キッ・クン・ジ

「今日ね、キックンジやったんだよ」「キックンジ?」「そう、キックンジやったんだよ」「キックンジ?」いくら考えても分からない。「きっきぃ、もう一回言ってみて」「キックンジだってば」「金閣寺?」「違うって。キックンジだってば」何度聞いても分からない。一緒に保育園に希舟を迎えに来た楽弥に通訳を頼む。「きっきぃ、ゆっくり言ってごらん」兄貴ぶった口調で楽弥が訊く。「キッ・クン・ジ」ゆっくり言っても変わらない。楽弥は首を傾げる。希舟は自分の言葉が思うように伝わらず不機嫌になっていく。保育園のお迎えに来た親とその子供が何人も目の前を通り過ぎて行く。

日が暮れていく園庭でただ時間だけが流れた。「クッキング!」突然、楽弥が夕空に響き渡るような声を張り上げた。「クッキングじゃない。キックンジでいいの」今さらそれが正解とは言えずに希舟が騒ぐ。「がっくん、さすが」私は息子を讃えて、ようやくすっきりした気持ちで駐車場へと歩き出す。希舟は恥ずかしさからか顔を赤くして泣いている。

帰り道、機嫌を取り直した希舟がクッキングの話を始める。「スポンジの上にクリームをぬって、クリームの上にバナナをのせて、その上にまたスポンジをのせて、クリームをぬって、イチゴをのせるの。それで最後にドンピングして二階建てのケーキを作ったんだよ」「ドンピング?」「そう、最後にね、チョコをドンピングするんだよ」きっとトッピングのことだろう。でも、それを直す気にはなれない。逆にふざけたくなってしまい、希舟の言葉を自分なりに再構築して訊いてみる。「まずポンスジの上にクリームをぬるでしょ。その上にまたポンスジをのせてバナナをドンピングするの?」「違うよパパ。スポンジだって」慌てる希舟に楽弥までふざけ始める。「きっきぃ、ポンスジの上にリームクをぬって、そのリームクの上にバナナをドンピングするんでしょ?」「違う。リームクなんて言ってない。がっくん大嫌い」怒る希舟にさらに楽弥が追い打ちをかける。「ポンスジ、リームク、バナナ、バナナ、バーナーナー」覚醒した楽弥が歌いながら踊っている。「もうやめて」目に涙を浮かべながらも可笑しくて笑っている希舟に最後に確認する。「きっきぃ、キックンジ楽しかった?」「キックンジなんて言ってない。パパも大嫌い」

家に着くなり私は刺繍を始める。最近は大きな布を床に広げて家で制作をしている。展示会まであと二カ月。今は遊ぶ時間もない。十二月生まれのふたりをどこか楽しい所へ連れて行きたいが、そんな余裕もない。それでもふたりと過ごす馬鹿げた時間は最高に楽しくて、それだけで心が潤う。楽弥と猫のねずみは白い布に黒い糸が刺されていく様を仲良く隣で見つめている。希舟は黒い糸の切れ端が出る度に走ってキッチンへ捨てに行ってくれる。ついでにフライパンで何をキックンジ、いや、クッキングしているか覗いて来る。どうやら妻はチキンを焼いてるらしい。そうか、今夜はクリスマス・イブ。真夜中に忘れてはいけない大事な仕事がひとつある。

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