たかし

福岡での仕事を終えた後に、熊本の友人の家にお邪魔しようと思っていた。
しかし、宮崎にも寄ることになり「行けなくなっちゃったからこっちに来てよ」
と冗談半分で電話をすると「分かったよ!車で行くよ」という思わぬ軽い返事。
さすがたかし...相変わらずだなと思いつつ、日曜の朝を迎えた。

たかしは、年はひとつ上だが服飾の専門学校の同級生。
お世辞にもセンスが良いとは言い難く、
未だに何故ファッションの道を志したのか分からない。
そんな彼の作る洋服は想像を絶していて、
作品を見るなりいつも私は笑い転げていた。
デザインもひどかったが、彼の引くパターンは異常だった。
最低にして最高のパンツは思い出すだけで笑いが込み上げる。
誰が見ても足が入るはずのない超極細スリムパンツが誕生したのだ。
何をどう間違えたのか裾巾が通常の半分しかなく、鉛筆みたいに尖ったパンツを
「少し小さいかな...?」と呟きながら履こうとするのだが、少しどころではない。
パンツの裾からは指先しか見えない...が、彼はそこで諦めようとはしない。
なんと脇線が裂けるのも気にせず、強引に足を通そうとするのである。
膝までスリットが入った奇妙なパンツにさすがの彼も顔を赤らめている。
その革命ともいうべきパンツに、腹がよじれるほど笑っているのは私だけで
周りにいた講師や他の生徒たちからは冷やかな視線が注がれていた。

当時、私は裸電球ひとつぶら下がった、風呂どころかお湯すら出ない部屋で
暮らしていたが、たかしが住んでいたアパートもなかなかのものだった。
小学生くらいの子供たちにドアポストから部屋を覗かれて
「こんなところに人が住んでいる!」と驚かれたらしい。

もちろん食生活も荒んでいた。
学校のすぐ近くにある恵比寿ガーデンプレイスでランチをする生徒もいる中、
私は家で炊いた米を釜ごとリュックサックで持っていき、白飯を食べていた。
たかしはその隣で米どころかピンク色の魚肉ソーセージを頬張っていた。
そんなものを食べながら得意気に言うのだ。
「いいこと教えようか...もやしカレーを作るといいよ」
肉なんて入れなくても、もやしだけで十分美味いと熱く語る
彼の言葉を信じて作ったカレーは、包丁すら家になかった私の
初めての手料理となると同時に彼の味覚を疑う結果となった。

めずらしく「今日はおごるよ」と兄貴ぶるたかしに甘えて
居酒屋を何軒かはしごしたこともあった。
格好よく見えたのも束の間、帰りの電車賃が足りなくなり、
切符売り場で何ともいえない目で私を見つめていた。
人付き合いはいいが、あれほど計画性のない人間はいない。
東京から地元の岩手に帰ったはずが、何故か今は熊本に住んでいる。
本人も「俺が熊本に住むなんてな」と目を丸くしていた。

私たちの結婚披露宴の両家顔合わせの時にも、たかしはなぜかそこにいた。
はるばる岩手から茨城へやってきて違和感なく私の家族に紛れていた彼は
妻の親族から見たら一体何者に映っていたのだろう。
その日の夜、彼は真面目な顔で訊いてきた。
「明日の結婚式どれくらい包んだらいいかな?」
言葉に詰まりながらも「気持ちでいいよ」と答えたのだが
当日、彼は誰よりも分厚い祝儀袋を持ってきた。
しわくちゃの夏目漱石を束にして…。

さらに後日談があって、たかしにとってこの時出席した結婚披露宴が
人生で初めてだったらしく「あの時の披露宴が今までで一番楽しかった」
と六年後になぜか二度目の祝儀袋を手渡されたのだ。
我が家に泊まった後、岩手に帰る別れ際の祐天寺駅の改札で。
何のことだか理解できないままそれを受け取ったのだが、
お礼を言う前に彼の後ろ姿は消えていた。
しわひとつない福澤諭吉がきっちりと揃えてあった。

他にも私の親父の還暦祝いに同席していたり、
炎天下のなか遠くから寿司を手土産に持ってきたり、
金がないからと始めたバイト先でねずみ講に引っかかったりと
彼の馬鹿話は本当に尽きない。

朝九時にホテルに着いたと連絡をもらってロビーへ向かうと
いつもと変わらないたかしの姿がそこにはあった。
この日は、妻と息子と四人で糸島へ向かおうと思っていたのだが
「誰に訊いても塩浜なんて知らないってさ」と言う彼に朝から言葉を失う。
伝えてあった”糸島”という地名を”塩浜”に変換してしまっていたらしい。
糸島では目当てのレストランに入れず、とんぼ帰りになってしまったけれど
彼はそんなことをまったく気にせず「牛丼でも食べるか」と言っている。
わざわざ福岡に来て牛丼を食べる気が知れなかったけれど、
相変わらずの無頓着ぶりが懐かしかった。

福岡での仕事を終え、皆で打ち上げをする時にも
何をした訳でもないたかしが一番張り切って注文を取り仕切っていた。
ホテルまで送ってもらう帰り道で美味そうな屋台を見つけ
「ラーメン食べない?」と言うと「そうする?」と返ってきた。
いつも半疑問形で返事をして、断ることを知らない。
そんなに乗り気じゃなかったはずなのに、彼はすでに替え玉を頼んでいる...。

出会った時からちっとも変わらないたかしと過ごしていると
大袈裟だけれど、時空を超えているような気がする。
十年以上も前のことが昨日のことのようだし、
数年ぶりに会っても毎日顔を合わせていたような気になる。
どうしようもない学校生活を送っていた私にとって
妻と出会えたことも大きかったが、たかしとの出会いはまさに衝撃だった。
その馬鹿さ加減にいつも呆れているはずなのに、たまに無性に会いたくなる。
そして、彼と会うなりたちまち青春の時分に戻ってしまう。

text by : tetsuya
| おでかけ | comments(0) |