偽物の白い羽

小さな女の子が運転するおんぼろバイクの後ろに乗っている。
「おじいちゃんのお店に行きたいの」と女の子は振り返る。
渋谷に向かうはずが駅を通り越してしまい、戻りたいが
線路沿いに一方通行が続いていて、前にしか進めない。
緑色の電車がゆっくりと私たちを追い越していく。
その電車には数えきれない人々が乗っているのに
不思議なことに道路には誰ひとり歩いていない。

赤煉瓦の広場が見えてきて、恵比寿まで来てしまったことに気付く。
ようやく分かれ道にさしかかったので、そこを右手に入っていく。
すると急な下り坂になっていてブレーキが利かなくなってしまい
そのまま真っ暗なトンネルに入ると辺りは何も見えなくなった。
吹き飛ばされないように小さな背中にしがみつき目をつぶると
宙を浮いているように気持ち良くて、うとうとしてしまう。

眩しさを感じた時、そこはシギショアラというルーマニアの古都で
仕掛け時計のある教会と赤煉瓦の家々が見渡す限りに広がっていた。
バイクから降りて、その美しい風景の中をふたりで歩きたいと思うが
下り坂はさらに急になり、赤茶色の景色はすごい速さで過ぎ去っていく。
見上げた空が海のように真っ青な色をして流れていくので
「あれはきっと雲じゃなくて泡だよね」
と呟くが、女の子は振り返らない。

鋏でちょん切ったかのように道路は突然なくなり、下に落ちていく。
底に落ちるまでに長い時間があったので楽しくおしゃべりをする。
なんて素晴らしい一日だったのだろうと笑い合っていると
このままずっと飛んでいられるのではないかと錯覚する。
背中に目をやると白い鳥の羽が生えていて驚くが
すぐにそれが残布で仕立てた偽物だと分かると
「夢のようにはならないんだね」
と女の子はしんみりと言った。
「これは本物の夢なんだよ」
と返すと同時に底に落ちた。

そこは、底ではなくベッドの下だった。
もう一度眠れば、またシギショアラへと戻れそうな気がしたが
その音で目を覚ました子供たちに馬乗りになられて夢は終わった。
あれは昔、東京を走り回っていたおんぼろバイクによく似ていた。
いつか本当にルーマニアを走り回れる日が来たらどんなにいいだろう。

text by : tetsuya

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