雨降りの土曜日、友人がパンとビールを持って遊びに来てくれた。
ひとりは古道具屋の岩井さん、もうひとりは写真家の渋谷さん。
ふたりが現れると何とも言えない独特な空気が漂う。
そんなふたりに描いたばかりの絵本を見てもらった。
「こんな絵が描けたら、これで食ってけるんじゃない」
表紙を見るなり、そう言ってくれた岩井さんとは対照的に
渋谷さんはゆっくりとページを捲り、微笑んでいる。
ふと思い出したように岩井さんは言った。
「てっちゃん、俺と同姓同名の岩井良二っていう絵本作家がいるんだよ」
頭の中に荒井良二という有名な絵本作家が思い浮かぶと同時に
渋谷さんが顔を上げて、私が思ったことを訊いてくれた。
「荒井良二っていう絵本作家もいるよね」
数秒の間が空いてから岩井さんは答えた。
「渋谷さん、俺よく荒井さんに間違えられるんですよ。
もしもし荒井さんですか?って電話がくるんですよ」
話が飛び過ぎて、ちんぷんかんぷんだが
おそらく岩井良二は荒井良二にもなりうるということだろう。
私は笑いをこらえているが、渋谷さんは真剣な表情で口を開く。
「岩井くん、僕もたまに清水さんに間違えられるんだよね。
最初の”し”だけしか合ってないんだけど...不思議だよね」
岩井さんはそういう間違えあるよね...という具合にニコニコ頷いている。
きっと渋谷健太郎も清水健太郎になりうるということなのだろう。
笑いをこえて、私はひとつの劇をみせられたような気持ちになっていた。
これが感性の優れた人間の自然な会話の流れなのかと感動していた時に
ゆっくりと玄関の扉が開いた。
自ら醸造したビールに自ら収穫したシチリア島のトウガラシを
手にした男が立っていた。第三の男、啓ちゃんだ。
日が暮れてから、みんなで佐原の大祭に出掛けた。
山車を曳いていた息子は友人たちを見つけるなり走り寄ってきて
「岩井パパ、射的やりにいこうよ」とか
「渋谷パパ、金魚すくいやりたい」と言っては手を引いて消えていき
射止めたキャンディーやどじょうやリンゴ飴を片手に戻ってくる。
目的も知らされないままにどこかへ連れ去られた啓ちゃんは
先端がグルグル回る七色に発光する銃を鳴らしながら戻ってきた。
「変なパパがいっぱい」と楽弥は祭りが終わってもなおはしゃぎ回った。
子供が寝静まってからも異次元の会話が続いた。
”鼻の穴が大きい人間は馬力があるから成功する”
男四人でそんな馬鹿話をしながら時間を忘れて呑み続けた。
夜明け前、風呂を出て眠ろうと思った私の足下で黒いものが飛び跳ねた。
健太郎だ。渋谷健太郎でも清水健太郎でもない。どじょう健太郎。
楽弥が金魚すくいでもらってきたどじょうにみんなでそう名付けたのだ。
移しておいたガラスの鉢から飛び出したらしくピョンピョン跳ねている。
私は両の手のひらでそっと健太郎を水に戻してから眠りについた。
text by : tetsuya