NEZUMI

山をふたつ描いてぐるっと筆を走らせる。猫のねずみを描いているのだろう。そこから上下にずれた目玉がふたつ。正月の福笑いのように鼻と口もずれていく。楽弥もそれを分かっているようで、どんどん筆が荒くなっていく。いつも描いている画用紙に比べてTシャツが大き過ぎるのだろう。棒状の前足が二本、体の輪郭まで崩れていく。

「これに描いていいよ」「えっほんとに?」「いいよ」「失敗してもいいの?」「絵に失敗はないよ」「じゃあ描いてみる」アトリエで画用紙がなくなった彼に白いTシャツを渡したのは私だ。それが目の前で失敗しようとしている。変に口を挟むと余計に変な絵になる。緊張しているのか、それとも恐縮しているのか、絵に勢いがない。さらに追い討ちをかけるかのように突拍子もないところに黒い絵の具が飛び散っている。

「ねずみって英語でどう書くの?」「英語を書くの?」「だってこれアメリカのTシャツなんでしょ?」彼は諦めていない。飛び散った絵の具に英語を被せるらしい。私が書いた英語を一文字ずつ見ては真似していく。稲妻のようにTシャツを斜めに横切るNEZUMIの六文字。飛び散った絵の具はうまいこと隠れたが、どうも気になる。私の手本が悪かったのか、どうしてもYAZAWAに見えてくる。もちろん矢沢は嫌いじゃないが、着ることを考えるとYAZAWAの字体はくせが強過ぎる。

「そのNEZUMIの文字がYAZAWAに見えてくるんだよね」黙っていられず口を挟む。「何それ?」「永ちゃんだよ。要するにロックンロール過ぎるんだよ」「ロックンロールって何?」「口ではうまく説明できないな」「気に入らないなら消すよ」彼は迷わずNEZUMIの文字を黒く塗り潰した。「それがロックンロールだよ」「えっどうゆうこと?」「その目。黒く塗り潰してる時のその目だよ。でもそれどうするの?」「帽子にするんだよ」塗り潰した文字をつばにして勢いよく帽子を描いていく。

ロックンロールに筆を走らせたせいで、またも突拍子もないところに線を描いてしまった。「もうちょっと考えてから描いたら?」「さっきから考えてるよ」助言するも一触即発の雰囲気だ。筆を置き無言の時が流れる。「いいこと思いついた」彼はそう言うと再び筆を走らせた。はみ出した一本の線が小さなねずみのしっぽになっていく。

「絵に失敗はない」自分の言った言葉がブーメランのように返ってくる。YAZAWAになった時は絶望的だったが、うまく転がりひとつの絵になった。帽子のつばにうっすらと浮かぶYAZAWA、いや、NEZUMIの文字も悪くない。

| 日々のこと | comments(0) |