Belin

朝起きて急いでブラショフ駅に向かう。北に四十キロほど離れたベリンという小さな村まで行く方法を探すが、列車もバスもない。タクシーに乗るお金もない。子供たちは寒くて震えている。バス停でずっと心配してくれていたおじちゃんが子供たちにプレッツェルを買ってきてくれた。そして「少しでも役に立てば」とお金まで握らせてくれる。さらに近くにいたおじちゃんが「安く送るよ」と提案してくれた。子供たちが握りしめているお金とポケットに入っているお金を渡してベリンへと車は走り出す。

いくつもの村を越えてベリンに着くと、八年前に見た光景がそこにはあった。貴族の格好をした青年と花嫁に扮した青年が馬に跨がり列を成して、その周りをハタキのように切れ目の入った衣装を身に纏った男達が腰に付けたカウベルを鳴らして走り回っている。馬車が引く荷車にはラッパを吹く楽団が耳馴染みのある音色を響かせている。これはファルシャングという冬を追い払う伝統的なお祭り。行列の最後尾には冬の象徴と化したアダムとイヴの藁人形が木の車輪に括りつけられてぐるぐると回っている。

民家の前を通る度にお盆にずらりと並んだパーリンカやワインやケーキが振る舞われる。まだ頭痛がするのであまり呑まないつもりでいたが「乾杯!」と勧められたら断れない。一杯、二杯、三杯と各家庭の自家製パーリンカを早々に何十杯も呑んでしまう。さらにブランデーをボトルごと貰う。しかも蓋がないので呑むしかない。こうなってくると頭痛なんてどうでもよくなってくる。このまま倒れても最後まで楽しい人生だったと思えそうだ。

ハタキの男達が通りがかりの車を止めてお金をせびっている。事あるごとにパーリンカを片手に私のところにもやって来る。ポケットに入っているお札を渡すと「俺も」「俺も」と続く。今日はどれだけせびられてもいいようにと緑色のお札をあるだけ持ってきた。八年前に訪れた時に民家で振る舞われるパーリンカやケーキがせびって集めたお金で成り立っていると聞いたからだ。

楽弥と希舟も食べきれないほどのケーキやジュースの嵐に喜んでいた。お腹がいっぱいになるとポケットにクッキーやチョコレートが裸のまま詰められていく。「ガク」「キッキー」とあちこちで呼ばれて可愛いがってもらっている。

しばらく子供たちが見当たらなくなり、どこへ行ったのかと探していると背後から馬に跨がりやってきた。この村の人は人懐こくて優しい。村の子供たちも楽弥と希舟の手を引いて、馬に乗せてくれたり、肩車をしてくれたりと面倒を見てくれる。まるで村の一員になったような気分で祭りを楽しめた。

村の隅々までくまなく回ったら、祭りの最後にはアダムとイヴに火がつけられる。燃やされた藁人形の炎の周りを男達がぐるぐると踊る。これで冬を埋葬し、厳しく長い冬と決別する。

村の中心にあるバーに入ると人で溢れかえっていた。席に着くなり、ビールを奢ってもらう。さらに子供たちにとチップスやポップコーンの差し入れが次から次へとテーブルに届く。しまいにはお札が何枚も子供たちの小さな手の中に握らされていく。村の人々の温かい心遣いが身に沁みる。

このままベリンで泊まろうとも思ったが宿がない。どうしようかと考えていたら、祭りでずっと楽弥と希舟を可愛がってくれていたお兄さんが十九時にブラショフ行きの列車があるから急いで近くの駅まで車で送ってくれるという。

マイエルシュ駅に着くと、そこは無人駅で街灯すらない。他に人けもなく家族四人、お互いの顔も見えない暗闇の中で列車を待つが一向に来ない。三十分待ったがこのままここにいたら寒くて死んでしまうと思い、窓明かりに引き寄せられるように歩き出す。その民家で近くに宿がないか尋ねるが、この村にも宿はないという。しかし、家主が心配して家に招き入れてくれ、パーリンカやケーキで持て成してくれた。

訊くと待っていた列車は十九時マイエルシュ発ではなく、十九時ブラショフ着の列車だった。待っていても来ない訳だ。二十時半にシギショアラ行きの列車ならあるという。ブラショフとは反対方向だがその列車に乗ることにした。どこへ行こうと正解がないから旅は面白い。

一時間ほどその家でお世話になり駅に戻ると、暗闇の中でジプシー家族が列車を待っていた。案の定、車内はジプシー音楽が大音量で響いているが、子供たちはぐっすりと眠っている。貰った差し入れを食べながら素晴らしい一日に心から満足していた。

| 日々のこと | comments(0) |