2012.03.17 Saturday
オビエドで消えた荷物
ターミナル内に併設されているカフェが開くのを待つ。
ガラス張りの店内に明かりが灯り、扉が開くと、
表で寝ていたことを感じさせないような澄ました顔で入っていく。
コーヒーをふたつ頼み、先程まで寝ていたベンチの見える席に着いた。
ガラスの内側と外側でこうも世界が違うものかと思うとなんだか面白い。
さっきまで薄汚れた浮浪者みたいだったのに、
今は暖かい店内で優雅にコーヒーをすすっている。
駅に行き、サンティリャーナ・デル・マルという町までの切符を買う。
朝9時の列車まで時間があったのでオビエドの町を散歩することにした。
重くて大きな荷物を持ち歩くのは骨が折れるので、いつも駅で預かってもらう。
しかし、この駅では荷物の預かり所がないというので、
待合室の椅子の下にこっそり並べて置いておいた。
町には16世紀に建てられた立派な大聖堂があり、
まだ人の足もまばらな朝の静かな時間をそこでゆったりと過ごす。
大きな教会をじっと見ていると、その前を歩いている人間がとても小さく見える。
そして、その小さな人間の手によってこんなにも大きな教会を
つくりあげたのだと思うと、なんだか気が遠くなってくる。
教会を一周しているうちに、いつのまにか列車の時刻が迫っていた。
慌てて駅に戻って、荷物をとって列車に飛び乗ろうと思ったが、
荷物を置いていたはずの場所には若者が座っていて、他には何も見当たらない。
私たちの荷物は忽然と姿を消してしまった。
若者に尋ねてみたけれど、もともと何もなかったと言う。
駅の構内を探し回っているうちに列車は私たちを置いて出発してしまった。
先程まで狼狽していたが、列車が行ってしまうと妙に落ち着いてきて、
荷物が無くなったという事実をようやく受け入れて、落胆した。
旅の途中、いつも鍵もかけずにそこかしこに荷物を置き放しにしてきた。
毎回、たいしたものは入っていないから大丈夫と思って放っておいたが、
いざ無くなってみると、とてつもない喪失感があった。
無くては困るからこんなにも重い思いをしてここまで持ち歩いていたんだと
失って改めて感じたが、何とかなると言って落ち込んでいる心をごまかした。
駅員に、荷物を無くして列車に乗り遅れたと告げると
構内を巡回している警備員に問い合わせてくれた。
すると、危険物と見なされて保管所に収容された荷物があるという。
警備員の後について行くと、厳重に鍵のかけられた薄暗い部屋に
いくつか荷物が置いてあり、そのなかに見覚えのある大きな塊が見えた。
埃まみれになった私たちの荷物は無事に手元に戻ってきた。
きっと重くて持ち上がらず引き摺られてきたのだろう。
どうであれ、ほっと胸を撫で下ろした。
諦めかけていた荷物が出てきて、嬉しさのあまり駅近くのスーパーで
ワインとイベリコ豚の生ハム、じゃがいもの入ったスペインオムレツなどを
買い込んで、噴水のある広場で豪華な昼食を摂った。
祝杯をあげたと言ってもいいかもしれない。
もう冷や汗を流したことなど忘れて、
予期せぬことが起こるから旅は楽しいと陽気に笑い合っていた。
昼の3時半にもう1本列車があるというので、それに乗る。
ゆっくり走る列車に揺られ5時間、トーレラベガという町に着くなり、
急いでサンティリャーナ・デル・マル行きの最終バスに乗り換えた。
もう夜の9時過ぎだったがまだ太陽は落ちていなかった。
町をひと周りしていたら、店仕舞いをしていた靴屋のおばちゃんが
安宿を紹介してくれた。その宿主にさらに安宿を紹介してもらい、
久しぶりに宿に泊まることになった。
安宿といっても雰囲気が良く、洒落たお宅の一室でとても満足していた。
荷を解くなり、紛失を免れた衣服を丹念に洗って部屋中に干してから
気を失ったように眠った。
text by : tetsuya
| スペイン旅日記 | comments(0) |