嵐と猫

台風の夜は家が吹き飛ばされるのではないかと心配で眠れなかった。轟々と音を立てて雨風が容赦無く窓ガラスを打ち付ける。もう割れるかもしれないと覚悟していると、顔に冷たい水滴が垂れてきた。天井からの雨漏りに家中の鍋を総動員させて水滴を受けるが、明かり取りの窓が木枠ごと外れて一気に雨が吹き込んでくる。吹き付ける雨風で窓をはめ直すこともできず、回廊は一瞬にして水浸しになる。運悪く回廊に立て掛けてあったレイモン・ペイネのリトグラフもびしょ濡れになっている。風に吹き飛ばされて大木に引っ掛かった家のバルコニーに佇む男と女の姿。こんな嵐の日に濡れるなんて”恋の嵐のあと”という名にぴったりだと雨水を吸い込んだ作品を呆然と眺めていた。

夜が明けてアトリエに行くと、こちらも床が水浸しになっている。拭くどころの騒ぎではない。壁一面に掛けた刺繍の作品と妻のぬいぐるみが心配だったが、幸いなことに雨は壁の内側を伝って床に流れ込んだようで無事だった。ほっと胸を撫で下ろす。踏板の濡れたミシンの電源が入らなくて壊れたかと思ったが、それは停電のせいだった。それからしばらく停電が続いた。

「動物園に行きたい」と子供たちの声がする。保育園も小学校も停電で休みになったのだ。今日は特別な休みだからとふたりの希望通り動物園に行く。楽弥は動物を見る度に「あぁ家で飼いたいなぁ」と呟く。希舟もその気になり「きっきぃこれにしようかな」とキャンディーを選ぶかのようにワタボウシパンシェやコモンマーモセットという子猿のような動物を選んでいる。「これは飼えないよ」と説明するもふたりは納得しない。「じゃあクチャみたいな犬だったらいいの?」と訊いてくる。ルーマニアでいつも楽弥にくっ付いて歩いていた犬のことだ。クチャとはハンガリー語で犬という意味でそのままなのだが「クッチャン、クッチャン」と呼んで可愛がり、朝から晩までずっと一緒に過ごしていた。その時の楽しさが忘れられないようだ。返事に困ってしまった。

翌日もその翌日も停電が続き子供たちと一緒に過ごした。最初はふたりが行きたいところへ遠出していたものの、休みが一週間も続くと疲れてきて近くの公園で遊ぶようになる。「パパー。来てー」遠くから楽弥の声がする。「早く、早く」慌てる楽弥の方に走り寄ると、茂みの陰から目のまんまるなふわふわの子猫が顔を出した。生まれて間もないようで「ミャー」とか細い声で鳴いている。母猫とはぐれてしまったのだろうか、お腹が空いた様子で楽弥の指をぺろぺろ舐めている。それからずっと足下にくっ付いてきて離れなかった。「ねぇ飼ってもいいでしょ?」と訊く楽弥に「お母さん猫が探しているかもしれないから駄目だよ」と答える。一緒に遊びにきていた愛莉ちゃんが「お母さん来るのかな?来なかったら死んじゃうのかな?がっくんの家に連れて行きたいね」と言うと「俺もそう思ってるんだけどね」と子猫を抱きながら楽弥は捨て台詞を吐いた。

結局、日が暮れても母猫は現れなかった。そして今、子猫は家にいる。名はねずみ。希舟が「ねぇねずみ色だからねずみにしない?」と提案した。猫を他の動物の色で例えるなんてどうかと思ったが異論もなく決定した。「ねずみ元気かな?」と出先で希舟が口にする度に「えっ。ねずみ?」と訊かれるのは難点だが、私もねずみという名を気に入っている。ねずみみたいに部屋の隅っこをちょろちょろ走り回るからだ。そういえば、レイモン・ペイネの”恋の嵐のあと”にも風に吹き飛ばされている猫が描かれている。嵐と猫。偶然とはいえ、こうして嵐のあとにやってきたねずみとの生活が始まった。

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