オビドスの城壁

夜のバスでリスボンからオビドスへ向かった。
オビドスに着くと、旧市街の細い道に出店が並びとても賑わっていた。
どうやら祭りの期間だったらしく、遅くまで演劇をやっていたようだ。
ビロードのドレスや騎士の衣装に身を包んでいる人があちこちにいる。

小雨が降ってきたので、数日ぶりに宿を探す。
扉に小さく貼られた”プライベートルーム”
の文字を見つけては値段を聞いてまわった。
祭りの時期だからか、通常なのか、どこも高い。
結局、最初に尋ねた客室が1室だけの小さな宿に決めた。
宿主のおばあちゃんにお金を払おうとしたら、
払いきる前に「これで大丈夫よ」とまけてくれた。
きっと無銭旅行を悟ってくれたのだろう。


考えてみれば、野宿続きだったので、
ここが西ヨーロッパでの初めての宿だった。
ルーマニアの民家に泊めてもらっていると、
食事をして酒を飲んで延々と話をして、少しだけ寝る
というのが普通になってしまったので、
ただ眠るだけの部屋を提供されると、どうも物足りない感じがする。
部屋でゆっくりするよりも家主やその家族と交流を持つ方が性に合う。


翌朝は、どんよりとした曇り空だった。
高い城壁に囲まれた趣のある旧市街を散歩する。
昨夜はあんなに賑わっていたのに、町はしんと静まり返っている。
どこの家にも植物が植えられていて、花だけが美しく咲き誇っていた。


ふと後ろを振り返ると、いつの間にか妻の姿が消えていた。
私はいつも気の向くままに足早に歩いてしまうので、
突然足を止めて撮影に夢中になる妻とよくはぐれる。
連絡の手段は無いが、お互い慌てることはない。
きっとどこかで会えるだろうと思っている。

町の入り口にカフェがあったので、
ここで待っていればいつか前を通るだろうと思いコーヒーを頼む。
それが1時間待っても2時間待っても一向に姿が見えない。
私は待ちくたびれた挙げ句、隣のおじさんにつられてビールを飲み始める。


気分が良くなったところで店を出て、
大きな石の階段を登り城壁の上を歩いた。
空が近くに感じる。
日本で空を見上げることは少なかったが、
ルーマニアに住んでからは随分と空が好きになった。
いい場所を見つけるとそこに寝転がり何時間も過ごす。
ただじっと空を見上げるだけの贅沢な時間。


城壁から町を見下ろすと妻が歩いているのが見えた。
はぐれてからもう5時間が経っていた。
ようやく会って早々に「何か食べた?」と聞かれた私は
自分の顔が赤くないか気にしながら「少しだけ」と答えた。
妻はひどく空腹だったらしく急いで商店へ駆け込んだ。
ほとんどお金を持たずに別れてしまったので、水すら買えなかったらしい。
朝から1滴も口にしていなかった妻はようやく息を吹き返したようだった。
その時、重たい雨雲が去って急に晴天になった。


昼を過ぎてから町は再び活気を取り戻した。
剣と盾を持ち鎖帷子を着て馬に跨がった騎士や
ドレスを引きずる貴婦人たちの姿が目立つようになり、
鼓笛隊も登場して、やがて町中を練り歩くパレードが始まった。
旧市街の入り口から押し寄せて来る人たちに逆らうように私たちは町を出た。
行進曲が少しずつ遠ざかっていった。

text by : tetsuya
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