ナザレまでの道程

オビドスの旧市街を後にし、港町のナザレに向かおうと
バスターミナルへ行くが、次のバスは数時間後だった。
ヒッチハイクを試そうと町中から幹線道路に出て
車の砂埃に参りながらとぼとぼ歩いていた。

しばらくして、2台のジープの前で談笑している2組の家族の姿が見えた。
「ナザレはこっちの方向ですか?」と尋ねると、
「そうだよ」と愛想の良い返事が返ってきた。
「まさか歩いていくんじゃないよね?」と聞かれたので、
「ヒッチハイクで行こうと思って」と答えて歩き出した。


見通しの良いところでヒッチハイクを始めてすぐにクラクションが聞こえた。
音の主は先程のジープで、皆が手招きをしている。
「これから僕たちもナザレに行く事にしたよ」
と軽快に言うと、旦那さんは親指を立てた。
驚いている私たちを見て明るい奥さんは陽気に笑い、
目のくりくりした可愛い娘さんを紹介してくれた。
もう1組の家族とも握手を交わし、挨拶をした。

荷物を入れるのにトランクを開けると、
思い出したように「お腹空いてない?」と聞かれた。
朝からたいしたものを食べていなかったので
お腹を押さえて「空いてる!」と即答した。
トランクの中に入っていた大きな箱にはサンドイッチに
ポルトガルの伝統菓子、ナタというエッグタルトや
カップケーキが溢れんばかりに詰まっていた。
両手を広げ「好きなだけどうぞ」と言われたけれど
少し遠慮して、それでも両手いっぱいに貰う。
夫婦は「もっともっと」と言ってさらにその上に乗せてくれた。
ふさがった両手で不器用に車に乗り込み、ジープはナザレへと走り出した。


2組の夫婦は仕事中だそうで、とてもそんな風には見えなかったが
助手席に座る奥さんが、たまに標識や悪路を熱心に紙に書き込んでいた。
どうやらジープに乗って道路状況を確認するチームのようだ。
仕事先を自由に変えられるなんて羨ましい。

2台のジープはことあるごとに無線のやりとりをしていて、
「2人の出身は?どうぞ」   「日本です。どうぞ」
「年はいくつ?どうぞ」    「29才です。どうぞ」
「ポルトガルは好き?どうぞ」 「好きだそうです。どうぞ」
などと私たちに無線で質問がきて、それを笑いながら伝言している。
美味しいサンドイッチとお菓子を頬張りながら、
質問に答えているうちに、あっという間にナザレ市内に入っていた。


近道なのか、絶景を見せてくれるためか、泥が乾いて凹凸の激しい道を
ジープが大揺れに揺れながらぐんぐん登っていくと
突如、緑がかった青色の海が崖の下に現れた。
目の前に海が広がったところで車は止まった。
降りると久しぶりに潮の香りがした。
海岸の町で育った私は、潮の香りがするだけで妙に落ち着く。


夫婦に心ばかりのお礼を差し出したが、頑なに受け取らず、
それどころか、さらにサンドイッチやお菓子を袋に詰めてくれた。
良くしてもらい過ぎて返って決まりが悪く、
コーヒーをご馳走すると意気込んでカフェに入り皆で一服した。
程なくして2台のジープは走り去り、温かい気持ちが残った。
親切さも陽気さも持ち合わせた仲睦まじい家族との交流は、
単に移動するだけの1時間とは全く違ったものになった。


海岸沿いで熱心に宿の客引きをしている
おばちゃんたちには少し辟易してしまい、
消極的に佇むおばあちゃんに頼むことにした。
おばあちゃんはゆっくり立ち上がって、
ペスカドーレスと呼ばれる昔の漁師の住居地区に入り、
ロープに掛かった洗濯物がはためく細い路地で立ち止まって鍵を開けた。
海から徒歩2分の好立地だった。
室内も青いタイルで彩られていて美しく、申し分ない宿。
身軽になった私たちはナザレの漁師の気分で海へ出かけた。

text by : tetsuya
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