茶けだもの



”黒けもの”は四才。”黒ばけもの”は五才。”黒けだもの”は六才。物語を制作していた時の楽弥の年齢だ。そこに描かれている生と死の世界は子供には理解し難いかもしれないが、ほんの少しでも彼の心に残るようなものを作りたかった。

人間が大事なことを覚えるのは六才頃までのような気がする。そこまでは心の感覚で頭に吸収されていくが、そこから先は教えられたものを頭で記憶していく。それで頭がいっぱいになると知らず知らずのうちに心の感覚は鈍っていき、本当に大事なことまで忘れてしまう。だから物語が思い浮かぶと子供たちに聞いてもらう。子供の心に響くものが本物だと信じている。

小さい頃は夜遅くまで遊んでいた楽弥も、よほど疲れているのか小学校から帰るとすぐに眠ってしまうようになった。「がっくん起きて。ご飯だよ。冷めちゃうよ」夕飯ができるとふたつ下の妹が起こす。「うるさい!こっちは学校に行ってるんだよ。きっきぃ分かる?保育園じゃないんだよ」優しく声をかけた希舟が何故か怒られる。ねぼけまなこで夕飯を食べると楽弥はまた眠ってしまう。「がっくん起きて。お風呂だよ。冷めちゃうよ」懲りずに希舟が起こす。「うるさい!こっちは勉強してるんだよ。きっきぃは遊んでるだけでしょ?まったく」兄の勢いに希舟が凍りつく。

彼の頭は小学校のことでいっぱいになっている。これまでは車で送っていたが、展示会で私が不在になるからと最近は三十分かけて歩いて行くようになった。六時半に目を覚まして七時ちょうどに家を出る。それも十分前にランドセルを背負い、炊飯器の時計とにらめっこをしている。これは自覚が出てきた証拠なのだろうか。ついこの前まで遅刻ぎりぎりで校門に車を横付けしてくれと頼んでいた彼が、小学校の鍵が開くのを一番に待っているというのだから人間が変わってしまったかのようで恐ろしくもある。

楽弥は朝早く誰もいない図書室へ行き本を読んでいるらしい。あれだけ自由奔放だった息子が遠い存在に感じるのは何故だろう。今の彼は私の作る物語に興味を持ってくれるのだろうか。そう思っていた矢先にプレゼントをくれた。「これあげる。茶色く塗っちゃったけど」それは赤いりんごを手にした黒けだもののキーホルダーだった。ポケットの中にこれを入れて展示会へと向かう。

| 日々のこと | comments(0) |

黒けだもの



数年前から黒けだものの物語を思い浮かべていたが
その結末だけが頭に浮かんでは消えてを繰り返し
自分の中に迷いが生じていた。
けれどルーマニアで獣の肉を食べた夜に
想像と現実が重なり黒けだものの物語は完成した。
子供にも大人にも色々な人に読んでもらえたら嬉しい。

”黒けだもの”まえがきより。

ルーマニアの小さな村で暮らしていた頃
毎晩のように家に遊びに来る愛すべき友人がいた。
会った途端に蒸留酒を勧めてくる彼の名はマールトン。

この日もいつものように井戸で水を汲み薪をくべ
納屋にぶら下がる野菜でスープを作ることにした。
マールトンが鍋を覗き込んで驚いている。
「肉がない。何てことだ。神様!」
彼は頭を抱えると慌てて家を飛び出した。

しばらくすると骨付き肉の塊を手に戻って来た。
「何の肉?」そう訊くよりも先にそれは鍋に投入された。
「たぶん...豚」彼はそう答えるがたぶん豚ではない。
鶏でも牛でも羊でもない強烈な獣の匂い。
空腹だった私とマールトンは夢中になってそれを頬張る。
最高に臭いが最高に美味い。

翌朝になり原因不明の激しい頭痛に襲われた。
その日からひと月もの間布団の中から出られずにいたが
朦朧とする頭の中では黒けだものの物語が生まれていた。

| 日々のこと | comments(0) |

黒けだもの展



展示会まであとひと月。ルーマニアにいる友人から送ってもらった大量の黒い糸も、そのほとんどを使い果たした。長らく刺繍に没頭していたが、あとひとつ作品を仕上げれば物語ができあがる。数年前に頭の中で描いた人間と黒けだものの物語。

ちょうど二年前の冬、黒ばけもの展の最中にDEE'S HALLの土器さんに次はこの物語を作りたいと構想を話した。またこの場所で展示することを夢見て、まだ展示が終わってもいないのに黒けだものの絵を地面に広げていた。それからずっと黒い糸を手放さずにいる。ルーマニアを旅している時もポケットの中にはいつも黒い糸が入っていた。

思い返してみれば、二十代の頃は大量の生地や資材に囲まれて子供服のデザインをしていた。生地の色や素材を選ぶだけでも随分と頭を悩ませた。自分が好きなものと売れるものに差があると感じていたから流行も気にした。デザイン画を描き型紙を引いても思い通りに仕上がらず、縫製工場と揉めることもあった。その度に理想のものを作るには自分の手で作るしかないと感じていた。だから店を開けていた四年半は自問自答の日々でもあった。その時は自分でも理解していなかったが、店を閉めてルーマニアで暮らそうと思ったのは一度すべてをリセットしたかったのだと思う。そこから抜け出したかったのだと思う。

帰国してからは、店を再開するでも子供服を作るでもなく、自分の手で刺繍をするようになった。ルーマニアの村で自給自足の生活を見てきた影響だろうか。大きな利益は生まないが、店を維持するために売れるものを作るよりも制作に夢中になれた。それから刺繍を続けているうちに糸の色も種類も減っていき、最後に残ったのがルーマニアの黒い糸だった。黒い糸さえあれば自分の好きな世界を描くことができる。これからどう変化していくのか分からないが、今は黒い糸で表現することが面白くてたまらない。

前回に続き今回の展示会もPicnikaの津留くんがルーマニアの家具や古道具を並べてくれる。私も負けじとルーマニアで買い付け展示のために温めておいた古物をいくつか並べる。愛に満ち溢れた土器典美さんのDEE'S HALLで展示できること、そして冷酷で毒舌でほんのちょっぴり愛のある相棒の津留慎太郎と過ごす夜を楽しみにしている。

| 日々のこと | comments(0) |

キッ・クン・ジ

「今日ね、キックンジやったんだよ」「キックンジ?」「そう、キックンジやったんだよ」「キックンジ?」いくら考えても分からない。「きっきぃ、もう一回言ってみて」「キックンジだってば」「金閣寺?」「違うって。キックンジだってば」何度聞いても分からない。一緒に保育園に希舟を迎えに来た楽弥に通訳を頼む。「きっきぃ、ゆっくり言ってごらん」兄貴ぶった口調で楽弥が訊く。「キッ・クン・ジ」ゆっくり言っても変わらない。楽弥は首を傾げる。希舟は自分の言葉が思うように伝わらず不機嫌になっていく。保育園のお迎えに来た親とその子供が何人も目の前を通り過ぎて行く。

日が暮れていく園庭でただ時間だけが流れた。「クッキング!」突然、楽弥が夕空に響き渡るような声を張り上げた。「クッキングじゃない。キックンジでいいの」今さらそれが正解とは言えずに希舟が騒ぐ。「がっくん、さすが」私は息子を讃えて、ようやくすっきりした気持ちで駐車場へと歩き出す。希舟は恥ずかしさからか顔を赤くして泣いている。

帰り道、機嫌を取り直した希舟がクッキングの話を始める。「スポンジの上にクリームをぬって、クリームの上にバナナをのせて、その上にまたスポンジをのせて、クリームをぬって、イチゴをのせるの。それで最後にドンピングして二階建てのケーキを作ったんだよ」「ドンピング?」「そう、最後にね、チョコをドンピングするんだよ」きっとトッピングのことだろう。でも、それを直す気にはなれない。逆にふざけたくなってしまい、希舟の言葉を自分なりに再構築して訊いてみる。「まずポンスジの上にクリームをぬるでしょ。その上にまたポンスジをのせてバナナをドンピングするの?」「違うよパパ。スポンジだって」慌てる希舟に楽弥までふざけ始める。「きっきぃ、ポンスジの上にリームクをぬって、そのリームクの上にバナナをドンピングするんでしょ?」「違う。リームクなんて言ってない。がっくん大嫌い」怒る希舟にさらに楽弥が追い打ちをかける。「ポンスジ、リームク、バナナ、バナナ、バーナーナー」覚醒した楽弥が歌いながら踊っている。「もうやめて」目に涙を浮かべながらも可笑しくて笑っている希舟に最後に確認する。「きっきぃ、キックンジ楽しかった?」「キックンジなんて言ってない。パパも大嫌い」

家に着くなり私は刺繍を始める。最近は大きな布を床に広げて家で制作をしている。展示会まであと二カ月。今は遊ぶ時間もない。十二月生まれのふたりをどこか楽しい所へ連れて行きたいが、そんな余裕もない。それでもふたりと過ごす馬鹿げた時間は最高に楽しくて、それだけで心が潤う。楽弥と猫のねずみは白い布に黒い糸が刺されていく様を仲良く隣で見つめている。希舟は黒い糸の切れ端が出る度に走ってキッチンへ捨てに行ってくれる。ついでにフライパンで何をキックンジ、いや、クッキングしているか覗いて来る。どうやら妻はチキンを焼いてるらしい。そうか、今夜はクリスマス・イブ。真夜中に忘れてはいけない大事な仕事がひとつある。

| 日々のこと | comments(0) |

白衣を着た猫



「この家に猫がきてくれて嬉しいよ」キャットフードをぽいっと口に放り込んで友人が言う。「楽弥も希舟ちゃんも大きくなってきたこのタイミングで猫がきてくれて本当に嬉しいよ」キャットフードを噛み砕きながら友人が繰り返す。「猫がいると家族がひとつになるんだよ。喧嘩した時も猫がクッションになってくれるんだよ」無類の猫好きの彼はそう熱く語るとキャットフードを呑み込んだ。

確かに猫を飼ってからというもの「ずー!ねず!ねずみ!」という子供たちの浮かれた声が家中に響いている。ややこしいが、ねずみという名の猫である。ふたりは暇さえあれば猫を膝の上に乗せてどれほど自分になついているかを自慢し合っている。猫を飼うことに難色を示していた妻もねずみがどうした、こうした、そんな話ばかりしている。佐原に越してきて三度の冬を古びたストーブひとつで乗り切ったというのに、ねずみが寒いだろうとあっさりこたつを用意した。これまで耐えてきたあの寒さは何だったのだろうと思うほどこたつのある、いや、猫のいる冬は幸せなものだ。

猫のノミが気になり、動物病院に連れて行くことになった。帰ってくるなりふたりが寄ってきた。「ねずの病院どうだった?」と楽弥。「病院の先生ってねずのお話し分かるの?」と希舟。「先生なんだからちょっとくらい分かるんじゃない?」と楽弥。「でも先生って人間でしょ?」と希舟。いたずら心が働いた私は「人間に猫の言葉が分かるはずないよ。がっくんもきっきぃも分からないでしょ?動物病院っていうのは猫には猫の先生。犬には犬の先生がいるんだよ」「まじか。すげー」楽弥は目を丸くする。きりん組の希舟は驚いた様子で訊いてくる。「きりんは?」「もちろんきりんの先生。きりんの病院は教会みたいに屋根が高いんだよ」来年らいおん組になる希舟が続ける。「らいおんは?」「もちろんらいおんの先生。らいおんの病院は結構大変でさ。おとなしくしてないと先生に食べられちゃうんだよ」「こわー」楽弥は興奮している。純粋なふたりとの会話に私まで楽しくなってしまい、もう後戻りできないところまできてしまった。

猫に詳しい友人いわく、ねずみは毛がふさふさだから寒い国の猫らしい。ちょうど同じ頃、楽弥が小学校の図書室で借りてきた犬猫図鑑を広げて「ねずがのってたよ。ねずはロシアの猫なんだよ」と教えてくれた。そこにはサイベリアンと記されたそっくりの猫が写っていた。「ロシアって雪が降ってたところだよね」モスクワの空港で飛行機を乗り継いだことのある楽弥はロシアという響きがたいそう気に入ったらしく「家にロシアの猫がいるんだよ」と小学校で言いふらし、子供たちが猫をあやす道具を持って家に遊びに来るようになった。

これまで気にしたこともなかったが、私の周りは不思議なくらい猫好きが揃っている。人間と話すよりも先に回廊に横になり猫と遊んでいる友人もいる。私も幼い頃から犬や猫を飼っていたが、なんとなく犬は可愛がるもの、猫は放っておくもの、そういうものだと思っていた。だから家にいた二匹の猫はどちらも遠い存在だった。だが、ねずみは犬のように甘えてくる。肉球をぺたぺた押しつけてきたり、顔をすりすりしてくる。楽弥と希舟は猫の真似をしてねずみと遊んでいる。友人が家に来る度にふたりとねずみがそっくりだと言う。言われてみるとまん丸な目とすぐに人の膝の上に乗ってくるところはよく似ている。素直に喜んでいいのか分からないが、ねずみが三人目の子供のようにも思えてくる。

猫のムシが気になり、また動物病院に連れて行くことになった。ねずみを抱いた希舟が訊いてくる。「猫の先生って白いお洋服着てるの?」「もちろん着てるよ。先生だからね」その情景を思い浮かべながら私は答える。「ミャー」白衣を着た猫がねずみに何やら訊いている。「ミャー」それにねずみが何やら答えている。もちろん人間の私に猫の問診など分かるはずもない。そうなってくると診察料はキャットフードになるのか。診察が終わるとねずみは先生にキャットフードを支払う。先生は手渡されたキャットフードをぽいっと口に放り込んだ。そんな想像が膨らむ。「ミャー」猫というよりはたぬきのような佇まいで、ねずみが首を傾げて鳴いている。



photo by : kentaro shibuya

| 日々のこと | comments(0) |
| 1/120PAGES | >>