トマールの朝

誰かに肩を軽くたたかれて起きた。
昨夜の強いお酒がまだ少し体に残っているような、けだるい朝。
起こしてくれた人物は、昨夜一緒に飲み歩いたカルロスの友人。
はっとして辺りを見回すと、やはり例の豪邸のリビングにいて
隣では夫がまだ寝息をたてていた。

彼が町の中心まで車で送ってくれるというので、
重い体を起こし、急いで車に乗り込んだ。
よく晴れた眩しい朝の風景に、ようやくぱっちりと目が覚めた。
カルロスの家と中心街までは思ったよりも離れていた。

町は4年に1度の祭りのために隅々までおめかしをしている。
通りという通りは薄紙で出来た色とりどりの花で彩られて、
家も店も教会もどこもかしこも美しく飾り立てられている。



そのセンスの良さといったら1歩進むごとにため息が漏れるほど。
造花といっても単調なものではなくて、実に様々な花が作られている。
小花や大輪、なかには人間の背丈以上もある巨大な花もあった。
薄紙で出来た動物や人物なども工夫を凝らした作りでとても面白い。
色のバランスも美しくてうっとりと見とれてしまう。
じっくり見て進むと細く短い路地を通り終えるのに優に1時間はかかる。
いつまでも続いてほしい夢のような通り。



この町にはポルトガル最大規模の修道院が丘の上に聳えている。
町のどこにいてもその姿が視界に入り、気になっていた。
次の町へ行く手段がようやく決まったので、
列車に乗るまでの短い時間でその修道院へ行くことにした。

時間が無いなか、急いでいくつもの階段と急な坂道を登る。
夫は昨夜カルロスに連れられて散々お酒を飲んだので
息を切らしふらふらになっていた。
自分はここで休んでいるから先を急いでと言うので
一人で修道院を目指すことになった。


辿り着いたのは、独特な建築様式が美しい迫力のある修道院。
300年に渡り増改築が繰り返されたので、棟ごとに雰囲気が異なる。
特に入り口の複雑な装飾が目を引く。
新たに修復された真新しい象牙色のレリーフの上には、
年季の入った苔むして角が丸くなっている彫刻が残っていた。
教会によく見られる魔除けの石像ガーゴイルが身を乗り出した姿で
町を見下ろしていたのが印象的だった。


急いで坂道を下ると夫は坂の中腹で地面に横になっていた。
顔を帽子で覆って手を胸の上で組んでいる。
揺すり起こすと、ぐったりしてまだ気分が悪そうだった。
「ここで寝ていたら、さっき遠足に来ていた子供たちに
どこかで摘んだ枯れ草で顔をつつかれたよ。
起き上がると『生きてるー!』って走って逃げていった」
困ったように笑ってそう話した。

町の中心に戻ると教会前がやけに賑やかだった。
今日も何か催し物があるらしい。
正装した人々が、昨日ほどではないが小さな列を成していた。
花飾りをつけた牛を先頭に鼓笛隊の音楽で行進が始まった。
ちょうど駅へ行く方向だったので、
一緒に並んで最後のパレードを満喫した。


2両しかない小さな列車に乗って、
華やかな町が遠のいていくのを、名残惜しさと満ち足りた気持ちが
混ざり合ったような心地良い心情で見つめていた。
4年後か8年後か…いつかまたこの夢のような祭りに出掛けたい。


text by : yuki
| ポルトガル旅日記 | comments(0) |