十一月の寒空の下、空き地に大きなテントがふたつ立っている。
見覚えのあるジープとトラックが止まっているから間違いない。
鍋は焚き火にかけられ、テントには寝袋が広げられていた。
冬の夕暮れから始めるというキャンプの誘いに耳を疑ったが
幾つもの古びたランタンやストーブに明かりが灯り
澄んだ夜空に満月が見えるとやっぱり来て良かったと思えた。
子供は暗闇のなか草むらを走り回り、大人は火を囲む。
非日常の解放感だけでビールが最高に美味しく感じられる。
体は寒いが心は温かい。なんて豊かな時間なのだろう。
吊るされた鍋や七輪で作る料理もまた格別で
火が小さくなると楽弥が小枝を拾ってきてくべる。
友人たちが乾いた木の選び方や枝の折り方を教えてくれる。
火の番に夢中になった楽弥は枝を縁石に置いて踏み付けて折り
「あぁこれは生だ」と枝の割れ目を見て大人っぽく呟いている。
もうすぐ旅に出るからと友人たちはキャンプを通して
子供に生きる術を教えようとしてくれたのだろう。
それだけではない。
「これ外国に持って行ったらみんな喜ぶと思って」
と指差したトラックの荷台には無造作にこけしが転がっていた。
「お土産にもなるし...物々交換もできるし...宿代にもなるかもね」
少ない旅の資金を気に掛けて集めてきてくれたのだろう。
彼はルーマニアの雪景色の小さな村のことを考えて
会う度に飛行帽やベストやジャケットをくれる。
彼ばかりでなく周りの友人からも酒や葉巻やパイプをもらった。
なかには「嫌なことがあっても陽気な歌を口ずさめるように」
と”My favorite things”の歌詞を書いてくれた友人もいた。
みんなの温かい気持ちが嬉しい。
夜は寒くて眠れなかったが、久しぶりに旅の感覚を思い出した。
旅をしていた頃は幾度となく寒くて眠れない夜を過ごした。
当たり前に過ぎていく日常のなかで忘れかけていた
旅をすることの素晴らしさを見つめ直していた。
眠れない夜が明けた時の朝は清々しい。
友人が焙煎した珈琲豆を寝起きの子供たちが順番に挽いていく。
細挽きにし過ぎたせいか酷く苦いがそれさえも美味しく感じる。
希舟が吹いたシャボン玉が珈琲に入っても誰も気にしない。
むしろ笑って喜んでいる者もいる。
彼らの大らかさが心地良い。
そんな友人たちから譲り受けた想いと重いこけしの山を持って
子供と一緒に東欧諸国を周る旅に出る。
text by : tetsuya