黒ばけもの



黒けもの展が終わった一昨年末。
アトリエはけものたちが旅立ってどこか淋しい空気に包まれた。
壁一面の黒けものがじっとこちらを見ていたのに
しばらくはレモンイエローの壁がしんと静まり返るだけだった。

年が明けて、フォークとナイフを手にした少年が壁に現れた。
何かを食べたそうにじっとこちらを見つめている。
この少年は一体何が食べたいのだろう。

それから一年が経ち、フォークとナイフを手にした熊が突如現れた。
ぎょろりとした鋭い目は少年以上に何かを食べたそうにしている。
どんな物語が生まれるのか私は密かに楽しみにしていた。

「次は黒ばけもの展だよ」と夫から聞いた時
彼らが化けていることを知った。
少年のバッグを手にしてみると中に見慣れないポケットがあった。
そこにはあのぎょろりとした目の熊の顔が刺繍されていた。
もしかしてと思い熊のバッグの中を覗いてみると
やはりそこには少年の顔が刺繍されている。
少年が熊なのか...熊が少年なのか...。
早くも黒ばけものの世界に迷い込んでしまった。

気になってバッグの中を覗いていくと
女の子の顔に子豚の顔が重なっていたり
男の子の顔に猿の顔が重なっていたりする。
それはまるでむちむちのお腹とお尻を揺らして歩く娘の希舟と
飛んで跳ねてすぐにどこかへと走り去る息子の楽弥のよう。
どんな人間にもけものらしい部分があるのかもしれない。

刺繍に夢中の夫は髪も髭も伸ばしっぱなしで馬のようになってきた。
早朝から深夜までアトリエにいるので家にはほとんど居ない。
子供たちは家で夫の姿を見つけると嬉しさのあまり
ふたりがかりで馬乗りになり引き止めようとする。

ひとしきり遊ぶと、楽弥は急に分かったような顔で
「パパは黒ばけもの作るから忙しいんだよ。きっきもうだめ!」
と調子に乗る希舟を諭してアトリエに送り出す。
夫の姿が見えなくなると私に耳打ちをした。
「パパの黒ばけもの...がっくん大好き」
楽弥も黒ばけものが生まれるのを密かに楽しみにしているようだ。

text by : yuki

| 日々のこと | comments(4) |
私も楽しみです!
| あさこ | 2018/02/04 7:49 PM |
あさこさん、コメントありがとうございます!
”黒ばけもの展”いよいよ二週間後に迫ってきました。
今回も刺繍絵本を作るようで、私も楽しみにしています。
会場でお会いできたら嬉しいです。お待ちしていますね!
| Pretzel yuki | 2018/02/08 1:47 PM |
お久しぶりです!
黒ばけもの、昨年の黒けものの世界が
ますます広がっていきますね。
人の中にけものが住んでいる、
なんだか文学的な香りもします。
遠くトランシルヴァニアから応援しています。
七五三の家族写真があまりに素敵で感動しました。
私たちも、心にのこる記念日にしたいと思いました。
| Seiko | 2018/02/19 3:28 PM |
聖子さん、コメントありがとうございます!
ルーマニアの黒い糸が様々な黒ばけものに変身しましたよ。
文学的な香り…そう言っていただけて光栄に思います。
いつも応援してくださり本当にありがとうございます!

七五三は友人たちのおかげで特別な一日になりました。
節目の年を佐原で迎えられたことも嬉しかったです。
あさちゃん、みーちゃんも楽しみですね♪
| Pretzel yuki | 2018/02/19 5:52 PM |