ボーと一緒

みんな自慢げにボーを抱えてやってくる。
こんなに可愛くなりましたという感じで抱えてやってくる。
きっと誰もが自分のボーが一番可愛いと思っているのだろう。

私だって心の中ではアトリエにあるボーが一番だと思っている。
Fredericのぬいぐるみの中でも一番最初に出来上がったもので
人間でいうところの15歳になる。

当時はデザイン画を描く毎日だった。
生意気に一刻も早く独立したいと思い学校を辞めて
開店資金を貯めるために子供服の会社で働いていた。
そんな向こう見ずな私に感化されて学校を辞めた妻は
就職する気配もなく毎日ぬいぐるみを作り続けていた。
時間ばかりかかってお金にならないぬいぐるみを
いったいどれだけの間、作り続けていたのだろう...。

ある日、仕事から帰ると毛の舞う部屋にくまがいた。
重たそうな瞼とつぶらな瞳で私を見上げていた。
興味のないふりをしたが、感動していた。
心の底から感動していた。

それから、ボーは暮らしの一部となった。
小さな家も小さな店も買い付けの旅も放浪の旅も
子供たちが生まれる瞬間も思い出すと必ずそこにはボーがいる。

長い旅の途中、荷物が重過ぎて嫌になることが度々あった。
私のリュックサックには食料や古物がぎっしり詰まっているのに
妻のリュックサックにはボーしか入っていない。
パリで暮らす友人は私のリュックサックを背負おうとしたが
あまりの重さに立ち上がることすらできなかった。
続いて妻のリュックサックを背負うとあまりの軽さに驚いて
「ポケットティッシュみたい」と腹を抱えて笑った。
こんなものを旅に持ってくるなんてと不満に思うこともあったが
夜になって星空の下、ボーを枕にして眠ると幸せな気持ちになり
やっぱり一緒に旅して良かったと思える。

そんないくつもの旅を共にしてきたボーの毛は黒ずんで束になり
「本当に同じ生地ですか」と訊かれるくらい別物になっている。
こんなくたびれたボーはどこにもいないだろうと思っていたが
友人の子供、いろはのボーはもっともっとくたびれていて
「本当にボーですか」と訊きたくなるくらい変貌していた。
幾度となく直されたつぎはぎの体とストーブで溶けた目のボーには
これまでいろはが注いできたであろう愛情がぎゅっと詰まっていた。

しかし、いろはが生まれた時から肌身離さず可愛がっていたボーは
都会の真ん中で行方不明になり、そのまま戻って来ることはなかった。
いろはの誕生日プレゼントにと再びボーを注文してくれたのが数年前。
妻も私も以前のくたくたになったボーの存在をよく知っていたので
新しいボーの姿にかえってがっかりしないかと心配していたが
いろははじっと見つめてから黙ってぎゅっと抱きしめた。

次に会った時にいろはのボーを見て驚いた。
以前のボーにそっくりなのだ。ほんの少し見ないうちに...。
ただ汚れているのではない。
いろはが毎日抱きしめているということを
よれよれになったボーの体が物語っていた。
やっぱり、いろはのボーは、いろはのボーになるんだな...。
ぬいぐるみは誰かの手に届いたその瞬間から育っていく。
育てていくのではなくて勝手に育っていくのだと思う。
楽しい時も悲しい時もずっと一緒にいることで
お互いが成長していくような気がする。

2月18日(土)の昼12時〜13時の1時間のみ
2017年のFredericのぬいぐるみのご注文を承ります。
短い時間ですがどうぞよろしくお願い致します。
詳しくはNewsをご覧ください。

text by : tetsuya

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