テルチの砂糖菓子の家

クトナー・ホラからブラチスラヴァへ向かう途中、
テルチという3つの池に囲まれた小さな町に立ち寄った。
陽が沈みかけた薄暗い時間に駅へ着くと、
どんよりとした雲が空を覆い尽くしていた。


旧市街へ向かって歩いていると、雨がぱらぱらと降ってきた。
雨の日の野宿は寒くて辛過ぎるので、この日ばかりは宿を取ることにした。
しかし、どこの宿も空き部屋がなく、重い荷物を引きずって探しまわった。
町の端にある高そうな宿で、思い切って安宿を尋ねると、
親切な宿のお姉さんが「内緒で安くしてあげる」と言って、
随分とまけてくれたので即決した。
しかも、通された部屋は驚くことにロフト付きの4人部屋。
いつも宿のない自分たちに分けてあげたいと思うほど贅沢な部屋だった。


荷物を置いて、夜雨のなかレストランを探しに旧市街へと向かう。
ちょうど何か演劇のようなものが終わったところらしく、
旧市街の中心に聳える城からは民族衣装を着た子供たちが続々と出てきた。
お祭りの最中なのか、広場にはいくつもの露店が並んでいる。
賑わっている露店で焼きたてのローストチキンをまっぷたつに切ってもらい、
長椅子で相席をして地元の人に混じってチキンを頬張りビールを飲んだ。
見知らぬ人からもビールをご馳走になり、祭りの騒めきに酔いしれた。
チェコのビールは美味しいのでいくらでも飲めてしまう。


薄闇のなか、左右に建ち並ぶ家々をぼんやり眺めていると、
子供の頃に何気なく描いていた空想の家に
どことなく似ているような気がした。
平面的で現実味のない家々だが、ノスタルジックで愛らしい。

マシュマロのように柔らかいベッドで眠った翌朝も
雲は重たかったが、足取りは軽かった。
久しぶりの宿の朝食に浮かれ、
胃袋が破けるかと思うほどにたらふく食べた。
恒例のサンドウィッチもこっそり作ってバッグに忍ばせた。

外に出ると雨も上がり、陽が射してきた。
旧市街に出ると昨夜は暗くてよく見えなかった家々が
やわらかく淡い綺麗な色を付けていた。
妻は顔をほころばせ「砂糖菓子みたい!」と叫ぶと
呆れるほどにじっくりと1軒1軒見てまわった。
近くで見ても、色付けされた砂糖で絵を描いたクッキーのようだ。


約500年前に町が全焼した際、家を建て替える市民に
ルネッサンス様式で建てるよう領主が命令したことがきっかけで
このような町並みができたのだという。
市民がそれぞれ趣向を凝らした家々が整然と並ぶ旧市街は
あまりにも美しくおとぎの世界に取り残されたようだった。

夢と現実の狭間のような景色がまだまだこの世にはたくさんあるのだろう。
これからもそんな景色を見続けていきたい。


text by : tetsuya
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クトナー・ホラの納骨礼拝堂

まだチェコという国を意識したこともない頃、
ヤン・シュヴァンクマイエルの「kostnice」という映画を観た。
骨で埋め尽くされた礼拝堂を映しただけの
たった十分ほどの映像は、ただただ美しかった。
それから買い付けで何度もチェコを訪れたのに
その礼拝堂に足を伸ばす機会は一度も無かった。
けれどもずっと頭の片隅にその映像は残り続けていた。


プラハから列車でクトナー・ホラという町に向かった。
列車のなかで検札のおばちゃんに切符を見せようとしたら
ジャケットのポケットに空いた穴から落としてしまったようで
「買い直しなさい」と迫られたが、小銭を入れていた
ズボンのポケットまでも見事に破れていて、呆れ顔で見過ごしてくれた。
草原に囲まれた田舎駅で下車して、容赦なく照らす太陽の下を歩き始める。


墓地に囲まれた小さな礼拝堂が現れた。
地下へ降りていくと、ひんやりとした空気が体の熱をみるみる奪い去っていく。
温度だけではない、ここに漂う独特の空気がそうさせているのだろう。
薄暗い礼拝堂のなかに入るなり、あの映像の記憶がはっきりと蘇る。
整然と積み重ねられた無数の骨は、圧巻としか言い様がない。


礼拝堂の中央にぶら下げられた八腕のシャンデリア、壁面を飾る十字架や紋章、
ふたつの聖杯にいびつな文字まですべてが人骨で造られている。
エルサレムにある聖墓の土をまき、聖地と見なされたこの礼拝堂には
中欧各地から埋葬を望む人々の遺体が集まったという。


ひとつひとつ丁寧に並べられた四万人もの遺骨は
不思議と死を感じさせない。
むしろ儚い人間の生の意味を問われている気さえする。
誰も死を避けることはできない。
ならば、より一層人生を楽しまなければならないと思った。


text by : tetsuya
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プラハのビアホール

パリからシュトラスブールを経由して
白み始めた早朝のプラハに着いた。
プラハは冬に何度か訪れていたが、夏に来たのは初めてだった。
朝の静けさの漂う町をうろ覚えの頭で歩きはじめる。
パリの蚤の市で見つけたものが今はずっしりと重く感じられる。


柔らかな日差しが町を薄い橙色に照らしている。
懐かしい気持ちで買い付けの度に訪れていた
クマのマークが目印のアンティーク店に向かったのだが、
店の扉には浮かれた張り紙が貼られていた。
どうやら店主のおじいさんはバカンスに出てしまったらしい。
扉はしっかりと閉まっている。
この店に来るのを一番の楽しみにしていただけに
淋しい気持ちに襲われた。

旧市街へ行くと、たくさんの人で溢れていた。
美しい古都を一目見ようと多くの観光客が訪れるのだろう。
可愛らしいお城やお屋敷があり、素晴らしい町並みだと思うけれど、
プラハは夏よりも冬の方が似合うと思う。
家々の赤茶色の屋根を真っ白に覆う雪景色は絵本のなかのように幻想的だ。


陽が沈む頃、プラハに来た時には必ず足を運ぶ
町で最古のビアホール、ウ・フレクーへ向かった。
かつて修道院だった古い造りの店内に響き渡る
陽気なアコーディオンの音色に酔いしれながら、
絶品の黒ビールを飲んで贅沢な夜を過ごす。

旅の質は食事で決まると思う。
せっかく旅をしているのだから郷土料理を食べて、
地酒を飲まなければ意味がないとさえ感じる。
眠るだけなら野宿でも構わないけれど、
適当に食事を済ませようとは決して思わない。
旅での食事は、その土地の情景を含んでずっと心に残っている。


初めてウ・フレクーに訪れた時のこともよく覚えている。
他人同士の客が、酔っ払って皆で肩を組んで歌い始めた。
年季の入った長机の周りには大きな人の輪ができていて、
皆、大きな口を開けて心底楽しそうに歌っていた。
その光景を見ながら、この陽気さこそがビール大国の素晴らしさだと感動した。
コクのあるチェコの黒ビールには、人を繋げる不思議な魅力があるのだと思う。

text by : tetsuya
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