機関車の止まる村モクラ・ゴラ

この曲がかかるとつい手を止めて画面に釘付けになってしまう。
プロモーション・ビデオが秀逸なのだ。
旧ユーゴスラビアが生んだ映画監督であり俳優の
エミール・クストリッツァは、大好きな映画監督のひとり。
彼は、ギターとして参加しているノー・スモーキング・オーケストラという
ブラスバンドのプロモーション・ビデオを撮っている。

特に映画『黒猫・白猫』の挿入曲となっている『Unza Unza Time』という曲の
プロモーション・ビデオが好きで繰り返し見てしまう。
機関車に乗り込むシスター、新郎新婦、葬儀屋、ブラスバンドのメンバーが
1曲の間に様々なやりとりを生んでいく。
そこには、瞬きができないほどにたくさんのストーリーが詰まっている。

そのプロモーション・ビデオに登場する機関車にそっくりな保存鉄道が
ボスニア・ヘルツェゴヴィナとの国境近くのセルビアの村にある。
その列車に乗ろうと真夜中に村に着くと、外灯は役目を果たさず
真っ暗闇をさまようことになった。

なんとか鉄道駅に隣接する宿に泊まることができた翌朝、
窓を開けるとちょうど列車が子供たちを乗せて出発するところだった。
大きな汽笛を鳴らして、子供たちは誰にともなく手を振り
その姿はゆっくりと小さくなっていった。
深緑色の4車両の列車が14kmの道のりをのんびりと走る。

次の便に乗り込むとまたしても子供たちで満席だった。
木の長椅子に小さな女の子と相席をして列車は動き出す。
列車はいくつものトンネルを通過する。
暗闇になる度に子供たちは揃って奇声を発するのが可愛らしかった。
トンネルを出て視界がぱっと明るくなると
子供たちはお互いの顔を見合わせてくすくすと笑った。
車内は木造で、冬用にストーブまでついている。
陽気な駅員が運転している。

列車はノンストップで終点まで行くと、途中駅に寄りながら元の駅に戻る。
途中駅といっても、景色の良い高台だったり、小さな売店のある休憩所だったり。
どの駅も森の中にあるので、そこで下車する乗客はいない。
駅員が「そろそろ出発するぞ〜」と大声を掛けると乗客は一斉に車内に戻る。
途中駅のなかでも一番の見所は線路が8の字になっているところ。
この保存鉄道の名は『シャルガンスカ8』。
起伏の激しい山道に敷かれた線路が8の字になっているのでこの名がついた。
列車は美しい森のなかを湾曲しながら駆け抜ける。

駅に着くと、近くにあるドゥルヴェングラッド村へ急な山道を登って向かう。
ここは、エミール・クストリッツァが映画を撮った小さな村で、
この村を気に入ったクストリッツァが後に買い取り、映画館やレストランや
宿など様々な施設を整えて、映画村として公開しているところ。

彼の作品のなかで最も好きな映画のひとつ『ライフ・イズ・ミラクル』の
舞台となった村なので以前からここに興味を持っていた。
この映画の始まり方がすごくいい。
失恋して涙を流すロバが線路に佇むシーン。
これだけでもう、この映画が好きになった。
実際の建物そっくりそのままの精巧なドゥルヴェングラッド村の模型。

山道を登りきると、古い木造家屋が見えてきた。
でも、ただ古いままではない。
窓枠や扉が妙な配色で塗られている。
さらに進むと奇妙な彫刻や絵がそこかしこに転がっていた。
古民家や古い教会があり、一見すると野外博物館のようだが、
この村はやはりクストリッツァ色に染められている。
たくさんの薪を蓄えた古民家も、鮮やかな緑色の扉を持つ。

映画の印象を持っていくと、その奇抜さに拍子抜けしてしまうが、
村をひとつ買い取ってしまうほどにここを気に入るところには共感できる。
先述の失恋して涙を流すロバや、人間が食べているパンを横取りする猫、
入浴する熊など、映画に登場する動物たちが出てきそうな雰囲気だ。
そして、主人公である鉄道技師のルカが慌てて家から飛び出してきそうだ。
辺り一面の景色が見渡せる山上の小さな教会。

クストリッツァの世界に浸れるこの村では、
映画のこと、音楽のこと、さらに紛争のことまでも自然と考えさせられるところ。
そして、ノー・スモーキング・オーケストラの『Unza Unza Time』という曲が
繰り返し頭の中で流れるところ。

text by : yuki
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