力的な町です。

先程城址から見えた公園へ行ってみる。
まん丸い池を囲むようにして大きな公園があります。
池には白鳥が、芝生にはヒナギクが、近くには子供たちがいて
絵に描いたようなのどかでやさしい光景。
あちこちをバタバタと走り回っていた数日がうそのような穏やかさです。
芝生の上に座ってヒナギクで花かんむりを編む。
そんな事がしたくなる公園です。
 
ヒナギクの花かんむり。       読書中の可愛らしいおばちゃん。  

公園には”木の実の丘”と呼ばれる素敵な名前の小山があります。
そこには騎士団に占領される前にラトガリ族の王が要塞を築いていたらしい。
その王とラトヴィア国旗にまつわる伝説があります。
(ラトヴィアの国旗は上下が赤、真ん中に白いラインの入ったものです。
その赤は深紅よりも暗い赤。血の色とされています。)
騎士団との戦いで傷ついた王は、降伏の白旗の上に寝かせられたそうです。
王の傷口から流れる血が旗の両端を赤く染め、
息絶えた王の置かれた部分のみ白く残ったという、、、。
国旗はツェースィスの戦旗がもとになっているのです。
先程、展示館で見たあの古い旗を思い出しました。
なんだか引きつけられた、白地に暗い赤色の刺繍の入った旗でした。
 
こんもりとした”木の実の丘”。 白鳥のいる緑色の池。

今目の前にある木の実の丘は、木が数本生えているだけの
こんもりした何もないただの小山。でも登ってみることにしました。
ぐるりと廻ってみたけれど、階段はなく、人為的な登った跡があるだけ。
それと同じ足跡につま先をかけて、滑る土の斜面をやっとの思いで登りました。
てっぺんにも木の実らしきものは見当たらず。やっぱり何にも無い。
でも、誰にも邪魔されずのんびりできるよい場所です。
登るよりも降りる方がさらに怖くて、命からがらザザーッと滑り降りました。
すごい砂埃が舞い、まさにインディージョーンズさながらでした。

公園からほど近いところにはラトヴィアで最古のビール製造所があります。
坂道の途中に古びた工場がどーんと建っています。
季節的に美味しく感じる時期だからか、皆ビールが好きなように見えました。
老若男女問わず昼間からビールを飲んでいる姿をよく見かけます。
おばあちゃんも大きなジョッキをひょいと持ち上げて美味しそうに飲んでいます。
 
ラトヴィア最古のビール製造所。向かいにもビール工場のような建物がある。
 
ビール製造所の煙突。    小さな窓が開いている。

公園を後にしたと思ったら、すぐまたもうひとつの公園が現れました。
こちらも池のある、先程よりも少し小さな公園。
ここものんびりする地元の人の憩いの場となっているようでした。
公園裏のカフェではオープンテラスに人がたくさんいました。
皆ツェースィスビールを飲んでいる。
私たちも早速一杯。さっぱりしていて美味しい。
先程製造所を見たので、なおさら美味しく感じます。

明日帰国の為、少し早めに帰りのバスのチケットを買っておいたので、
急ぎ足でバスターミナルに戻る。
用意周到は時に楽しさを奪ってしまいます。
もう少し居たかったな、、、と思いつつバスに乗り込む。
 
たくさんの花が咲くお庭のきれいな民家。洗濯物が並ぶ光景も朗らか。

どこから来るのか、バスがやってくる直前に、静かな町に急に人が増える。
乗って驚いたのは、車内全てが真っ赤だった事。こんなバス初めて。
シートもカーテンも天井さえ真っ赤でした。
思わず笑っちゃうほど、赤、赤、赤!
2時間もの間、落ち着かない情熱カラーに包まれてリガへ戻りました。
 真っ赤な車内。

リガのバスターミナルに着くひとつ手前でなんとなく降りてみました。
いつもの運河のある公園のところ。
運河沿いを散歩しながら少し歩く。今日もまた夕暮れ時。
すると、大きなリボンの付いた光沢のある水色のワンピースを着て
裾のフリフリのレースを覗かせてパタパタと走っている小さな女の子がいました。
フリルの付いた靴下とエナメルのストラップシューズが目の前を通り過ぎました。
変わった格好をしていて、不思議で可愛い女の子だなぁと見ていたら、
後ろからパパらしき男の人が女の子の後を追っています。
パパは女の子とは対照的で、シワシワのジャケットにズルズルのズボン。
走り方もちょっとぎこちなくて、まるでチャップリンみたい。
これからパーティーにでも行きそうな格好の女の子と
何日も着替えていないような男の人の組み合わせ。なんだか面白い。
視界に入った瞬間から虜になってしまい、立ち止まって見ていると、
地面に落ちていた破けた新聞紙を拾おうとしたパパに女の子が「ダメよ!」と叱り、
違う方向にフラフラ走るパパの手を引き、しっかりと手をつないで
大通りの信号を無視して突っ切ろうと左右を見渡す女の子。
そして見えなくなるまで思いっきり走っていく2人、、、。
2人の関係はまるで映画「アイ・アム・サム」みたいでした。
ビートルズの曲が頭の中で流れるほど、魅力的なワンシーンでした。
 運河沿いにいたふとっちょ黒猫。

冷えきった夜にカフェバーのテントがひしめくリーヴ広場でビールを一杯。
休日の夜はたくさんの人で賑わっています。
翌朝にはここを発つわりに、なんだかのんびりとした気分。
いつも買い付けた物の梱包や荷造りに追われているけれど、
今回はゆったりできて、とても有意義な最終日が過ごせた気がします。
大都会リガに戻ってきて感じるのは、やっぱり郊外ののんびりした
あのけだるいくらいの空気が心地いいなと思いました。

text by : yuki
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バルト3国旅日記 10日目 6/7


この日はいよいよ旅の目的、大民芸品市が開催される日です。
朝からそわそわ、、、楽しみが抑えきれません。
バスに乗って郊外にあるラトヴィア民俗野外博物館へ向かう。
年に一度の大民芸品市はここで催されます。

30分ほどバスに揺られて降りたところは
大きな橋のたもとで、小さな市場が立っていました。
工事中の砂まみれの橋に、足をとられながらやっとの思いで渡ると
木々の深緑がもこもこと現れはじめ、森が広がっているのが見えました。
その奥に野外博物館があると思うと胸が高鳴る。
森に近づくにつれ、いつの間にかどんどん人が増えてきて、
自然と人々の流れに沿って歩いていると、道なき道を歩きはじめました。
一体いつ着くんだろう、、、と不安に思っていた時、
雑木林の細いけもの道から突然ひょっこりと大きな道に出ました。
そこには垂れ幕がかかっていて”大民芸品市”と書かれていました。
ついに着いた!
 ユグラ湖畔に広がる野外博物館。

チケットを買って入場すると、既に買い物を終えて、とてつもなく大きなカゴや
大きな木彫りの置物を抱えている人ともすれ違い、気分が盛り上がる。
入り口を通過したらすぐに蜂蜜を売る露店やカラフルなクッキーを売る露店があり、
小さな子供たちが可愛いおねだりをしている。
しばらく細い道に露店がぽつりぽつりとあり、広場へと続いていました。
ひらけた所に出た途端、ここは森の中の秘密のお祭りだと思いました。
絵本で見かける、動物もしくは小人たちが深い森の中で輪になって踊っている感じ。
(”秘密の”というのは人間の目につかないような森深いところで催されるから)
その賑やかさや愉快さ、可愛さが一瞬にして目に入ってきました。
小さな女の子は一丁前に民族衣装を着て花輪を頭に乗せてスキップしているし、
民芸品を売っているストライプのテントにはお花がぶら下がっていて、
その下で店番をするおばあちゃんたちは頭にレースの付いたクロスを巻いています。
子供からお年寄りまで多くの人が民族衣装に身をつつみ、
その自然と調和する美しい色の衣装をあちこちでなびかせています。
 
女の子が頭に乗せるマーガレットの花輪。テントにぶら下がるお花。

360度、見渡す限り露店が軒を連ねていて、多くのお客さんで賑わっています。
森の小径にも、足場の悪い坂道にも露店がずらりと並んでいて、
人ごみに押されてうまく前進できないほどの混雑ぶり。
この週末はラトヴィア各地からお客さんが来るようです。
民芸品の露店は、民族衣装に装飾品、カゴに陶器、木製品に革製品、
パンやお菓子に蜂蜜製品、編み物に織物、作家さんの作品、、、と様々です。
最初はどれもこれも素敵に見え、目移りしてクラクラしてきます。
目が慣れると、同じような製品を売る店でも色や形や大きさに微妙な違いがあり、
比べながら自分に合うものを見つけるのが楽しくなってきます。
中には実演販売をしている露店もあって、どんなふうに作られているのか
見られるのはとても興味深く、参考になります。
小さな男の子が織り機に夢中になっている姿もあり、とても可愛かったです。
 
男の子が織り機に向かって慣れた手つきで裂織を作っていました。
 こちらはボビンレースの実演。綺麗!

野外博物館は小径が四方八方に伸びていて、さっき通った道なのか、
まだ通っていない道なのか、今どこにいるのかすらよく分からなくなってきます。
そんな時、いい匂いが漂ってきました。
民芸品店が少なくなり、食品がたくさん売っている広場に出たのです。
保存パンや魚の薫製やソーセージなどの持ち帰り用の食品だけでなく、
レストランの出店も出ていて、青空の下に設置された大きなグリルで
お肉や野菜を焼く香ばしい匂いが辺りに充満していました。
煮込み料理や揚げ物もあり、どれも美味しそう!
即席のテーブルとイスはすでに満席で、芝生の上にじかに座り込み
ランチをしている人がたくさんいます。
私たちもそれに習って青空の下でランチをする事にしました。
おいしい食事に木々の気持ちよい香りと芝生の心地よさ、
半分木陰と半分日向の特等席で最高のランチをとりました。
 
通りすがりの民族衣装を着たおばあちゃん。とっても可愛らしい。

それから普段の野外博物館の見所である移築した古民家を覗いたりしながら
ぶらぶらしていると、ひとつの立派な古民家の庭先に民俗衣装を着た人々が
子供から大人まで輪になって集まっているのが見えました。
近づいてみると、皆楽器を手に持ち奏でながら歌っています。
日本でいう琴のような弦楽器をつまびいています。
リ〜ガ♪リ〜〜ガ♪と声を揃えて歌っていて、伝統的な歌のようでした。
趣のある古民家を背に集う人々の歌と演奏は、燦々と日の光を浴びて
とても眩しく、とても美しく輝いていました。
野外博物館に着いた時に、ここは森の中の秘密のお祭りだと感じたように、
この光景はその印象をより強くしました。
民族衣装を身にまとった人々がなんだか同じ人間でないような
まるで森の妖精のように見えてきます。
 
美しい歌声と音色の響く森の中の演奏会。ヴァイオリン弾きの女の子。

1時間ほど続いた演奏会も終わり、民族衣装の人々は白樺のカゴに入った
美味しそうなチーズとワインと共にまた別の小さな古民家へと去っていきました。
これから打ち上げがあるんでしょうか。妖精たちの宴、とても楽しそうです。
皆が去った後の大きな古民家はやけにこじんまりと見えました。
その古民家を覗いてみると、とても可愛らしい造りをしていました。
レースをあしらったクロスの掛かった小さなベッド、壁にかかった地図、
花模様が描かれたクローゼット、テーブルの上の白い小花、、、。
人の手に触れて色の変化した、こっくりと濃い色の木の家に似合う家具たち。
かつてここで、民俗衣装を着た人々が温かい暮らしを営んでいたかと思うと
本当にうっとりしてしまいます。
当時の穏やかな空気が今でも流れているような気がします。
 
家具から寝具まで何もかも可愛い。部屋のあちこちにお花が生けてある。

再び民芸品を売っている辺りに戻ると、
先程気になっていた商品は既に売れてしまったものがほとんどだった。
品薄になっているお店もあり、買い手の多さが伺えました。
手作りの品や一点物も多いので一期一会の出会い、
気になったものはすぐに購入すべきだと改めて思いました。
それでも、可愛い織物や編み物、木製品などいろいろと買えて
初めての民芸品市はとても楽しいものとなりました。
どれも作り手の温かさや優しさのぎゅっと詰まった、心の込もった品ばかりで、
とても素朴でいて丁寧に作られたものです。
それらを持って帰路につくだけで嬉しい気持ちになれます。
 
さじ彫り職人のお店。    一本の木片から掘り出して作ります。

夕方にはもう片付け始め、店じまいする露店も多く
来場者もいつの間にかずいぶんと少なくなっていました。
帰り道には、通れなくなるほど混雑する事もなく
再び今朝来た道を戻ってバスに乗り込みました。
たった30分でいつもの都会に着いてしまい、
先程の森の中の風景との差を感じてしまいますが、
少し足を伸ばすだけでこんな素敵な風景に出会えるのは素敵な事です。
爽やかな気持ちいい空気をたっぷりと胸に吸い込んだ一日でした。
 野外博物館内にある民家。

毎日ぬいぐるみを作る私にとって、
長年一途に、商品を自分一人の手で作り上げる職人さんの姿は
とても興味深く、とても尊敬できるものでした。
こんな森の中でいつか私のぬいぐるみたちが並ぶ日がきたらいいなと思いました。

text by : yuki
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バルト3国旅日記 9日目 6/6
よく晴れたリガの朝。
昨夜の重々しい街の様子は一掃されて、清々しくて気持ち良い。
ホテルの地下にある食堂へ朝食を食べに行く。
このホテルはドイツ人観光客の団体が泊まっているようで、
「モルゲン(おはよう)!」とドイツ語の挨拶が飛び交っています。
宿泊客がどんどんやってきて、小さな食堂に収まりきれず、
まだ肌寒い外のオープンテラスにまで人が溢れています。
いつも一番乗りで2人きりという事が多い朝食が今朝はとても賑やか。

ホテルは中央市場の裏手にあるので、
旧市街に行くには必ず市場を突っ切る事になります。
早朝から賑わっている市場を眺めながら歩くのはとても気分がいい。
 
食品だけでなく、お花や植物も所狭しとあり目の保養になる。 

市場を抜けて、線路を超えるとそこはもう旧市街です。
タリンやヴィリニュスのように陽気さが漂う昔ながらの街
という印象とはちょっと違ったものがリガにはあります。
都会のどこかよそよそしい雰囲気が少し感じられるのです。

大通りを通って自由記念碑が見えると、そこへ一心に向かう人に目がいきました。
ちょうど10時ぴったりの時間に偶然通りかかったため、
軍服を着た衛兵の交代が行われていたのです。
大きな男の人2人が記念碑の前を足並みを揃えて行ったり来たり。
銃を掲げての一糸乱れぬ行進に目が釘付けになります。
往復した後は、それぞれ持ち場につき記念碑を守るようにびしっと立っています。
この記念碑は反体制の象徴とされ、ソ連時代には壊される事はなかったものの、
近づくだけでシベリア流刑になると噂されるほどだったらしい。
今では路上演奏者のアコーディオンの音が流れる市民の憩いの場となっています。
 
1時間ごとに衛兵交代をしている。姿勢を崩さず、ずーっと立っています。

そこから数歩進むとカフェやレストラン、銀行にデパートがあり、
東京の街角とさほど変わらない光景が広がっています。
多くの人が行き交う旧市街の中心はまさに大都会と感じます。

早くから開いている民族衣装のお店、セナー・クラーツへ行く。
様々な地域、様々な時代の民族衣装が揃うお店です。
壁にずらりと飾られたミトンの配色や編み模様はどれも素敵なものばかり。
民族衣装の豊富さ、サシェ(帯)などの服飾品の多さにも圧倒されます。
1人の綺麗な若い女性が新しく民族衣装を仕立ててもらっているようで、
数人の店員さんと採寸や生地選びなどをしていました。
普段着から試着をし民族衣装に着替えた彼女の変身ぶりはとても美しかったです。
伝統的な衣服を身につけると、その土地の人はさらに輝きを増します。
 
綺麗な編み模様のミトン。 温かで可愛らしい靴下もたくさん。

旧市街の入り組んだ道に入って行くと面白い建物に出会えます。
遠くからでもよく目立つ火薬塔はムーミン一家が住む家のよう。
とんがり屋根にレンガで出来た筒状の建物は、半分ほど蔦に覆われています。
かつては名前の通り火薬庫として使われていました。
肉眼で見つけるのは難しかったけれど、ロシア軍の攻撃によって
今でも7つの砲弾が埋め込まれているそうです。
 ムーミンハウスのような火薬塔。

それから聖ヨハネ教会と裏手にあるヤーニスの中庭へ。
教会には少し恐ろしい実話があります。
中世には生きた人間を壁に塗り込めるとその建物は災いから逃れられる
という信仰があり、この教会でも2人の修道士が志願して壁の中に入りました。
最初こそ壁に空いた穴から通りがかりの人の施しを受けていましたが、
やはり彼らの命は長くは続かなかったそうです。
時は流れて、教会修理の際に壁に空間が見つかり、彼らの屍が発見されたとの事。
中世の迷信は残酷で不思議なものが多くあります。

そんな怖い実話と反したような滑稽な人の顔が教会の外壁にはめ込まれています。
これは修道士の顔らしく、かつてこの顔の裏側には神父の小部屋があり、
その部屋から外部に説教を聞かせていたらしい。
それにしても、修道士の穏やかなイメージとはほど遠い表情、、、。
 
おかしな修道士の顔。 この顔は教会の屋根に近い上部で見つけられます。

昔は、町にやってくる農夫たちは、城壁や道を造るために
必ずふたつの石を持ってこなくてはならなかったという。
ここはその当時のままの敷石が残っているとの事。
なるほど、趣きのある石壁と石畳です。
ヤーニスの中庭に続く路地ではライ・クーダーを叙情的に奏でるギター弾きがいて、
哀愁漂うこの風景と演奏とにしばし浸っていました。
 
ヤーニスの中庭に続く路地。 このギター弾きが味わいがあっていい。

壁に塗り込められるというエピソードはもうひとつあります。
スウェーデン門と呼ばれる、リガに唯一残るかつての城門です。
昔は、リガの娘たちは外国人と会う事を禁止されていました。
それに反し、ひとりの娘がこの城門の向かいの兵舎に住んでいた
スウェーデン兵と恋に落ち、この門で密かに会うようになったそうです。
しかし娘は捕らえられ、罰として門の内側に塗り込められてしまった、、、。
今では窓辺に明るい花の咲く、白く綺麗な門にもそんな悲恋の話が残っています。
 
悲しい伝説が残るスウェーデン門。近くには椅子が一脚淋しく置かれていました。

お昼にはラトヴィアの田舎風ビアハウスの店へ。
自分で好きな量だけよそって、最後にお会計するというセルフスタイル。
サラダやデザートなどは自分で取り、チキンやフライドポテトなどは
指をさせば、出来立て熱々をよそってもらえます。
リガではセルフスタイルの店がとても多い。
目で見て選べるので、頼んだものが思っていた料理と違う、、、
なんて事もなく旅行者にはとても助かります。

こちらは通りがかりにあった変わったレストラン。

旧市街の北側には古い建物が多く残っていて、
三人兄弟と呼ばれる中世の住宅も当時の姿そのままに残っています。
このネーミングがぴったりの三軒の家はそれぞれ建てられた時代が違います。
右端の長男はリガで最も古い一般住宅で、地下水面の変化で傾いていますが、
玄関前には石のベンチがあったりと質素な造りながら味わい深い家です。
真ん中の次男の時代には、長男の時代にあった窓税がなくなり、
長男に比べて窓のたくさんある豪華で見栄えのする建物になっています。
左端の三男の時代になると今度は間口税というものが課せられたため
狭くて窮屈な造りとなっています。
それぞれの時代背景のよく分かる面白い兄弟たちです。
 
右から長男、次男、三男。  紙で出来た模型もあります。

次男は現在建物博物館となっていて、無料で見学ができます。
入ってすぐにある大きな暖炉や、広い中庭など素敵な暮らしぶりが伺えます。
ちょうどこの日はこれから演奏会があるようで、楽器の準備をしている
楽隊が中庭に集結していました。こんなところで演奏会なんて素敵です。
それにしても、外から見える途中で途切れている階段はなんだったんだろう。
 
中庭に続く短い渡り廊下がいい。目の覚めるような青い裏口扉もいい。
 
入ってすぐの煤だらけの暖炉。裏には途中で途切れた不思議な階段がある。

”猫の家”と呼ばれる可愛い建物もあります。
かつて裕福な商人が住んでいた家で、彼は様々な資格を整えて
ビッグ・ギルド(中世の同業者組合)に加わりたいと思っていましたが、
ラトヴィア人という理由だけで、ドイツ人に拒否されてしまいました。
怒った彼は、ビッグ・ギルドに背を向けた猫を屋根に取り付けたのだという。
ビッグ・ギルドがコンサートホールに変わった後、
この猫は音楽に誘われるように向きを変えたとのこと。
屋根の先端にちょこんと乗っかっている猫は気ままで愛らしいです。
 
器用に屋根に乗っている猫。 猫の家の1階はカフェになっています。

旧市街の南の方に行くと、また雰囲気の違った通りが現れます。
最上階にクレーンを備えた古い倉庫が建ち並んでいます。
小窓が左右対称にぎっしりとあり、崩れかけた土壁や壊れたレンガの倉庫からは
かつて盛んに商人が行き来していたであろう中世の雰囲気が感じられます。
中世の時代にいざなってくれるような、とても趣きのある通りです。
 
人気の無い古い倉庫通り。 小窓がずらりと並ぶ倉庫は見上げるほど大きい。

夕方にはたまたま通りかかったリガ大聖堂でオルガンコンサートが
開催されると知り、威厳のある大きな大聖堂へと足を踏み入れました。
薄暗く厳かな教会内には物音もせずに人が次々と入り、
あっという間にチャーチルベンチは観客で埋まりました。
皆私語もせず静かにパイプオルガンの音が響くのを待っています。
しばらくの間静寂があり、ぼわーんと低く響くパイプオルガン独特の
美しい音色が聞こえてきました。
教会全体を包み込むかのような、建物とそして心臓に轟く音色です。
女性の歌い手も現れて、高く綺麗な声で賛美歌を歌い上げていました。
あまりにも幻想的すぎて途中うとうとしてしまいましたが、
睡魔に襲われる時のあのどうしようもなくぼんやりと霞んだ感じがまた
この時間を幻であったかのように感じさせます。
いつの間にか前に座っていた老夫婦の頭も右に左に垂れています。
演奏が終わり観客が出て行った後、教会をじっくり見まわし
パイプオルガンの重厚な造りに驚く。レリーフがとても綺麗で圧巻です。
教会の外に出ると、まだ温かな日差しが射していて、
肌寒かった教会内とはかなりの温度差がありました。
 
威厳のある大きなリガ大聖堂。    貴重な古いパイプオルガン。

その後は大聖堂の近くの廃墟に住み着く猫たちを見つけ、
ぴょんぴょん跳ねまわる子猫たちに釘付けになり
その猫屋敷からなかなか離れられずにいました。
よく考えると3国ともによく猫を目にした気がします。
 
同じ顔で同じ模様の可愛い猫たち。廃墟が猫屋敷となっています。

夕食はパンケーキ屋さんで軽く済ませる。
昼食と同じくセルフスタイルで、好きなパンケーキとソースを選べます。
バナナやチョコにハムやチーズなど、プレーンのものから甘いもの、
充分食事になるようなものまでいろいろな具があります。
ソースもジャムやクリームチーズなどお好みのものを好きなだけ。
軽食をとりたい時にぴったりのふっくらパンケーキ屋さん
シェフパヴァールス・ウィルヘルムスがおすすめです。
 「料理長ウィルヘルムス」のパンケーキ屋。

旧市街の端を流れる運河ではビーバーを見かけました。
シャキシャキ音を立てて夢中で水草を食べるビーバーは
まんまるに太っていてとても可愛かった!
花売りのおばちゃんも指をさして笑いながら覗いていました。
 
日暮れ時の美しい運河にビーバーが!愛らしい仕草に見とれてしまった。

都会のど真ん中をこの運河が流れているおかげで、
ここを通る度にゆったりとした気持ちになれます。
人々は運河沿いのベンチに座り、茜色に染まっていく街を眺めています。
大都会でも東京と違うのは、ゆったりとした気持ちを持っている事だと思います。
ベンチに座っている人は本を読むわけでも、何かを食べているわけでもなく、
時に語り合いながら、ただぼんやりと辺りを眺めています。
そんな時間が一番大切なのかもしれません。

text by : yuki
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