ウィーンの奇妙な集合住宅

連日お祭り騒ぎだったグチャを後にして、ベオグラードへと向かう。
耳の奥ではまだラッパの音が鳴り響いている。
ここ5日間ゆっくり眠れなかったせいか、
バスのなかに響き渡っていたギターの音色と賑やかな乗客の歌声が
徐々に遠のいていき、いつの間にかぐっすりと眠りについていた。

ベオグラードに着き、ウィーン行きの夜行列車の切符を手配する。
とうとうウィーンから日本へ帰国する日が近づいてきた。
切符を手にして、市場で新鮮な果物を山ほど買い込み、
馴染みのパン屋でお気に入りのパンを買う。
そして、いつものようにサヴァ川が見渡せる丘の上の公園へ行き、
パンを頬張りながら茜色の夕陽がゆっくりと沈むのを眺める。
ベオグラードに来ると、この公園で過ごすこの時間が一番心地良い。
何をする訳でもないが、ここに来ると何故か落ち着く。
この日の夕陽はいつもよりも淋しげに見えた。


夜行列車に揺られ、やわらかな朝陽で目を覚ます。
ウィーンの駅では人々が足早に行き交っていた。
この町で過ごす時間はたったの1日しかない。
駅前のカフェでコーヒーを飲みながら計画を練るが、
大都市の雑踏のなかを歩くには荷物が多過ぎて身動きがとれない。
ルーマニアから随分と荷物を送ったはずなのに、
旅をしているとどうしても各地の民芸品が増えてしまう。
結局、ひとりがここで荷物番をして順番で町を歩くことにした。

私はフンデルトヴァッサーの建築物を見に行くことにした。
妻が中学生の頃に初めて買ったという彼の小さな画集を見た時から
その独特な世界観に興味を持っていた。
画家である彼の建築は、子供の描く絵のように自由で面白い。
戦後の建築ラッシュで建てられた灰色の四角い無機質な建物が
人を閉じ込める刑務所のように見えたことがきっかけで
彼の常識外れの創作活動は始まったらしい。


フンデルトヴァッサー・ハウスと名付けられた
カラフルで波打った集合住宅は人の心を自由にする。
奇抜ではあるが建物と植物の調和が見事にとれている。
これだけ魅力的な住宅であれば入居希望者が殺到するのも頷ける。
しかし、当時は独創的な彼の建築理論がそう簡単に受け入れられるはずもなく、
大工が作った平らで直角な壁を夜中にハンマーで壊したこともあったそうだ。


私も買い付けの旅から帰国した時にいつも違和感を覚えていた。
電車のなかの人々は皆示し合わせたかのように黒のスーツを着て、
車窓から見える景色は味気ない灰色の高層ビルばかり。
田舎の牧歌的な風景に触れていると、
画一的な東京という町が空恐ろしいとさえ感じてしまう。
”自然界の中に存在しない”と定規で引いた直線を拒絶していた
フンデルトヴァッサーの気持ちに大きく共感できる。


夕方、広々とした緑の多い公園でこの旅最後の食事をした。
ハムやチーズやパンと少しだけ良いワインを買い込んで、
群青色の薄闇のなか点いたばかりの外灯に照らされたベンチに腰掛けた。
最後だからといってレストランに行こうという気分にはならなかった。
最後だからこそ、いつものように気取らない食事が良い。
言葉少なにワインを啜り、それぞれ旅の余韻に浸っていた。

頭の中には旅の思い出がぎっしりと詰まっていて、
帰国してからの事がまだ何も考えられないでいた。

text by : tetsuya
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