ある男の記録その三



私には身近に天才だと思う人がふたりいて
そのうちのひとりが彼だった。
それは芸術家として成功しているとか
作品が優れているとか...そういうことではない。
ふたりとも純粋で自分の心に正直に生きていて
自由な暮らしの中で自然に生まれる作品があり
会った時にはその種をそっと分けてくれて
言葉を使わずして気持ちを伝えられる。
彼はそんな男だった。

毎朝、早くから何かを作っている。
庭にはアルミの星屑を積んだトラックを先頭に
灰色に塗装された重機の玩具が五線譜の積み木を
空へと運んでいく舞台が日に日に作られていく。
玄関には夏目漱石の色褪せた小説が積み重ねられ
回廊に瓶詰めにした植物が幾つも置かれていく。
そして部屋のあちこちに歪んだガラスの白い額と
様々な色彩のタイルが無造作に並べられていく。

彼が純粋なのは間違いない。
しかし違和感を覚えるのは何故だろう。
それは彼が四六時中酔っているからではなく
作品に漂う空しさを感じたからなのかもしれない。
この感性は誰にも真似できないと思っていたのに
彼自身が自分の作品に諦めを感じている。
あれだけ美意識が高かったはずの男が
一から創造することをやめて
模倣ばかりしているのだ。
そればかりでなく、彼は嘘をつくようになった。

text by : tetsuya

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