モンサントの太陽

宿に泊まっている時くらいはゆっくり休めばいいものだが、
いつも私は日の出と共に目を覚ましてしまう。
特に初めて訪れた村での朝は少しでも早く外に出たくて
のんびり眠ってなどいられない。


この日も朝の静けさのなかを2人で歩き始めた。
小さな村の朝の風景はとても清々しい。
おばあちゃんが花に水をやったり、洗濯物を干したり、
おじいちゃんが朝食のパンを買いに行ったりしていて
都会の朝の時間の流れとはどこか違う長閑さがある。


まだ開いたばかりのカフェを見つけて迷わずガラオンを頼む。
ガラオンとはエスプレッソにホットミルクを半分混ぜたものなのだが、
カップではなく、グラスに注がれて出てくる。
ポルトガルのコーヒーは種類がたくさんあって面白い。
コーヒー豆やミルクのほんの少しの量の違いで名前が異なる。
私はガラオンが気に入ってこれをよく飲んでいた。

店には続々とおじさんが入っては出て行く。
みんな毎朝決まってそうしているようにマスターに一言二言声を掛け、
カウンターで注文したコーヒーをその場で立ったまま一気に飲み干す。
そんな村人の日常を見ながら心地良い時間を過ごす。


村のシンボルとなっている風見鶏のついた塔へ向かう。
この雄鶏は70年以上も前に”最もポルトガルらしい村”
に選ばれた証なのだそう。
今もその雰囲気は損なわれていない。
岩がちな地形に工夫を凝らした家々が建ち並ぶ美しい村だ。


昨日の豚のところへ行ってみるが、
まだ小屋で寝ていたので、その先を進む。
畑仕事から帰ってきたおじさんたちとすれ違うと、
「城塞には行ったのかい?」と訊かれた。
この村の城塞はかなり高いところにあるので、その姿がよく見えない。
「まだなら行きなさい。この坂をまっすぐだよ」と教えてくれた。
特別な景色が見れそうな気がして、足取り軽く坂を登った。


丘の上を目指して気軽に歩き始めたが、
巨石の間をくぐり抜けたり、枯れ草をかき分けて進み、
やっとのことで城塞に辿り着いた。
振り返ると、村の家々は遠く下方に小さく見えた。

大きな石をきっちりと積み重ねて造られた強固な城塞は、
朽ちてこそいるが、その巨大で立派な全貌が容易に想像できる。
村ひとつ分くらいすっぽり収まりそうな壮大さ。


寝返りを打ったら遥か下に転げ落ちてしまいそうな
城塞のてっぺんの積み石の上に横になる。
空には眩しすぎるほどに光を放つ太陽と、
綿飴のような白い雲が気持ち良さそうに浮かんでいる。
余計なものは何ひとつ無く、空を独り占めしている気分だ。

人けのない広大な城塞は、”天空の城”という言葉が
浮かぶほどに神秘的な空間だった。
おじさんが勧めるのも頷ける。


結局、一日中空を眺めていて日が暮れてしまった。
この村の空は特別な魅力があるような気がする。
そのうえ、朝陽と夕陽がとてつもなく美しいのだ。
燃えるような濃い茜色をいつまでも見ていたいと思った。

やっと小屋から出てきた豚と夕陽を見ていると、
すぐに村を離れる気にはなれなかった。
あれほど眩しかった太陽がゆっくりと姿を消した。


text by : tetsuya
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