ある男の記録その一



彼と会うのは一年振りになる。
午後十時、飄々と姿を現すも彼は言葉を発さない。
黙って家に入り住人のようにソファーに腰をおろすと
手にしていた携帯から「男はつらいよ」が流れた。
歌が終わるなり彼は家を出て荷物を運び始める。
車は運転席が何とか空いているという具合で
天井まで隙間なく作品が詰め込まれている。
この後も彼は数日に渡り車と駐車場を五十往復はした。

名古屋の高速で拘束されたという彼は疲れ果てている。
それでも庭に咲く花を古いガラス瓶に生けたり
家中に詩集や画集を並べたりと落ち着かない。
それに調和するように置かれた作品の中に
見覚えのある帽子の男を見つけた。
私が二十歳の頃に描いた絵だ。
確か玄関戸の覗き穴に合わせて描いた絵を
彼が気に入り持ち帰ったのだ。
その男が額装され蝶ネクタイを着けている。
まるで昔の自分に会ったような感覚に陥り
タイムスリップしたみたいに
十六年前の記憶が頭の中をぐるぐると回る。

あの頃の彼は私にとって憧憬の人だった。
作品には彼なりの美学が投影されていて
圧倒的な存在感を放っていた。
紙巻き煙草を吹かしながら
絵画や建築の話をする時の彼の瞳は
夢見る少年のように輝いていて
私はそんな彼が好きだった。

text by : tetsuya

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