ナザレの風景

トマールという町まで行こうと早起きをして
バスターミナルへ行くが、夕方の便しかないと言われる。
ポルトガルでは親切な人が多く、ここまで助けられてきたので、
この日もヒッチハイクがうまくつかまると過信していた。

しかし、炎天下のもと何時間粘っても車は一向に止まってくれない。
目的地のトマールでは祭りがあるというのに、
焦る気持ちとは裏腹に車はスピードを上げて走り去って行く。
落胆している時に、対向車線からクラクションが聞こえた。
開いた窓からは見覚えのある顔と立てられた親指。
そう、ナザレまで乗せてくれたあの二組の家族だった。
窓から身を乗り出して「Good luck!」と叫び、
手を振る皆の笑顔が一瞬見えただけで嬉しかった。
元気をもらってヒッチハイクを続けたが、結局つかまらなかった。

気持ちを切り替えて、町を散策することにした。
バスターミナルからほど近い市場は、お昼の買い物客で賑わっていた。
ミニスカートの民族衣装を着たおばあちゃんたちが
買い物をしている姿は微笑ましい。
広い屋内市場には青果やパンや伝統菓子の店はもちろんのこと、
港町らしく魚市場もあった。どれも新鮮で美味しそうだ。


日曜日は博物館が無料なので足を伸ばしてみることにした。
ナザレの民俗博物館はとても小さな博物館だけれど、
庭に無造作に置かれていたボロボロの古い船が素敵だった。
二人座るのがやっとの小さな船。いかにも手作りという感じ。
昔はこれに乗って漁に出ていたのだろう。
こんなに小さな船で荒波を乗り切っていたのだろうか。


一番惹かれたのは太鼓のような形をした漁師の道具箱。
側面には魚の絵、蓋には”聖母マリアの奇跡”が描かれている。
ナザレの町に巡礼者が訪れるようになったのは、こんな伝説があるからだ。
濃霧の朝、狩りをしていた城主が鹿を追いかけて岬の端まで行くと、
鹿は海に転落してしまい、馬も前足を深海に踏み入れようとしていたが、
聖母マリアが現れて馬は奇跡的に後戻りをして城主は助かったというもの。
後に彼が感謝の意を表してその場所に礼拝堂を建てた。
この町ではその伝説の絵を様々なところで目にする。


博物館を見終えてすぐに向かったのは、先述の奇跡が起こった場所だ。
城主が断崖絶壁に建てた小さな小さな礼拝堂。
祭壇の脇には階段があり、さらに下へと降りることができる。
一畳もないほどの空間に、マリア像が祭られ、小窓が設けられていた。
巡礼者は体を擦り合わせながらその狭い空間で祈りを捧げていた。
天井に伝説が描かれた、アズレージョで覆われた青く小さな空間には
何か強い厳かなものが宿っているような気がする。
奇跡が信じられるような、そんな教会。


ヒッチハイクがつかまらなかったおかげで
ナザレの町をじっくり見てまわることができた。
バカンス客で賑わう海岸から一歩離れると、
細い路地には洗濯物が連なり、市場には魚の干物が売られていて、
カゴを下げたエプロン姿のおばあちゃんが買い物をしている。
馴染みのある風景にほっと心が和んだ。


text by : yuki
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