黒けだもの展



展示会まであとひと月。ルーマニアにいる友人から送ってもらった大量の黒い糸も、そのほとんどを使い果たした。長らく刺繍に没頭していたが、あとひとつ作品を仕上げれば物語ができあがる。数年前に頭の中で描いた人間と黒けだものの物語。

ちょうど二年前の冬、黒ばけもの展の最中にDEE'S HALLの土器さんに次はこの物語を作りたいと構想を話した。またこの場所で展示することを夢見て、まだ展示が終わってもいないのに黒けだものの絵を地面に広げていた。それからずっと黒い糸を手放さずにいる。ルーマニアを旅している時もポケットの中にはいつも黒い糸が入っていた。

思い返してみれば、二十代の頃は大量の生地や資材に囲まれて子供服のデザインをしていた。生地の色や素材を選ぶだけでも随分と頭を悩ませた。自分が好きなものと売れるものに差があると感じていたから流行も気にした。デザイン画を描き型紙を引いても思い通りに仕上がらず、縫製工場と揉めることもあった。その度に理想のものを作るには自分の手で作るしかないと感じていた。だから店を開けていた四年半は自問自答の日々でもあった。その時は自分でも理解していなかったが、店を閉めてルーマニアで暮らそうと思ったのは一度すべてをリセットしたかったのだと思う。そこから抜け出したかったのだと思う。

帰国してからは、店を再開するでも子供服を作るでもなく、自分の手で刺繍をするようになった。ルーマニアの村で自給自足の生活を見てきた影響だろうか。大きな利益は生まないが、店を維持するために売れるものを作るよりも制作に夢中になれた。それから刺繍を続けているうちに糸の色も種類も減っていき、最後に残ったのがルーマニアの黒い糸だった。黒い糸さえあれば自分の好きな世界を描くことができる。これからどう変化していくのか分からないが、今は黒い糸で表現することが面白くてたまらない。

前回に続き今回の展示会もPicnikaの津留くんがルーマニアの家具や古道具を並べてくれる。私も負けじとルーマニアで買い付け展示のために温めておいた古物をいくつか並べる。愛に満ち溢れた土器典美さんのDEE'S HALLで展示できること、そして冷酷で毒舌でほんのちょっぴり愛のある相棒の津留慎太郎と過ごす夜を楽しみにしている。

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