楽園

「納品いつにしますか?」「いつでもいいよ。楽弥と希舟の都合がいい時に」黒けだもの展で選んでもらった品物を届けに車を走らせる。あくまでも私は運転手。お呼ばれされたふたりは後ろですやすや眠っている。

黄土色、茶色、薄茶色、継ぎ接ぎの建造物が見えたところで楽弥が目を覚ます。第六感なのか、それとも眠ったふりをしていただけなのか、彼はいつもちょうどいいところで目を覚ます。「きっきぃ起きて。ひーくん家だよ!」頼んでもないのに彼は希舟を起こす。まだ寝かせておきたいが仕方がない。ふたりにとってここは楽園なのだから。

車を降りると同時に私は煙草に火をつける。高鳴る鼓動を抑えるためなのか、ただひと息つきたいだけなのか、ここに来ると何故か無性に煙草を吸いたくなる。ちょうどいい場所に、ちょうどいい椅子が置かれ、ちょうどいい灰皿がある。そのすべてが調和しているからかもしれない。モロッコで拾ったというオイルサーディンの缶に灰を落とす。

楽弥が慣れた手つきでフランスで拾ったという大きな扉を開け中へと入っていく。希舟は挨拶がわりに前川さんの肩によじ登り頭の上で笑っている。初めてここを訪れた妻は愛犬のニハルと新しく仲間入りしたスマリの可愛さに釘付けになっている。人間も動物も自由な空間は心地いい。

キッチンでは千恵さんが生クリームを泡立てている。シフォンケーキを焼いてくれたらしい。「あんこいる人〜?」「は〜い。最高の組み合わせじゃない!」これは子供の声じゃない。誰よりも前川さんがあんこに反応する。それも満面の笑みで。希舟はちゃっかりキッチンに立っているし、楽弥はニハルとスマリのもふもふの毛に挟まれている。幸せな時間が流れている。千恵さんが淹れてくれるコーヒーも生クリームとあんこの添えられたシフォンケーキも最高に美味しい。私たちにとってもここは楽園なのだ。

私が勝手に博物館と呼んでいる離れに移る。楽弥と希舟は前川さんにもらった魚眼レンズをひとつずつ握りしめている。この空間に入るなり、さっきまで少年だった前川さんは館長になる。まず目に飛び込んでくるのは頭蓋骨。「これは何の骨でしょう?」「キツネ」「違うな〜」「シカ」「違うな〜」「ヒントは?」「イから始まってシで終わる動物」「イノシシ」「正解!」自然とこんな授業が始まる。宝石のような昆虫の標本を眺めている間にも授業は続く。「この虫は何を食べるでしょう?」「葉っぱ」「違うな〜」「木の実」「違うな〜」「正解はうんち。シカのうんちを食べるんだよ」ふたりから歓声があがる。魚眼レンズと虫眼鏡を手に標本箱に噛りついている楽弥と希舟の目は輝いている。感動するということは学ぶことでもあるんだなと感じる。きっとここで感じたことはそう簡単には忘れない。次から次へと標本箱を引き出すふたりの隣で、妻はひとり咀嚼しきれずに目を回していた。

アトリエにはY字の形をした枝がいくつもあった。庭に生えていたねむの木から切ったという。「ここから好きな枝を選んで」今度は急にワークショップが始まる。枝の先にゴムを通して中央に革をはめる。パチンコだ。「じゃあ球を拾いに行こう」もはや館長でもない。隊長に楽弥と希舟がついて行く。林でどんぐりを拾い、それを球にして的にぶつける。球が無くなっては拾いに行き、またどんぐりを飛ばす。いつの間にか隊長も少年に戻り、負けじとどんぐりを飛ばしている。日が傾き始めた頃には楽弥と希舟の球も勢いよくぶつかるようになっていた。「パン」「パン」「パン」どんぐりがはじけ飛ぶ度に少年時代の情景が色濃く浮かぶ。

気になるのは前川さんのパチンコだ。明らかにひとつだけクオリティが違う。持ち手に無骨な彫りの装飾が施されており、アフリカの民芸品のような風格なのだ。「ひーくんのいいなぁ」楽弥と希舟がそれを欲しがる。「これはあかん。ひーくんのや」「自分で色塗るといいよ」前川さんはふたりにそれぞれパチンコを持たせてくれた。「色塗ったらひーくん欲しがるかな?」楽弥は楽しい宿題ができて喜んでいる。もしひーくんが欲しがってもきっと彼はこう言うだろう。「これはあかん。がっくんのや」

photo by : chie maekawa

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