黒けもの音楽会

各地を巡った黒けもの展は昨年末で幕を閉じ
今はアトリエの壁一面に黒けものが戻って来た。
これからそれぞれの場所へ旅立つことを知ってか
黒けものは少しばかりか緊張しているように見える。

最終日の音楽会は黒けもののお別れ会だったのかもしれない。
黒い糸でつながれた縁で大勢の人が佐原に遊びに来てくれた。
二十四脚の椅子では足りず自宅からもあるだけの椅子を運ぶ。
演奏が始まる前に興奮している子供たちを昼寝させようと
車に乗せて走るが、楽しみが勝って一向に眠ろうとしない。
むしろ眠るものかと意地になって目を開けている...。

momo椿*のmauさんとannieさんの黒いアコーディオンから
奏でられる美しい音色と歌声に子供の声が混ざる。
大勢いた子供の中で騒いでいるのは息子と娘だけ...。
子供を見るつもりで一番前に座ったのに息子は走り回り
娘は二階へ駆け上がり、気付いたらひとりで座っていた。
最前列で楽しんでいる場合じゃないのは分かっていたが
聴き惚れてしまい、なかなかその場を離れられなかった。

休憩には菜々さんがとびきり可愛いお菓子を用意してくれた。
この瞬間までその姿を目にしていなかったので
誰よりも歓喜の声を上げてしまった。
「黒けものクッキーを作って欲しい」
そんな漠然としたお願いに、刺繍詩集から感じた
黒けものへの想いを込めて彼女はクッキーを焼いてくれた。
刺繍とそっくりにかたどられた、ほろ苦いココアクッキーに
カルヴァドスに浸けたラズベリーとチョコレートが挟んであり
黒けもののうわべだけでなく、心の内までもを表現してくれた。

テーブルの上に並んだ黒けものクッキーを夢中になって選ぶ。
子供も大人も顔をほころばせながら幸せそうに選ぶ。
これほど黒けものへの愛が詰まったクッキーは
きっと菜々さんにしか作れないだろう。

日が沈むとともにまた静かな熱気に包まれた。
momo椿*のおふたりの澄んだ歌声がアトリエに響く。
黒けものもアコーディオンの旋律に聴き入っているようだった。

「どうするのこの椅子...」
佐原に越して来る前日に買った二十四脚の椅子の山を前にして
妻は途方に暮れていたが、その時に思い描いていた夢が
目の前で実現したことに私はひとり喜びを感じていた。



text by : tetsuya

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