グチャに響くラッパの音色

グチャの地名を初めて聞いたのは、友人のフォトグラファーからだった。
ルーマニアのジプシーを撮り続けている彼女はジプシー音楽に詳しく、
ジプシーによる管楽器の音楽祭がセルビアであると教えてくれた。

ルーマニアに隣接しているセルビアへはこれまで幾度か訪れている。
ベオグラードの活気や片田舎の素朴さ、美味しい食事、
音楽の大好きなセルビア人の人懐こさや親切さを
訪れる度に感じ、大好きな国のひとつとなっていた。


セルビア人にグチャの音楽祭のことを聞くと
「音楽が好きなら絶対に行くべきだよ!」と言って
必ずそこから音楽談義が始まる。
延々と好きなバルカン音楽について語った後
「音楽祭は8月の中頃に開催されるよ」と教えてくれる。
この話を聞いて、ちょうど旅の終わりに
行けるかもしれないと心躍らせていた。


ベオグラードからバスを乗り継いで、いくつもの山を越え、
大きく揺れるバスにクタクタになった頃、ようやくグチャに着いた。
険しい山間にあるわりには思ったよりも大きな村だった。
もしかしたら祭りの賑やかさが村を大きく見せているのかもしれない。
通りには露店が建ち並び、移動遊園地があり、村中人で溢れていた。
そして、あちらこちらでラッパの音が鳴り響いている。


あまりの活気に面食らってしまい、人通りの少ない場所にある
小さなカフェで休んでいると、店主が親戚の家を紹介してくれた。
いつものように野宿をするつもりでいた私たちは
宿のことなど何も考えていなかったが、
山間の夜は冷え込みそうなので案内してもらうことにした。

小高い丘の上にある果樹に囲まれた大きな家から
陽気で可愛らしいおばあちゃんが手を振って出迎えてくれた。
普段は離れて暮らしているふたりの娘一家が泊まりに来ているけれど、
一部屋空いているので好きに使っていいとのこと。
こんなに素敵なお宅に泊まることができるなんて幸せだ。


お料理上手のおばあちゃんが郷土料理を振る舞ってくれた。
キャベツと豚肉の煮込みとチーズやピクルス、コーンブレッド。
トウモロコシの粉で作る焼きたてのコーンブレッドは
香ばしくてほのかに甘く、粒々した食感がとても美味しい。
夏の日差しを遮るように枝を広げたヘーゼルナッツの木の下で
大人数で囲む食卓は賑やかで、皆笑顔に満ちていた。


丘を下って再び繁華へ繰り出す。
おばあちゃんの家からかすかに聞こえていた管楽器の音色が
どんどん大きな音になって、まとわりついてくる。
ジプシーの楽隊は小銭を稼ごうと、目に付いた人を取り囲んで演奏を披露する。
囲まれた者はチップを楽士の汗ばんだ額に貼り付けなければならない。
額が少ないと、より一層演奏は白熱して高額をねだる。
こういう時のジプシーの団結力は面白いくらい力強い。


日中は様々な会場で催しが行われ、夜は大きなステージで
たくさんの観客の熱気のなか、各国の名高いブラスバンドの演奏が聴ける。
暗闇のなかスポットライトを浴びて高らかな音を奏でるバンドも良いけれど、
強く印象に残っているのは、道端で汗をにじませながら
しつこくつきまとうジプシーの楽隊の乾いた音色だったりする。

グチャのお祭り騒ぎは5日間続く。
夜中に繁華街を後にしても、眠りにつくまでラッパの音が遠くで響いている。
朝は、ラッパの甲高い音で目が覚める。
この5日間ずっと音楽が鳴り止むことはない。


祭りの熱気に疲れたら、おばあちゃんの家で涼をとる。
夏休み中ずっと滞在している孫の男の子たちにせがまれて折り紙や漢字を教えたり、
庭に植えてあるヘーゼルナッツの実やリンゴ、プルーンをもいで山ほど食べた。
そして、猫と犬を追い回して子供のようにはしゃいだ。
こういった長閑な時間がとても楽しかった。
幼い頃、田舎の祖父母の家に帰省した時のことを思い出す。
年に一度しか会えない親戚と顔を合わせて気恥ずかしいような、
やることがなくて退屈なような、でも心が浮き浮きするいつもとは違う日々。

まるで孫になったような気分で優しいおばあちゃんに甘えて
5日間この家の一員として過ごした。


旅立つ朝、子供たちは少し淋しそうな顔をして握手をしてくれた。
おばあちゃんや娘さんたちと抱き合い、丘を下る。
後ろから「テツ、ユキ」と呼ぶ子供たちの声が聞こえて大きく手を振る。
一日に何度も登ったり下ったりした丘も、もう登ることはない。
ラッパの音がいつも通り村中に響き渡るなか、古びたバスでグチャを後にした。
興奮冷めやらない乗客の歌声がバスのなかで響いていた。

夏休みが終わって、またいつも通りの毎日が始まるような淋しさが襲う。
私たちにとっての長い休み、1年間の旅ももうすぐ終わろうとしている。


text by : yuki
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