ウッドストックの鉄のお面

嘘と想像の境界線はどこにあるのだろうと時々考える。
「嘘をついちゃいけない」と大人がそう教えたことを
”本当のことしか話しちゃいけない”と呑み込んでしまったら
子供の果てしない想像力が欠けてしまうのではないだろうか。
とはいえ、息子の話には耳を疑うようなことが多過ぎる気もする。

息子が保育園の年中になり、体育指導というものが始まった。
初日は珍しく早起きをして、自ら体操服に着替えて意気込んでいた。
いつも古いオーバーオールに赤いパーカーを羽織り格好つけているけれど
背中に動物を乗せた機関車が描かれた体操服を着ていると
生意気でも可愛い保育園児に見えてくる。

体育指導というものが何なのか検討もつかないので
その日の夜、お風呂で息子に訊いた。
「体育指導は何をやったの?」
「スヌーピーの黄色いやつになったんだよ」
「えっ。ウッドストックに?」
「うん。そう」
「どうやって?」
「お面を付けるんだよ」
「みんなでお面を作ったの?」
「ううん。あるんだよ」
「そうなんだ。それを付けて何をやるの?」
「スヌーピーを探すんだよ」
「ウッドストックがスヌーピーを探すの?」
「そう。スヌーピーが迷子になっちゃってさ」

この辺りまで私は本当にこうした遊びがあると疑わなかったが
あまりにも奇天烈なその遊びを徐々に信じられなくなっていく。

「お面は紙でできてるの?」
「鉄だよ。鉄。鉄のお面」
彼は得意気な顔で断言する。
「鉄?鉄でできてるの?」
「うん。そう」
「それがたくさんあるの?」
「こうだよ」
彼は両手を広げて十本の指を立てている。
「十個もあるの?」
「そう。十個ずつ」
「えっ。スヌーピーも鉄?」
「そうだよ。鉄のお面」
「お面のない人はどうするの?」
彼の同級生は確か三十三人だったはずである。
ウッドストック役が十人。スヌーピー役が十人。残り十三人もいる。

彼はお湯で濡れた髪をオールバックにして続けた。
「あとはこう。男の子」
「もしかしてチャーリー・ブラウン?」
「うん。そう」
「鉄?鉄のお面?」
「男の子は何もないんだよ。こうするの」
彼は湯船に手を浸けてから、再び髪をなでつけた。
「髪をこうするの?」
私も彼の髪を真似してオールバックで訊いてみる。
「そう。髪切り屋さんでね」
この役だけは体育指導の前に保育園の近くにある
美容室に行き、髪を整えなければいけないらしい。

私は息子の話に夢中になっていた。
「チャーリー・ブラウンは何をやるの?」
「黄色いのを捕まえるんだよ」
「ウッドストックが逃げるってこと?」
「そう。スヌーピーを探しながらね」

話をまとめるとこうなる。
十人のウッドストックは迷子になってしまった十人のスヌーピーを探す。
ここまではかくれんぼとさほど変わりないが、スヌーピーを探している
心優しき十人のウッドストックを、オールバックに髪を整えたばかりの
十三人のチャーリー・ブラウンが理由もなしに追っているというのだ。
私は感心していた。こんな遊びがあるなら本気で参加したいと思った。
一度でいいからウッドストックの鉄のお面を付けてみたいと思った。

翌朝、美容室で働く友人に十三人のチャーリー・ブラウンのことを
知っているかどうか訊こうと思ったが、やっぱりやめておくことにした。
不思議なことは不思議なまま胸にしまっておいた方がいいと思ったからだ。
もちろん彼の想像の世界の遊びとは限らないが、この話を思い出す度に
私の頭の中で”ピーナッツごっこ”が盛大に繰り広げられ
現実味を帯びてきている。

きっと息子にとって嘘と想像と現実は紙一重なのだろう。
体育指導によって奇しくも彼の想像力が養われている。

text by : tetsuya

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