橋を守る町モスタル

セルビアからボスニア・ヘルツェゴヴィナへの入国は
案外あっさりしたものだった。
国境の警備が厳しくなっているとの話を聞き、
何か問われたりするのだろうと構えていたので拍子抜けした。
にこやかな入国管理員が私たちを珍しがって喜び、
入国スタンプの押されたパスポートがすぐに返ってきた。

バスがサラエヴォに到着すると、
列車に乗り換えてモスタルという南部の町に向かった。
段々と濃い藍色に染まる空に包まれてのんびりと走る列車は
大きな湖の湖畔を走り、1時間遅れで町に到着した。
旧ユーゴスラヴィアの列車はよく遅れる。
乗客は気にする様子もなく、1時間遅れなんていい方だと言う。
確かに、私たちも列車の遅れなど気にしなくなってきている。

清々しく晴れた翌朝、その川の色に驚いた。
昨晩は暗くて分からなかったが、透き通った青緑色をしている。
切り立った岩場の間を流れる川はゆるやかに湾曲して町の真ん中を縫っている。
空や森を描いた水彩筆を洗った後の水のようだ。

このネレトヴァ川を境に、ムスリム人の住む区域と
クロアチア人の住む区域とに別れている。
今でもあまり互いの往来はないそうだが、
町はそんな緊張感を感じさせない明るい雰囲気に包まれている。
ほんの十数年前まで戦渦にまみれていたなんて今では想像できない。
こんなにも美しい町に暗い影が落ちていたなんて。
町にはモスクの尖塔が目立ち、オスマン朝の雰囲気が色濃く残っている。

この町のシンボルはアーチ状の橋。
紛争中は無惨にも破壊された橋だが、今は綺麗に修復されて
たくさんの旅行者がこの小さな橋を行き交っている。
冷たい川に足を浸して美しい半円を描くこの橋を見上げると、
その先に見える旧市街の古い建物が額にぴたりと収まっているかのようだ。
ちなみに、モスタルという地名は、”橋を守る人”という意味らしい。
一度は壊された橋だが、今では町の人々に守られている。
当時の建築技術の高さがうかがえる橋、スターリ・モスト。

橋の両岸はチャルシャと呼ばれる職人街のようになっていて、
様々な店が軒を連ねている。
織物屋や金物屋からは小気味良い職人の作業音が聞こえてくる。
専門店もたくさんあるが、なかでも多いのはやはりお土産屋だ。
川岸にオリエンタルな品々が並ぶ。

なかでも異彩を放っていたのは、白い服に身を包んだ白髪に白髭のおじいさん。
小さな店を持っているのだけれど、全く接客をする気がない。
お客が近づいてもギターをぽろんと鳴らすだけ。
おじいさんの店は他の土産物屋とは一線を画した変わった品がたくさんあった。
片方しかない革靴や描きかけの絵画、どこかで拾ってきたのでは……
と思うようなものもちらほら見える。

そんなめちゃくちゃに押し込んだ得体の知れない品が案外どれも素敵なのだ。
引っ張りだすと美しい模様の織り物や精巧な民芸品だったりする。
ここにはすごいお宝が眠っているんじゃないかとの思いも浮かんだが、
ひとつを取り出そうとすると全てがなだれ落ちてきそうで怖い。
でも、この店は眺めているだけで十分満足できてしまう不思議な店だ。
ギターを片手に小さく口ずさむ味わいのあるおじいさん。

こんなふうに臆せず自分の世界をさらけ出す店に憧れる。
自分の店を持っていても、緊張したり遠慮したりすることがある。
本当はどんなことをやってもいいはずなのに。
でも、それは白髪のおじいさんだから出来るのかもしれない。
店の棚から落ちてきた1枚の写真には、商品が綺麗に陳列された店と、
その前で微笑む若かりし頃の正装したおじいさんの姿があった。

様々な歴史を見てきたおじいさんが口ずさむ歌は哀愁がある。
町の様子が変わっても、何かを貫く、そんな年の重ね方をしたい。

text by : yuki
| ボスニア旅日記 | comments(0) |