高鍋大師

急勾配の雑木林をゆっくりと車が登っていくと
うっそうと茂った草むらの中にこんもりとした古墳が見えた。
古墳群を過ぎると急に視界は明るくなって
広い青空と日向灘が望める拓けた場所に出る。
そこには見上げるほど大きな石像が独特の出立ちで佇んでいた。


真夏の日差しが照りつける正午、聖子さんに連れて来てもらった高鍋大師。
面白い石仏群があるというのは以前から聞いていたけれど
どんなところなのか想像もつかなかった。
突然、異空間に出くわして呆然と辺りを見回していると
案内をお願いしていた観光協会の黒木さんがお見えになった。


黒木さんの丁寧な解説でひとつひとつの石像をじっくり眺めていく。
最初に案内してもらったのは、3人の彫師の姿が刻まれたもの。
中央には”岩岡保吉 四十五才”とあり、石仏を熱心に彫る横顔。
その両隣には、この地に招いた仏師とそのお弟子さんの姿。
”小丸川原於テ 八十八カ所 彫刻人”とある。
小丸川の川原を作業場にして一心不乱に彫る様子が見てとれる。

岩岡保吉氏は幼い頃に高鍋に越してきて、
やがて米穀の商売を成功させこの地を購入し
四国巡礼で感銘を受けた88カ所の霊場を造ることを決意する。
そこで、彫刻に関して素人だった岩岡氏は大分より仏師を招き、
彼に石仏造りを学びながら、お弟子さんとたった3人で
翌年に88体もの石像を完成させた。
それが、台地の麓から高台までずらりと並んでいる。


岩岡氏は、最初こそ教わった通りの普通の石仏を彫っていたらしいが
経年につれて彼の個性が出てきて生き生きとした表情の石像が生まれていった。
神も仏も人間も織り交ぜた不思議な世界に佇むのは、
穏やかなお地蔵様に目をひんむいた鬼、泣きべそをかく子供に歯を見せて笑う女性、
いくつもの顔や腕を持つ観音様に水戸黄門まで実に様々な石像が共存している。

雑木林の先には賽の河原があり、幼い子供の石像が愛らしい姿で林立している。
子供の前には積み石があり、奥では鬼が怖い顔をして睨み、菩薩が微笑んでいる。
そんな”あの世”である賽の河原を息子は楽しそうに駆け回り、
積み石を手伝ったり泣いている石像の頭を撫でてなぐさめたりしている。
それを優しい眼差しで見つめ「岩岡さんが喜ぶでしょうなぁ」と黒木さんが呟いた。


一方で岩岡氏は、相次いだ持田古墳の盗堀に心を痛め、
古墳の霊を鎮めるために87才で亡くなるまで石仏造りに励んだ。
驚くべきことに晩年の作に巨像が多く、なかには7メートルを超えるものもある。
「老齢になって細かい彫刻ができなくなったのか
 年を重ねて増々創作意欲が湧き出てきたのか…」と黒木さんは像を見上げて微笑む。
”火よけ みまもり”と書かれた剣を持った百体不動の目には電球が埋め込まれていた。


岩岡氏の造る石像は特徴的で、どれも文字が彫られている。
漢字、平仮名、片仮名が混じった独特の言葉がまた石像の魅力を広げている。
どういう意味だか分からず立ち止まって考えるのも楽しみのひとつだろう。
めかしこんだ男女が手と手を取り合っている像には
”エんをぬすんで よいひとと しらがなるまで くらすよに”とある。
”縁を結んで良い人と白髪になるまで暮らすように”という意味だろう。
他人同士が添い遂げるには困難もあるけれど、岩岡翁に優しく諭されている気がする。


決まりきった説明ではなく、自身の解釈を交えて案内をしてくれる
黒木さんの話は私たちを引き付ける。
「私も石像に刻まれた文字の意味がさっぱり分からないことがあるけれど
 何度も通っているうちに岩岡さんの啓示がふと伝わってくることがある。
 その時は嬉しいもんだよ。」
観光協会からの依頼がなくても、時間があればここを訪れ
訪問者に案内をしているという。
誰も来ない日も飽きずに石像を眺め、新しい発見に喜びを感じるという黒木さん。
高鍋大師への深い愛情を感じずにはいられない。


石像に囲まれて建つ簡素な造りのお堂には誰でも自由に入ることができる。
そこには無数の千羽鶴が吊り下げられ、奇妙な形の巨大な木魚があり
「笑顔のこころ十ヵ条」なるものが掲げられている。
古い畳と張り替えられたばかりの新しい畳がつぎはぎの小さなお堂には
たくさんの白黒写真が飾られていて、袈裟姿にノミを持つ岩岡氏の姿や
地元の人々が石像を囲んで微笑む姿が写っている。
他にも誰かが持ち寄ったであろう古びたマッサージチェアやちゃぶ台や
やさしい筆使いの水彩画が無造作に置かれている。
ここに一歩踏み入れただけで、高鍋大師がどんなに人々に愛されているかが分かる。
こんなに雑然とした、でもあたたかいお堂はこれまで見たことがない。


お堂の端には岩岡氏が実際に使っていた道具が残されていた。
ちびたノミや金槌、滑車など最低限の道具で
これほどまでの大作を造ったのかとあらためて感心する。
朝歌ちゃんと楽弥が競って大きな木魚をぼんぼんと叩く音を聞きながら
道具類や写真を見て回ると、想いを自らの手で形にすることの偉大さを感じる。
19才で米穀販売を成功させたのも、四国巡礼を成し遂げたのも、
高野山で得度をしたのも、もちろん高鍋大師を造ったのも
強い想いと実行力があったから成せたのだろう。
人生を懸けて何かに突き進む姿は神々しいものがある。


「いやぁ今日はいい1日だった」と黒木さんがぽつりと言った。
団体客が大型バスでとんぼ返りをしてしまうことも多く、
その魅力を十分に伝えきれないこともあるそうだ。
宮崎でここが一番訪れたかった場所だと伝えると
「物好きだねぇ」と、とても嬉しそうな表情で笑った。
私たちにとっても忘れられない素晴らしい一日となった。


text by : yuki
| おでかけ | comments(2) |
わぁ、すごい!
私も見てみたいです!!
| すずきあさこ | 2014/08/09 10:53 PM |
あさこさん、コメントありがとうございます!
高鍋大師は何の予備知識もなく訪れたので、その迫力に驚きました。
自分の5倍ほどもある巨像を見上げて感心したり、
小さな石像を愛でたりと、とても楽しかったです。
お堂も素敵で、皆の憩いの場になっていて和みました。
あさこさんも機会がありましたら是非訪れてみてくださいね。
その時は黒木さんにご案内してもらうといいですよ〜!
| Pretzel yuki | 2014/08/10 10:26 PM |