空と海とハイライト

「なんか空が海みたいに見える」小学校が始まる時間だというのに回廊で息子が空を見上げている。「ほんとだ、がっくん。あのさ、あの白い雲が泡ってことだよね」希舟がお姉さん口調で同意する。「違うよ。泡じゃないよ。波だよ」楽弥は面倒臭そうに訂正する。「そうだよ。泡と波は一緒ってことだよね」希舟は健気に続ける。「だから泡じゃないってば」兄のそっけない返事に妹の口はへの字に曲がり、目からは涙が溢れる。負けず嫌いの希舟は自分が間違っていることが許せないのだ。いつもの兄妹喧嘩に耳を傾ける。

空に浮かぶ雲を指差しながら「あれはサメ。あれはカメ。あれはエイ」「見て。エイのしっぽが切れちゃった」と楽弥が笑っている。気を取り直した希舟も「あれはイルカ。あれはイカ。あれはパパ」と庭で煙草を吸っている私を最後に指差して笑っている。そして回廊に置いてあったハイライトを見て「これも海」と言う。あの水色の煙草のことだ。それから空へと消えていく煙を見つめて「がっくん、雲って煙だよね?」と訊く。「違うよ。煙は毒だよ」と楽弥はまたそっけなく答える。

夏は暇さえあれば海に行っていた。子供たちは真っ黒に日焼けした。裸になると白い水着を着ているかのような境界線がある。私も幼い頃から海が好きだった。海水浴場ではない誰もいない海が好きだった。波が高ければ高いほど楽しくて、夏はいつもそこで泳いでいた。溺れた時の恐怖心もはっきりと憶えている。海に入り潮の匂いを嗅ぎながら水平線を眺めて、波に揉まれて海中の音を聴く。海は無になれる唯一の場所だった。

「パパー」浅瀬の方から両手を貝殻でいっぱいにした希舟が叫んでいる。はっと我に返り自分のことを呼んでいるのだと気付く。不思議と海にいると自分が子供に戻ったような感覚になる。「そんなに遠くに行っちゃだめだよ」と希舟が慌てている。怖がりの希舟は私が海に潜る度に「溺れちゃだめだよ。もう溺れちゃだめだからね」と目に涙を浮かべる。小さな体で家族が離れることを一番に心配している。それとは反対に怖いもの知らずの楽弥は海に飛び込んでくる。きっとこれは幼い頃の自分の姿なのだろう。波に揉まれながらも必死に泳ごうとしている。自分がした体験がいま目の前で起きている。あの時は助けてもらったが、いつのまにか自分が助ける番になっている。

海から上がり煙草に火をつける。ハイライトは美味しいから吸っているのではなくて、慣れで吸っている。ずっとそう思っていた。けれど実際は娘が言うように海のような水色のパッケージに惹かれているのかもしれない。ポケットに海が入っている。それが落ち着くのかもしれない。そういえば、同じハイライトを吸っている友人も海を見るのが好きだと言っていた。様々な国の海を見てきた彼女もきっとそういうことなのだろう。



photo by : mikako ichimura

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