七五三



五歳になる息子と三歳になる娘の七五三を終えた。
十一月に入り、ようやく七五三を意識し始めたものの
写真館での貸衣装にも記念撮影にもどこか抵抗を感じていた。
分からないことばかりだけど、やるなら自分らしくやろうと思い
家族全員の着物を揃えるために蚤の市や骨董屋をいくつもまわった。
ひとつ、またひとつと揃う度に七五三が特別な意味を持ち始めてくる。
その一日に幕が閉じると、心にぽっかり穴が空いたように喪失感が残り
素晴らしく幸せな行事なのだということにあらためて気付かされた。

早朝、楽弥が大好きな美容師の友人が妻の髪を結いに来てくれた。
着付けまでゆっくり二階で寝かせておこうと思っていたのに
こんな日に限って楽弥は早々に目を覚まして降りてきた。
そして彼女と娘の愛莉ちゃんの存在に気付くなり
「えっ!なんで!これって夢?」と目を輝かせた。
いつも寝起きが悪く、保育園に遅れてばかりいるのに
好きな人の声が聞こえると、彼の眠気は吹き飛んでしまうらしい。

いつも早起きなのに、大事な日に寝坊する希舟を起こして呉服店へと急ぐ。
小松ご夫妻とは知り合ったばかりなのに、七五三について相談をすると
お休みの日にも関わらず、家族全員の着付けを喜んで引き受けてくれた。
骨董屋で集めた古い着物を立派な呉服店で広げるのは少し気が引けたが
「これは掘り出し物よ!」と微笑んで、無知な私たちを安心させてくれる。

「なかなか理想の学ランが見つからなくて...」
写真家の渋谷さんが申し訳なさそうに現れた。
七五三の撮影をお願いしてから幾度も連絡を取り合っていたのだが
数日前に渋谷さんが送ってきてくれたラフ画にはこう記されていた。
・貝戸くん...学ラン(つぎはぎ)+マント+ゲタ+ぼうし(特攻隊)
・玄関表札...かまぼこ板などでも可
主役でもない父親が何故つぎはぎの学ランを着るのか...かまぼこ板...
渋谷さんの妄想は私の想像以上に膨らんでいた。

古道具屋の岩井さんも駆けつけてくれた。
「袴か刀か持ってませんよね?」と訊いた時には
「袴も刀もないな〜ごめんよ〜」と言っていたのに
普段連絡をしない古物商の仲間にまで訊いて探してくれて
袴や刀に加え戦前の雪駄や下駄や外套までもを手にしていた。
それを当然のように用意してくれる岩井さんはやはり徒者ではない。

私は最後に記念撮影をする時に着てもらえたらと思い
岩井さんには黒い紋付き羽織りを
渋谷さんには赤い花柄の着物を用意しておいたのだが
撮影が始まるよりも前にふたりはそれを羽織っている。
私たちはひとつの劇団と化して、舞台となる香取神宮へと出向いた。

昼、境内にある古いお茶屋でラーメンをすする。
岩井さんは子供たちが頼んだラムネの中のビー玉の語源について語り
渋谷さんの手の中にあった瓶ビールの王冠は湯呑み茶碗にポチャンと沈んだ。
参道の団子屋で甘酒をまわし飲みしたり、九官鳥と間の悪いお喋りをしたり
何でもないようなことが楽しくて、撮られている感覚もないまま時が過ぎた。

夕方、アトリエで撮影をしながら私は幸せを感じていた。
この洋館に出会っていなければ佐原に越してくることもなかったし
考えてみたら、美容師の友人も小松ご夫妻も岩井さんも渋谷さんも
みんなこの地に越してきてから仲良くなった人たちだ。
そんな友人たちと七五三を祝えたことが嬉しかった。

夜、みんなで酒を呑んでいると電話が鳴った。
「ちょっと家の前に出てきてもらえませんか?」
呉服店の小松さんからだった。
忘れ物でもしたのかなと考えていたら
お祝いのケーキをわざわざ届けにきてくれたのだった。
思わぬプレゼントに驚きと嬉しさで胸がいっぱいになった。
子供たちも大喜びして、一緒になってケーキを切り分けたのだが
相当疲れていたのだろう、ケーキを食べずしてふたりとも眠ってしまった。
幸せそうな寝顔を見ながら、ここまで元気に育ってくれたことに感謝した。

深夜、男たちの話は何故か人間の善と悪にまで及んでいた。
岩井さんは紋付き羽織りを、渋谷さんは花柄の着物を羽織っていたせいか
岩井さんは武士のように、渋谷さんは花魁のようになっていた。
武士が花魁の精神に厳しくも優しく語りかけているようだった。
きっと着物には人格までもを変えてしまう魔力があるのだろう。
机の上には渋谷さんが何かに取り憑かれたように彫ったという
貝戸のかまぼこ板が残されていた。



photo by : kentaro shibuya

text by : tetsuya

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