楽弥の災難

五月の連休は川越の友人の家に泊まっていた。友人が営む店でPretzel蚤の市を開催して、普段会うことのできないお客さんと旅の話や古物の話をしながら充実した時間を過ごした。子供たちも菓子屋横丁に駄菓子や玩具を買いに出掛けたり、遊園地に連れて行ってもらったりと楽しんでいた。一週間も家族のように食事を囲み、同じ屋根の下で眠っていたから、蚤の市が終わった時は淋しさで胸がいっぱいになった。こんな気ままな私たちを迎え入れてくれた友人の懐の深さに感謝した。

蚤の市を終えた翌朝、搬出のために古物を包み直して車に積み始めた。ようやく片付いたのは日が傾いた頃。20箱あったダンボール箱は半分ほどになったが、それでも車は満杯でかろうじて運転席だけが空いていた。車内を覗いた楽弥が「座るところないじゃん」と笑っている。確かにこれでは帰れないと思い、子供たちの席をどうにか作っている時に、楽弥の聞いたことのない声が響いた。何と言ったらいいのだろう、言葉にならないような呻き声。

慌てて車の外に出ると、楽弥ではなく希舟が凄い勢いで飛び跳ねて泣き出した。希舟の視線の先で楽弥はうずくまって頭を押さえている。その小さな手の中から血が溢れ、地面に滴れていく。希舟が泣きながら何か説明している。どうやら希舟が投げた石が後ろを向いていた楽弥の頭に直撃したらしい。咄嗟に楽弥を抱えた私の服に血が染み込んでいく。通りすがりの人が驚いて集まってくる。「救急車呼びましょうか?」楽弥は恐くなったようで「痛くない」と強がり「きっきぃだって血だらけになったけど救急車に乗らなかったじゃん」と続ける。それはルーマニアでの話だ。どうしても救急車に乗りたくないのだろう。抵抗する楽弥をなだめながら電話をかける。

遠くから聞こえるサイレンの音が大きくなるにつれて希舟が余計に泣き叫ぶ。自分がやってしまったことの重大さを感じているのだろう。「がっくん、死なないで」とぴょんぴょんと飛び跳ねながら涙を飛ばしている。救急隊が楽弥に問いかける。「どれくらいの石が当たったの?」後頭部から血が出ているのにそんなこと分かるはずがない。しかし楽弥は地面に転がっていた小さな石を拾い「これくらいの石」と答える。大ごとにしたくないのだろう。「この石じゃこんなに血は出ないよ」救急隊が首を傾げる。泣いている希舟に訊くと大きな瓦礫を指差した。

楽弥と付き添いの妻が救急車に乗り込む。私と希舟は車で病院へ行こうと思ったが、希舟は楽弥と離れたくないと泣き叫んでいる。仕方なく希舟を救急車に乗せると、今度は私と会えなくなることを心配して「パパ、どこに行くの」と泣きじゃくる。そして救急車の扉が閉まる瞬間に「パパ、先にご飯食べないでね」と捨て台詞を残した。一気に緊迫感がなくなった。連休中に子供たちと遊べなかったから今日は美味しいものを食べに行こうと約束していたのだ。それがよっぽど楽しみだったのだろう。食事が中止になることを楽弥の頭と同じくらいに心配している。

楽弥の頭は出血量のわりにあっさりと治療が終わった。あれほど怖がっていたくせに、英雄にでもなったかのように救急車の様子を語っている。希舟はそんな話に一切耳を傾けることなく「今日はごちそうだよね」と笑って飛び跳ねた。

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