ふくや

飛行機が高度を下げると、息子は耳に異変を感じたらしく、
それまでおとなしく食べていたタマゴボーロを耳に一粒ずつ詰め込んだ。
ボーロの耳栓では気圧の変化に耐えられず、泣きじゃくる姿は可哀想だったけれど
着いてしまえばすぐに機嫌を取り戻し、預けていたベビーカーが回る
ベルトコンベアーを追いかけてぐるぐると走り出した。

こうして始まった九州の旅は、様々な人に会うことができて毎日が新鮮だった。
刺繍教室はお陰様で定員に達し、たくさんの方々とイーラーショシュ刺繍を
楽しむことができて有意義な時間が過ごせた。
トークショーには遠方からもお客さんが来てくれて本当に嬉しかった。
今回、声を掛けてくれたpicnikaの津留さんと
子ども服展に訪れてくれたすべての方に心からお礼を言いたい。

福岡に着いてまず向かったのは、骨董屋のふくやだった。
ずいぶん前、恵比寿にPretzelの店舗があった頃に遊びに来てくれたことがあり、
その時にもらった簡素なDMをいつか行こうとずっと持っていた。
迷いながらもようやく辿り着き、眠っている息子を順番で見ることにして
先に私が店に入ると「気にせず皆で入りなよ」と気さくに声を掛けてくれ、
さらに奥から布団まで持ってきてくれて「ここで寝かせたらいいよ」と言う。
外で待っていた妻と息子を呼びに行くと、焙じ茶とお茶菓子を用意してくれ
続けて古いミルで挽いた、最高に美味しいコーヒーとメレンゲが並んだ。
あまりの持て成しに驚いていると、お腹を空かせた息子が目覚めてぐずりだした。
すると「もうすぐパンが蒸し上がるから待っててな」と息子に話し掛け
甘夏のジュースやミルクと共にくるみパンや蒸しパンを出してくれた。
息子は思わぬところでご馳走にありつけて幸せそうに頬張っている。

店主の江口さんはいたずらな息子と一緒に古い積み木で無邪気に遊んでいる。
息子が投げた積み木が骨董品にぶつかりそうになっても
「大丈夫」と笑い、遊びはさらに熱を増していく。
なおみさんは「どうぞ」とおおらかな笑顔で気遣ってくれる。
ふたりの雰囲気が店内にゆったりとやさしい空気を漂わせていて
梅雨に濡れた家屋がなんだか周りとは別世界のような気がした。
たくさん持て成してもらったというのもあるけれど
ふくやの店のあり方すべてに感動してしまった。

二十歳の頃に偶然入った目白の古道具屋で、坂田さんに一枚のカルタについて
お茶を啜りながら画集を片手に二時間近くも話を聞かせてもらったことや、
tamiserが麻布十番にあった頃に、吉田さんが傷だらけの白い皿の時代背景を
写真集と照らし合わせて教えてくれたことは、今でも強く心に残っている。

ふくやにいると、その時の感動が蘇ってくる。
もし、時間に余裕さえあれば毎日でも通いたかった...
というよりもあの空間でもっとゆっくりしたかった。
福岡に着いてすぐ、この地に来てよかったと満足感でいっぱいになっていた。

text by : tetsuya
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