ポルトの生ハム

時計塔の風見鶏がやわらかく照らされ始めた頃、宿を発った。
誰もいない静かな村を散歩してから、7時に出発するバスに乗る。
丘の上からくねくねと蛇のように曲がった坂道を下り
村が背後に遠のいていった。

2時間ほどでカステロ・ブランコに着いた。
バスターミナルに記された時刻表とにらめっこをして、
次の行き先を決める。
北西へ200km、ポルトという町へ行くことにした。
バスの時間までまだ余裕があったので市場へ行き、
併設された小さなカフェでガラオンを飲み、
温かいミートパイを食べる。


町の高台には城跡が残っている。
急斜面の坂道を弱音を吐きながら上ると、
街並を一望できる素晴らしい景色が広がっていた。
城壁のぽっかり空いた窓枠に腰を掛け、ビールを飲みながら
水色の空と赤茶色の屋根の綺麗なコントラストを眺める。


急いでバスターミナルに戻り、5時間バスに揺られてポルトに着いた。
町はかなり大きく、すごい人で活気づいている。
目の前をノスタルジックな古い車体のトラムが通り過ぎる。
町全体にもノスタルジーな雰囲気が漂っている。


繁華街を歩いていると、天井から豚の足が無数に吊り下げられている
小さなスタンドバーの前を通りかかった。
豚の足というのは乾燥させたもので、つまり生ハムの原形である。
中を覗いていると、カウンターで飲んでいた膨よかなおじさんに
手招きされて「一緒に飲もう」と声をかけられた。


誘われるがままに隣に立ったが、メニューがない。
店主に値段を訊いてみると、すかさず隣のおじさんが
「俺のおごりだから気にするなよ」と言って、
私に代わってワインやハムを注文してくれた。

すぐに陶器の茶碗に注がれたポートワインと
薄くスライスされた生ハムとパンが並んだ。
おじさんと乾杯してワインを一口含むと、その濃厚さに驚いた。
スライスしたての生ハムは旨味がぎゅっと凝縮されていて、
一見パンに見えない茶色のコーンパンもしっとりしていて美味い。
この3品のバランスが最高に良かった。


茶碗が空く度におじさんが勝手に注文してくれて
赤ワインも白ワインも様々な種類を堪能した。
とても優雅な時間を過ごしていたのだが、
終盤になっておじさんが財布を見て顔色を変えた。
どうやらお金が足りない様子だったので、
私のポケットに入っていたコインを出したら、
それで何とか事足りたようで一安心した。
こんなに贅沢に本場の美味しいものを食したのに
お会計は驚くほど安かった。

おじさんが別れ際に「面白いものを見せてあげるよ」と言って、
ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。
それは警察手帳で「これから仕事なんだよ」と耳打ちされた。
こんな赤ら顔で仕事に行けるんだからすごい。


ポルトは大都会だけれど、なんだか下町のような
懐かしさや安らぎを感じさせる。
細い路地や古いアパート、川に浮かぶ小さな船、
どこを眺めても心を掴まれる。


たった数時間でポルトに魅了され、ここに留まろうかとも思ったが
先程のバーで心が満たされ、発つことにした。
夜のバスで再びスペインへ入国する。

text by : tetsuya
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