黒けもの

黒けものは東京での務めを終えて
ぞろぞろと川越へと連れ立った。
刺繍詩集『黒けもの』を携えて。

黒けもの展を開催したことで作品について問われるようになった。
それぞれの問いの答えを探しているうちに、黒けものの物語を
何となくだけど少しずつ理解し始めたような気がする。
自分で作っておきながら変な話だけれど...
想像はただ頭の中にしまっておくのではなく
言葉にして伝えることが大切だということに気付いた。

黒けものの物語は、馬に跨がった男が落馬して死んでから始まる。
死後の世界に光が射すことはなく辺りは暗くて何も見えない。
男は何かの気配を感じる度に「君は誰か」と問いかける。
しかし皆一様に「私は黒けもの」と答える。
名前なんて誰かが勝手に決めたもの。
ここではそんなものは必要ない。
光が射さなければ色もない。
黒けものに問いかける男も黒けものなのだ。

物語は刺繍展をやることが決まってから急に思い浮かんだ。
馬に跨がる男も、馬から落ちる男も、馬に去られた男も
本を作ることなんてまったく考えずに刺繍したのに
まるで物語にそって拵えたかのようにしっくりきた。
本のために作り足した訳でも選んだ訳でもない。
作りためてきたすべての刺繍で物語は生まれた。

いつだったかコシラエルのちかちゃんが
「刺繍展を私のアトリエでやるのはどうかな」
と誘ってくれたのは何かの導きだったように感じる。
「気の向くままに刺繍してほしい」とその時に手渡された
彼女の真っ白な服が、黒けもの展のための最後の作品となった。
ジャケットには馬を食べた狐を、スカートには子馬と子狐を刺した。
頼まれた通り、気の向くままに刺繍して生まれた馬と狐の親子が
死後の世界から光の射す世界へと飛び出していく話に繋がった。

『黒けもの』の本が仕上がったのは着手してからひと月後のこと。
東京の展示には間に合わなかったが、思いのほか予約をいただき
これから多くのお客さんのもとに本を届けられるのが嬉しい。
もうひとつ嬉しかったのは、保育園で『黒けもの』の本を
娘のいる1才児の部屋で先生が読み聞かせしてくれたことだ。
小さな子供たちが輪になって、黒けものをじっと見つめているのは
異様な光景だったが、子供にこそ読んでもらいたかったので感動した。
まだ字が読めなくても目で見て感じるものがきっとあると信じている。

もともとは息子の4才の誕生日プレゼントにしようと作り始めた本で
漢字を使わないにしようか...もっと解りやすい言葉にしようか...とか
色々悩んだが、大人にも何かを感じてもらえたらと思い推敲を重ねた。
詩のことを考え過ぎて、自分も黒けものになったような気分だった。
息子はアトリエに来る度に「黒けもののお話はご本になった?」
とずっと楽しみにしていたので、誕生日を待たずして渡した。
こんな色のない本を喜んでくれるかなと心配だったが
彼はもう詩を暗記するほどに読み込んでいる。

黒けものは川越での務めを終えると福岡へと旅立つ。
長旅の後にはどんな出会いが待っているだろう。

text by : tetsuya

| 日々のこと | comments(2) |
「黒けもの展」
今日 見に行ってきました。
ぐるくる モコモコの黒けものたち…
興味深かったです✨

チェーンステッチに似てるけどうしろは違う。
こんなに盛り上がるんだ。
うっすら綿が入っているのかな?

シマシマの黒けもの(猫)が大好きになりました。
行って良かったです。
| いわなが | 2016/12/20 6:20 PM |
いわながさん、コメントありがとうございます!
また「黒けもの展」にご来展くださり
どうもありがとうございました。
興味深くご覧くださり大変嬉しいです。

ルーマニアの太い糸で隙間なく刺しているので
かなり立体的に仕上がっていますよね。
糸と糸が重なり合って膨らんでいるのです。
バッグひとつ手にしても結構重みがあります。

シマシマの猫は初期に制作したもののひとつで
黒けものの中でも重要登場人物になっていますよ!
| Pretzel yuki | 2016/12/22 2:39 PM |