どうなつやさん

「そろそろ行く?」二十二時、息子に誘われてアスファルトの上を滑り出す。この時間になるとこの町はほとんど車が通らない。どこへ向かうでもなく薄暗い外灯に照らされた道路をひた走る。板から伝わる振動が懐かしい。中学生の頃に滑ったのが最後だろうか。歩くのとも走るのとも違うスピードで見慣れた景色が過ぎ去っていく。

コロナウイルスの影響で小学校や保育園が休みになり、私の生活は一変した。それまでは毎週のように友人たちと家で酒を呑んで過ごしていたが、今は青い空の下、釣りか、野球か、スケボーか、頭の中はその三つでいっぱいになっている。休みの日はその全部を順番にやっていく。楽弥も希舟もスケボーで転んで傷だらけ。それでも希舟は日が暮れるまで夢中で滑っている。楽弥は日が暮れてもお構いなしで滑っている。

そんな日々を過ごしていると子供に戻っていくような感覚になる。そもそも大人になったような記憶もないが、釣りも、野球も、スケボーも、すぐにあの頃の感覚に戻してくれる。子供と大人に境界線なんてないのかもしれない。子供が生まれると自動的に親にはなるが、大人になれる訳ではない。子供のままでいい。ずっと楽しいことをやっていたい。その延長線上に今の仕事もあるような気がする。

「スケボーなんていらないって」そんなに乗り気じゃなかった妻も一緒になってスケボーに乗っている。疲れたらみんなで円になり板を眺める。それぞれ好きな板を選んだから愛着が湧いている。私は犬、妻は猫、楽弥は車、希舟は女。しばらく板を眺めていると楽弥が決まってこう叫ぶ。「パンツ見えてるくせに」希舟の板にある女の写真をからかっているのだ。「パンツ好きなくせに」希舟も負けていない。「好きだよ。悪い?」よく分からない彼の一言で休憩が終わる。さぁ滑ろう。自分のスピードで。

「どうなつやさんになれますように」娘が七夕の短冊を書いている。なぜか余白にはドーナツとスケボーの絵を描いている。「なんでスケボーを描いてるの?」「どうなつをつくってスケボーでくばるんだよ」「そうなんだ。注文しようかな」「パパはタダでいいよ。だってパンツのスケボーかってくれたから」ドーナツを抱えた彼女がスケボーで滑っている姿を想像する。転んで落としたドーナツが転がって泣いている。

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