キスキスパース!

いよいよパリを発つことにした。
日にちの感覚がないまま2〜3日滞在したつもりでいたけれど、
数えてみたら1週間以上もパリに居たことに気付き、驚いた。
ちえちゃんの家はあまりにも居心地が良かった。

朝食時に、突然夫がバゲットをナイフで削り始めた。
一心不乱にパン屑を散らして出来上がったのは
パリジャンじゃなくて”パンジャン”。
何かが乗り移ったようにパンジャンは生まれた。
そして、ちえちゃんの家の新しい住人となった。


ちえちゃんが電話でプラハ行きのチケットを取ってくれた。
夕方の便だったので、近所の公園やマルシェを散歩して
最後のパリをしみじみと味わった。

長く居候したちえちゃんの家を出発する時、
その後の旅が順調にいくようにとお守りをくれた。
シュトラスブールの大聖堂がかたどられたお手製のブローチ。
朝からいそいそと縫い物をしていると思ったらこれを作っていたのだ。
ちえちゃんは照れて、猫のシーレからの贈り物だと言った。
知らん顔のシーレのしっぽから受け取ってそれぞれの帽子に付けた。


別れ際、ちえちゃんは目に涙を浮かべていた。
「またね」と言って抱き合って、いつまでも手を振り合った。
ちえちゃんがいなければ、こんなに長くパリにはいなかっただろう。
田舎の旅ばかりの私たちに都会のささやかな楽しさを教えてくれた。

久しぶりに重い荷物を抱えてバスターミナルに着くと、長蛇の列ができていた。
ようやく私たちの番になると、チケットを見た係員は顔をしかめて
「このバスはもう出たわ」とそっけなく言った。
意味が分からず何度も確認すると、
17時発だと思っていたバスは16時にすでに出発していた。

顔面蒼白になり、電話でちゃんと確認したのだからと
なかなか取り合ってくれない係員に食いついて、
払い戻しができないところを何とか明日の便に変えてもらった。
長い格闘の末、疲労困憊したがチケットが無駄にならずに済んでよかった。

疲れてとぼとぼとちえちゃんの元に戻る。
お店番を終えたちえちゃんは、いなくなったはずの私たちを見て
「まぼろし!?」と叫んだ。
チケットのことを説明すると、突然顔を真っ赤にして走って木陰に隠れた。
たまたま居合わせたフランス人の友人アンジェラは目を丸くして
「キスキスパース?キスキスパース?」と不思議そうに言っていた。
そう、人形劇場で聞いた「キスキスパース」(何があったの?)だ。

てっきりチケットオフィスのオペレーターが
出発時間を言い違えたのかと思っていたら、
どうやらちえちゃんが聞き違えたらしい。
木陰からそろそろと出てきて、
「16と17をよく間違えてしまうの……ごめんね!」と言った。
こういう時、予定のない旅で本当によかったと思う。
また3人で夕食を食べられることがとてつもなく嬉しかった。


text by : yuki
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パリの休日

開けっ放しにしたカーテンから朝陽が降り注ぐと、
誰からともなく自然に起きだす。
のんびりとマルシェに出掛け、新鮮野菜や果物を吟味して、
近所の小さな老舗のカフェで一息ついて、
パン屋で焼きたてのバゲットやクロワッサンを買い込んで
ちえちゃんの家に戻り、ゆっくりブランチを摂る。
野宿の朝とはすいぶんと違う、清々しい毎朝。


パリの週末の楽しみは何といっても蚤の市。
町の各所で開かれる蚤の市は、それぞれに特徴がある。
そのなかでも十代の頃に訪れたことのある大きな市に出かけた。
旅の記憶は断片的にしか憶えていないのに、
蚤の市のことだけはなぜか鮮明に憶えている。
その時に買った、壊れた革張りのハンドミラーは、
今でも手放すことのできない大切なもの。

お昼過ぎに、重たい雨雲と共に突然、強い通り雨に見舞われた。
大急ぎで店仕舞いをしてがらんとした通りには、
放り出されたガラクタが、ずぶ濡れになっていた。
古いレースや革のスリッパや色褪せた手紙を拾い上げると
どれも味わいがあって素敵なものばかり。
濡れてずっしりと重くなった放出品を集めて蚤の市を後にした。


思わぬ拾いものを大事に抱えて、雨の上がった町をうきうきと散歩していた。
仕事に出かけたちえちゃんからは、何枚かの小さな紙を渡されていた。
おすすめの公園や好きなお店、地図などと共に
”ここに着いたらこれを開けてね”とメッセージが書かれている包み紙を
目的地でカサコソと開いた。
すると、5ユーロ紙幣がぽろりと落ちた。
紙幣を包んでいた紙には”このパン屋さんでリンゴパンを買うこと”
と書かれていた。どうやらちえちゃんの一推しパンらしい。
必要最低限の買い物しかしない旅人の私たちを想って
大好きなパンのお小遣いにと包んでくれたのだ。
ちえちゃんの心遣いに感激して、パン屋の扉を開いた。


パン屋の向かいにある公園で香ばしいパンを頬張っていると、
みるみるうちに青空が広がってきた。
パリの天気は変わりやすい。
公園を散歩しようと立ち上がったら、チリンチリンと鐘の音が聞こえた。
音の先には、エプロンを付けたおじさんが
小さなハンドベルを振って声を張り上げている。

近くまで行ってみると、そこは小さな劇場小屋になっていた。
公園内に劇場?と驚いたけれど、
後で聞くところによるとパリではよく公園に併設されているそう。
おじさんは「もうすぐ劇が始まるよ」と片言の英語で教えてくれた。

階段を降りて劇場内に入ると、子供のはしゃぎ声で溢れていた。
低い長椅子は子供とそのお母さんたちでいっぱい。
その間に座り、真っ赤な幕が上がるのを待った。

大音量の陽気な音楽と共に出てきたのは三角帽子を被ったパペットだった。
ふたりのパペットは音楽に合わせて踊り、寸劇が始まった。
登場人物は時たま客席に何か話しかけている。
子供たちは嬉しそうに声を合わせてパペットに答える。
みんなで唄を歌う場面もいくつかあった。
そのなかで印象的だったのは「キスキスパース!キスキスパース!」
というフレーズ。なぜか耳に残って一日中繰り返し頭の中で流れていた。

とてつもなく可愛らしいパペット劇はあっという間に終わり、
終演の音楽に合わせて出てきたのは
先程、開始の鐘を鳴らしていたおじさんだった。
あのおとなしそうなおじさんが、陽気なパペット使いだったなんて!
衝撃的だったけれど、すごく素敵な仕事だと思った。
花の咲き乱れる公園内の小さな劇場をひとりで切り盛りする
パペット使いのおじさん。とても憧れる。

パリの街角で出会うものは不思議と非日常的な特別なことばかり。
一瞬で違う世界に引き込まれてしまう。
この町に惹き付けられる人が多いのもよく分かる。

劇中に聞いた「キスキスパース!」は、
「どうしたの?」「なにがあったの?」という意味だと
帰ってからちえちゃんに教えてもらった。
その後、真に迫った「キスキスパース!」を耳にすることになるとは
この時はまだ思ってもみなかった。

text by : yuki
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ピカシェットの家

ちえちゃんがお休みの日、一緒にパリ郊外へ行くことになった。
パリ滞在中にどうしても行きたいと思っていたところへ。
その異彩を放った家を見たのは、写りの悪いざらざらとした写真だった。
それでも、細かいモザイクで覆われた家はとても美しく見えた。

郊外電車に乗ってシャルトルという可愛い名前の町に着いた。
町自体も可愛らしくて、緑の映える小川が流れ、
木組みの古い家並みが残る風情のある町だった。


この町のシンボルは背の高い大きな大聖堂。
ステンドグラスが有名で、深い青色のガラスが
眩しい陽光に照らされ神々しく輝いていた。
広い聖堂内は、たくさんの巡礼者で賑わっていた。
巡礼者でなくとも、その凝った造り、特に細やかな彫刻に目を奪われる。
暗い聖堂内から外へ出ると、ステンドグラスと
たくさんの蝋燭の灯りの残像が目の前にちらつく。
一匹のまるまると太った猫が近づいて来て、残像は消えた。
猫好きのちえちゃんは猫とじゃれてなかなか離れない。
「うちに来る?」と、謎の対話も始まった。
不思議と猫は嬉しそうな顔をして、ちえちゃんの話に答えているようだった。


町の中心を離れ、墓地の前を通りかかると、
ふくよかなおじさんに声を掛けられた。
手招きされるままに近づくと
「ピカシェットの家に行くのかい?」と訊かれた。
目的地であるピカシェットの家はすぐそこだと言う。
墓地を横切ると近道なのだと教えてくれた。
一見強面だけど、笑顔がチャーミングな優しいおじさん。
「すぐそこに入口があるよ」と指さして、家路についた。

おじさんに教えてもらわなかったら絶対に辿り着けなかっただろう。
住宅街にひっそりとある門をくぐって、
人ひとりがやっと通れるくらいの細い通路を抜けるとあの家が見えた。
憧れていたモザイクの奇妙な家。


ピカシェットの家は、レイモン・イジドールというおじさんが
22年もの歳月をかけてひとりで造り上げた家。
墓守をしていた彼は、墓に供えられた花瓶やお皿など
割れたものを拾い集めては、家の壁面をそれらで飾っていた。
ピカシェットとは物乞いの意味で、彼のそんな行動からついた名前。


外観を見て予想以上の大きさに驚き、中に入ってその広さにまた驚いた。
実際にはさほど大きな家というわけではないけれど、
その陶器の破片の量は膨大なものだ。
家の外壁、内壁はもちろん、机や椅子、ミシン、ベッド、暖炉、
庭に至るまですべて陶器のモザイクで彩られている。


それも、ただ単に繋ぎ合わせただけではなくて、
花や動物が描かれ、表情豊かな人間の姿にもたくさん出会える。
目を見張るのは、先程見たシャルトルの大聖堂や
フランス国外の聖地までも壁一面にぎっしりと描かれている中庭の壁。
青空を背景に、丘の上に広がる田舎町を上空から見ているような
そんな不思議な世界に迷い込んでしまう。


きっと敬虔なキリスト教徒であったのだと思う。
宗教色の強いモザイクが多く描かれているのに加え、
照明のない、小さくくり抜かれた窓の明かりだけが差し込む
こじんまりとした礼拝堂もあった。
ここで熱心に祈りを捧げていたに違いない。
彼のストイックな精神が垣間見える。


モザイクも然ることながら、彼の描く絵ものびやかで素敵だ。
細かなモザイクとは反対に、おおらかな絵が多い。
花模様が描かれた天井やモン・サン・ミッシェルの町が描かれた壁、
牛や猫や田園風景や農民たちなど、牧歌的なやさしい絵。
もしかしたら、これらもモザイクの下絵なのかもしれない。
64才で亡くなるまで造り続けていたこの家はまだ未完成なのだから。


家に帰る途中に落ちていた空き瓶を拾ったことがきっかけだったらしいが、
オートリーヴで見た、たったひとりで30年以上もかけて石を拾い集め
理想宮を建てたシュヴァルとなんだかよく似ている。
脇目も振らず、夢中で陶器を拾い集め、家を飾り立てたレイモンも、
周囲から白い目を向けられていたらしい。
それでも、今日では人々を魅了する素晴らしい建造物として認められている。
何事も、特異なことは非難されやすい。
それでも何かを貫く人物は、とても力強く輝いて見える。
展示されていた彼の写真の満ち足りた笑顔が印象的だった。


ここに来る前に横切った墓地は、レイモンがかつて
墓守をしていたところだということが分かった。
再び墓地を通って、ベンチに腰を掛けた。
よく見ると、お墓を飾っている陶器のバラやスミレは、
ピカシェットの家のあちこちに散りばめられていたものだ。
家を飾っていたものも、特別なものは何もない。
壊れたお皿やカップやガラス瓶。
不要なものでこんなに素敵な家が造れるなんて。
豊かな創造力さえあれば、どんなものでも造り出せるのだと教えられた。

text by : yuki
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パリの妖精

リヨンを経ってパリに着いたのは、
これから夜を迎えようとしていた仄暮れ時だった。
パリ・リヨン駅の界隈はお洒落なカフェやレストランの灯りと
人々のおしゃべりで賑わっていた。

慣れない地下鉄を乗り換えてパリの中心までやってきた。
地上に出ると外はすっかり暗くなっていた。
もうすぐ彼女に会えると思うと、なんだかうきうきして
顔がほころんでくる。まるで恋人に会うみたい。

10年ちかく前、学生生活を終えて何がきっかけなのか
夢中でぬいぐるみをつくり始めた。
当時、今もつくり続けている白くまのボーが出来上がったばかりで、
そのボーと共に様々な雑貨屋を巡っていた。
気に入った店でおもむろにボーを取り出しては、
店に置いてもらえないか頼んでいた不躾な二十歳の頃。
彼女は小さな可愛らしい雑貨屋で店番をしていた。

ぬいぐるみの名前や値段を一緒に決めたり、
初めてフレデリックの個展を開いたのもその店だった。
いつもそこへ足を運ぶのが楽しくて仕方がなかった。
残念ながらもうなくなってしまったが、とても思い出深い、
ぬいぐるみ作家になりたての頃をその店で共に過ごした。

彼女に会うと、その少女のような妖精のような不思議な可愛さに
呑み込まれるというか、巻き込まれてしまう。
道端の花を摘んだり、落ち葉を拾ったりしてそのままバッグに入れ、
可愛いパッケージの角砂糖を見つけてはそのままバッグに入れ、
いつもバッグの中はしおれた草花や砂糖でじゃりじゃりしている。
いくつか年上なのに、うんと幼い子供のような、
そんな変わった友人ちえちゃん。

近くに公衆電話がなかったので、住所をたよりに
そのままちえちゃんのフラットへ行ってみる。
思ったよりもすぐにそのフラットへ辿り着けたが、部屋番号がわからない。
部屋番号を伝え忘れているというのも彼女らしいのだけど。
仕方なく、通りの対岸へ渡って大声で叫んでみた。
「ちえちゃ〜〜〜〜ん!」
すると、最上階の窓からひょっこり顔が見えて、えへへと笑っている。


数年ぶりに会うちえちゃんは全く変わっていなかった。
好みも変わっていなくて、相変わらず可愛いものや花に囲まれて暮らしていた。
そして、木製のロフトやタイル張りのキッチン、花模様のバスルームなど
ちえちゃんにぴったりの素敵な部屋に住んでいた。
うっとりしてしまうほど”パリの女の子の部屋”だった。


ちえちゃんは、パリで暮らし始めてもう4年になる。
突然パリ行きを決めたと思ったら仕事を辞めていて、
いつの間にか渡仏していた。
風の噂では、パリが肌に合っているらしいと聞いていたが、
実際に会ってみると、本当に生き生き暮らしていて楽しそうだった。

夜はちえちゃんが用意してくれた手料理をご馳走になった。
子供の頃から、ご飯もお味噌汁も魚も煮物も好きじゃない、興味がない
というちえちゃんは、日本に生まれたのが間違いだったのかもしれない。
チキンと根菜のマスタードクリームソースを一口食べてそう思った。
手の込んだ美味しい欧風料理を鼻歌でも歌いながら
この可愛いキッチンで毎日作っているのだろう。


先程から食事をじっと狙うふたつの視線をひしひしと感じる。
ちえちゃんと共に住む2匹の白猫だ。
ふわふわで愛おしい「シーレ」と「ミーファ」は兄弟で、
ちえちゃんが出生を見届けた大切な愛猫。
ひとり暮らしをしていても、全然淋しそうに感じないのは、
3人(1人と2匹)が家族のように仲良しだからかもしれない。


何年も会っていなくても、
こうして居心地良く過ごせる人はそういないと思う。
いつ会っても心が躍る魅力的な存在。
パリの空気にとてもよく馴染んでいるちえちゃんを見て
幸せな気持ちになった。

text by : yuki
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リヨンの夜

真夜中とはいえ、リヨンの町は明るかった。
煌々と輝く通りを大荷物を背負って駅へと行くが、
パリ行きの最終列車はもうとっくに去ってしまっていた。

散々歩き回ったが安宿は見つからず、
素朴な田舎を巡った後に訪れた大都会は、
なんだか居場所がないように感じられた。
疲れて座り込んだベンチを今夜の寝床にしようかと考えていた時、
まるでそれを察したかのようにひとりの陽気な男が近づいてきて
「君たち日本人?泊まるところはあるの?」と尋ねられた。
正直に答えると、彼は待ってましたとばかりに
「僕の家に来なよ!」と言った。
あまりにも人なつこく笑いかけるので、ちょっと気が引けたが、
少年のように天真爛漫な彼に引き込まれていった。

グウェンは、少年のような風貌からは想像できないほどエリートで、
日本の大手企業の支社でエンジニアをしている。
日本にも訪れたことがあるそうで、日本人が好きなのだと言う。
「日本人はいつも『忙しい忙しい』と言って走り回っていて面白いよね」
と、時計を見て慌てて走る仕草をする。
日本人の滑稽さもよく知っている。

彼の住むフラットは高級ブティックが並ぶ一等地にあった。
木製の重厚な扉を開けて、階段を上っていき、部屋の扉を開ける。
ルームメイトとシェアをしているというが、それにしても広い部屋だ。
グウェンは辺りを見回して「ユキ、ユキ」と妻の名前を呼んだ。
やがて、奥の部屋からそろそろと猫が出てきて
「彼女もユキっていうんだ」と抱き上げて笑った。


赤い大きなソファに腰掛けて、冷たいビールで乾杯する。
テレビを点けると、録画されている邦画が流れた。
もちろんフランス語の字幕が付いているのだが、
なんだか日本の友達の家に居るようで心地良い。
グウェンはこちらの表情を伺いながら、満足げに笑っている。
彼は私よりいくつか年上なのだが、無邪気な子供のようで、
落ち着きが無く、よく喋り、よく笑い、よく騒ぐ。
一緒にいるだけで明るい気分になれる、そんな人だ。

映画の途中で、突然「お腹空かない?」と言って、キッチンへ向かった。
冷蔵庫を閉める音がして「ユキ、何か作ろう!」と2人で料理を始めた。
夜中の3時に出来上がったトマトとチキンのパスタを食べながら、
邦画鑑賞と陽気なお喋りは続いた。

翌朝、起きるとグウェンはもう出社していた。
テーブルに置き手紙があった。
『おはよう。よく眠れた?昨夜は楽しかったよ。良い旅を!』
昨夜は眠っていたルームメイトのティモからも置き手紙があった。
『職場がすぐ近くだから、困ったことがあったら連絡してね』
2枚の手紙を持って、猫のユキに別れを告げて部屋を出た。

外は眩しいほどに晴れ渡り、町を行き交う人々で活気づいていた。
バゲットとハムやチーズを買ってサンドウィッチを作って公園で食べる。
昨夜、彼の部屋で過ごした時間とは、まるで違う時間が流れている。
グウェンとティモの部屋がこの町から遠く離れた空間に思えてくる。


旧市街を散歩して、夜にパリへと向かった。
そういえば、グウェンはパリ出身だと言っていたなと
列車の中で昨夜の会話を思い出していた。
やはりそれも遠い記憶のように感じられた。

text by : tetsuya
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クリスチャンの理想宮

シュヴァルの理想宮を後にして、北を目指す。
この村では、長距離の車はつかまりそうにないので、
とりあえず、ボールペールまで戻ることにした。
村外れを歩いていると、おばちゃんの運転する車が止まってくれた。
真新しい車に恐縮して乗り込み、車はぎこちなく走り出した。
明るくて可愛らしいおばちゃんは、英語が堪能で
「急いでいないから寄りたいところがあったら言ってね」
と右手でキャンディーを勧めながら言った。
キャンディーを舐めながら車窓を眺め、
遠足みたいだなと思っていると、奇妙な家を見つけた。
車を止めてと言うよりも先に、おばちゃんはスピードを落としていた。


ペンキの雨に降られたようなその家の前には、
サーカス団員を思わせる風貌の不思議な女性が立っていた。
中を見せてもらえるか訊いていると、犬やアヒルに続いて
ペンキの缶を片手にピエロのような男性が出てきて、
塗りたての水色の門を開けてくれた。
椅子や梯子、船の舵、水兵帽、国旗、乳母車など
至るところにペンキで塗られた作品が無造作に転がっている。


ふたりは夫婦で不要品を拾い集めては、夫のクリスチャンが
色を付けて、家中に飾り付けていき、今の姿になったらしい。
彼はそんな話をしながらも郵便受けを水色に染め、
奥さんはそれを満面の笑みで見守っている。
変わり者夫婦の気ままで幸せな暮らしを覗いて、
形は違えど、現代の理想宮のように思えた。
ひとつのことに一途に打ち込む姿がシュヴァルと重なる。
帰り際、持っていたブローチやキャンドルを寄付した。
きっと今頃、クリスチャン色に染められているだろう。


おばちゃんにお礼をして、ボールペールで別れた。
まだ日が出ていたので、もう少し北へ進もうと思い、
ヒッチハイクをしていると「どこまで行くの?」
と道行く男性に声を掛けられたので「リヨンまで」と答えると、
ヒッチハイクのポイントまで連れて行ってくれることになった。
偶然にも彼は、オートリーヴの出身でシュヴァルの話で盛り上がった。
エリックは旅が好きでロシアやモンゴル、チベット、ネパール、インドなど
を廻ったらしく、旅の話をしているうちに意気投合して
彼の家にお邪魔させてもらうことになった。

洒落たマンションの一室に入ると、
様々な人種のポートレートが壁一面に貼られていた。
インドの子供たちやチベットのおじいさん、モンゴルの遊牧民など
すべてエリックが旅先で撮ったものだ。
表情は様々だがみんな実に人間らしい顔をしている。
彼はよく冷えたビールを次々と出してくれて、
テーブルいっぱいにお菓子が広げられる。
旅の話は止まらない。訊きたいことも話したいことも山ほどある。
結局、日が暮れるまで夢中になって話し込んで、おいとましようとすると
赤ら顔のエリックが「送っていくよ」と車を出してくれた。
てっきりヒッチハイクのポイントまで乗せてくれるのかと思ったら
「リヨンまで付き合うよ」と高速を飛ばした。

1時間かけてリヨンに着くなり、エリックは町を紹介しながら
安い宿まで探してくれようとしたので、列車があればパリに向かうから
宿はいらないと説得したが、きっと彼は私たちが野宿すると悟ったのだろう。
別れ際、随分とご馳走になったし「高速の料金くらいは払わせて」
とお金を渡したが「それは飯代か宿代に使って」と彼は頑なに受け取らず
「俺も貧乏旅している時は色々助けてもらったから」と笑った。

ベンチに座って、真夜中にひとりで帰宅するエリックのことを考えていた。
明日は早朝から仕事だというのに、当然のように旅人に親切にしてくれる。
彼の旅もきっと素晴らしいものだったに違いない。

text by : tetsuya
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シュヴァルの理想宮

ようやくオートリーヴに着いた私たちは、
”シュヴァルの理想宮”の前で立ち尽くしていた。
写真で見たことはあったが、目の当たりにすると何も言葉が出ない。
想像を遥かに超えた宮殿に感動するばかりで、
どこから見ていいのかさえ分からなくなる。
正面にあったベンチに腰を掛け、気持ちを落ち着かせる。
朝の重たい雨雲はいつの間にか去っていて、
雲の隙間から僅かに光が差していた。


「石に足下を掬われ、転びそうになる。どんな石か見たくなった。
 それは、ゆっくり眺めたくなるほど奇妙な形のつまずきの石だった。
 その石をポケットに入れた。翌日、同じ場所を通り過ぎると、
 もっと美しい石を幾つも見つけた。私は、『自然が石を彫るなら、
 私は石を積み上げる建築家』と自分に言い聞かせた。」


1879年、人づきあいが悪く、空想好きだった
郵便配達夫のシュヴァルは、石工や建築の知識がないにも関わらず、
この叙情詩と共にたったひとりで夢の工事に着手した。
道で拾った石や貝を石灰で独創的に積み上げていき、
夢が実現したのは33年後の1912年。
シュヴァルはすでに定年退職し、76歳になっていた。


すぐに全貌を見てしまうのはもったいない気がして
ベンチに座り宮殿を遠巻きに眺めていたら、係員がきて
「これから1時間お昼休みをとります」と言った。
気が付くと、数人ばかりいた見物客はもう見終わったようで
客はいつの間にか私たちふたりだけになっていた。


近くの公園で軽い昼食を摂ってから再び理想宮に戻ると、
午前中の静けさがまるで嘘のように大勢の観光客で溢れていた。
団体客が一斉に写真を撮っては去り、また入れ替わるように次の団体客が来る。
33年もの長い年月をかけて、たったひとりで造り上げた夢の宮殿に、
大型バスでやって来ては、ほんの数分で写真に収めて帰っていく様子に
なんともいえない空しさを感じながら、ベンチからそれをぼんやり眺めていた。


人の流れが落ち着いたところで宮殿を一周する。
至るところに愛嬌のある人間や動物のモチーフがあって、
建造物そのものに生命が宿っているようだ。
東洋や南国など異国の雑多なイメージが入り混じっているのに、
貝で作られたシャンデリアや貝で縁取られた明かり取りがあるせいか、
不思議とまだ見ぬ海底の景色のような底知れぬ美しさがある。
どこを見ても緻密で独創的で、不気味な美しさも魅力的に感じる。
そびえ立つ3人の巨人を見上げながら、一生のうちでひとつでも
こんな夢のあるものを無心に造れたら、きっと幸せだろうなと思う。


シュヴァルはこの奇想天外な理想宮を自身の墓にしたかったが、
教会や村人たちの反対で断念せざるをえなかった。
どうやら、彼はこの宮殿を造ったことで村人から
変人として扱われ、白い眼で見られていたらしい。
仕方なく、彼はさらに7年の歳月をかけて、
村外れの墓地に小さな理想宮”静寂と永眠の墓”を造った。
墓が完成した翌々年にシュヴァルは88歳の生涯を終えた。
宮殿よりもはるかに小さな、そして不気味さがより際立ち
異彩を放っている墓に、今彼は眠っている。


郵便配達をしながら石に目をつけ、仕事が終わると
石を拾いながら自宅に帰り、庭先に積み上げていく
という行為を人の眼も気にせずにやり続けたシュヴァル。
彼の果てしない想像力と行動力が身に沁みる。
時折、配達物の中に見られる絵葉書から、外国に思いを馳せていた
というエピソードがなんとも微笑ましい。

text by : tetsuya
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オートリーヴの郵便配達夫

空がほんのりと明るくなってきた頃、
私たちの寝ている向かいの建物に入っていく人影が見えた。
時計の針は6時ちょうどを指している。
昨夜からの雨は少し落ち着いたが、それでもまだ降り続いていた。
人影を吸い込んだ建物はカフェだった。

まだ準備中かもしれないと思いつつも、私たちはカフェの扉を開けた。
常連客が既にひとりカウンターに立ってコーヒーを啜っていて、
温かい居場所が見つかったことに安堵した。
柔らかいソファの席に着き、カフェクレームをふたつ注文する。
凍えた体が徐々に和らいだところで大きなカップが運ばれた。
夢のように美味しい飲み物を口にして、ようやく働き始めた頭で
今、自分がどこに居るのかを昨日の記憶を辿りながら考える。
確か、最後に聞いた町の名はボールペールだった。


マスターに地図を借りて、今居る場所と目的地を確認する。
すぐ近くまで来ていると思っていたけれど、まだ意外と距離があった。
マスターにあれこれ訊きながら今日の旅の計画を練る。
居心地の良いカフェで長居しているうちに、
店の前の広場では次々と露店が立ち始めていた。
幸運なことに、大きな朝市が催されるようだ。
表に出ると、雨はほとんど止んでいて、良い匂いが広場に漂っていた。
匂いにつられていくと、そこでは大きな鍋でパエリアを作っていた。
それを買って教会前のベンチで食たのだが、
本場のスペインで食べたものよりも遥かに美味しく、最高の朝食となった。


村はずれまで歩き、ヒッチハイクを始めるとすぐに古くて小さな車が止まった。
おじさんは助手席に積んであった荷物をトランクに詰め込みウィンクした。
シートに座ると砂埃が舞い、車は頼りなさげなエンジン音をたてて走り出した。
おじさんはスペイン人でこの町の近くのレストランでシェフをしているという。
スペインの旅の話しをしながら30分ほど走り、途中で降ろしてもらった。

そこから乗せてくれたのはホースや工具をいっぱいに積んだ
水道工事をしているおじさんの車だった。
どうやらこの場所から目的地へ行く車は通らないらしく、少し考え込んでいた。
そして、車がつかまりそうなところまで乗せていってくれることになった。
しかし、降ろしてもらったのは車なんて通りそうにもない一面の向日葵畑。


向日葵はちょうど私の目線で綺麗な花を咲かせている。
向日葵の中に1歩足を踏み入れると、視界が黄色い花で埋め尽くされる。
一様に雲に隠れた太陽に顔を向けて、雲が去るのをじっと待っている。
随分と遠回りしてしまったようだけれど、
偶然にもこんな美しい場所に立ち寄れて嬉しかった。


遠くから車の近づく音がして、急いで畑から道路に戻り、
親指を立てると運転席の女性は驚いた様子で止まってくれた。
そして、快く私たちを目的地まで乗せてくれた。
山道を進み村に着くと、女性はこの村で働いているらしく、
車でまわりながら、いくつかの見どころを親切に教えてくれた。

やっとのことで着いたのはオートリーヴという村にある”シュヴァルの理想宮”。
この宮殿を建てたのは郵便配達夫、フェルディナン・シュヴァル。
担当地域はテルサンヌの農村地帯、徒歩32km。
1869年、彼はこう記している。
「夢を見ないとしたら、不変の景色の中を絶えず歩きながら
 何が出来るのであろう。気を紛らわせるために、私は幻想的な宮殿を夢見た... 」
私は深く深呼吸をしてから、この宮殿の中へゆっくりと入っていった。


text by : tetsuya
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ボールペールまでの道程

早朝にタラスコンからアヴィニョンへ向かおうと思ったが、
外は大雨で身動きがとれなくなってしまう。
しかし、町の広場で朝市が立つと聞いて思い切って外に出た。
悪天候にも関わらず、市場はとても賑わっていて、
果物や野菜、バゲットを買って教会前の公園で頬張った。
どこの国へ行っても、この食事のスタイルは変わらない。
市場は、同じ果物や野菜でも国によって味が違ったり、
地元にしかない珍しい食材に出会えるから面白い。
食事を終える頃、灰色の重たい雲の隙間から
眩しい太陽が顔を出し、みるみる内に空を青く染めていった。


町の外れまで歩き、ヒッチハイクをするとすぐに
仲の良さそうなカップルがアヴィニョンまで乗せてくれた。
ふたりは「ヒッチハイクをしている人を乗せるなんて初めてだよ」
と大笑いしながら、とても嬉しそうに車を走らせた。
そして「アヴィニョンでフェスティバルがあるから一緒にどう?」
と誘われたが、町に着いてみると車を止める場所もないほどの
人混みに圧倒されてしまい、すぐに次の町を目指すことにした。


もう夕方だったが、少しでも目的地に近づこうとヒッチハイクを始めた。
この人混みのなか、車は見向きもせずに走り去っていき止まってくれる
気配がなかったが、ようやく赤い車に乗った親子が気付いてくれた。
後部座席には可愛い女の子がおとなしく座っていて、
子供の荷物を片付けながら、親切なママが目的地を尋ねた。
私たちはここからかなり離れた小さな町の名前しか知らず、
地図さえ持っていなかったので「北に向かっている」
としか答えられなかった。

「ここなら長距離の車がきっと止まってくれるわ」
と言って連れて来てもらったのは高速道路の入口だった。
深々と礼をして別れたのだが、少し不安もあった。
もう日が暮れはじめていたし、もし車が止まらなければここが寝床になる。
いくら野宿に慣れていても、この場所はさすがにきつい。
しかし、そんな不安もよそにおじいさんの運転する車が
すぐに止まってくれて、1時間ほど北に進んだ。
おじいさんは「そこに城があるんだ」とか「ここのワインは美味い」とか
車窓から指をさしては色々なことを教えてくれた。


さらに、間髪を入れずにまた一台のトラックが止まってくれた。
無口な運転手は、人の良さが滲みでているような優しい顔をしていて
「パリまで行くから好きなところまで乗って行きなよ」
と慣れない英語で心強い言葉を掛けてくれた。
パリにいる友人のところまで、このまま乗せてもらおうかとも思ったが、
やはりどうしても寄りたいところがあったので、
地図を借りて一番近そうな高速の出口で降ろしてもらうようお願いをした。
2時間ほど走って高速を降り、固い握手をしながらお礼をしていた別れ際、
ふと、目的地を記した手書きのメモを見て
「もしかしたら先の出口の方が近いかもしれない」と考え込んでから
「さぁ、乗って」と笑顔で言って、また高速を走り出した。
なんだかとても申し訳なかったが、
運転手はさも当たり前のようにできる限りのことをしてくれる。
穏やかな時間がトラックのなかでゆっくりと流れていた。

ようやく目的地近くの出口に着いて別れた時には空は真っ暗になっていた。
冷たい雨も降ってきて、どうしようかと思っていると、
また一台の乗用車が止まってくれた。
運転席にはまだ少年のような若々しい青年がひとり座っていた。
そして、目的地も聞かずに車は走り出した。
青年は「これから酒を飲みに行くんだ。ドライブがてら送っていくよ」
と言ってオーディオをいじりながら、好きな曲を探している。
車は外灯のない暗闇のなかを猛スピードで走っていく。
雨粒しか見えない窓を見ながら、朝市が遥か遠い昔のように感じられて、
ここまでの長い道程をひとつずつ確かめるように思い返していた。


タラスコンから約200km。
ボールペールという町に着いたのは深夜だった。
大雨で宿を探す余裕もなく屋根のあるところに駆け込んだ。
あまりにも寒くて寝付けなかったが、ここまで連れて来てくれた
優しい人々の顔を思い出すたびに、心があたたかくなった。
そして、夜が明ければ、念願の目的地に着くと思うと
ますます眠れなくなった。

text by : tetsuya
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タラスコンのタラスク

アルルから北に向かおうと考えていると、
妻がどうしても寄りたいところがあるという。
そして「タラスクに会いたい」と見せられたのは、
上半身は山猫、下半身は亀のような怪物の写真だった。
緑色の顔には、太い眉、大きな目、大きな口から覗く白い歯、
一見、獅子舞の獅子に似ているけれど、どこか妙な愛嬌がある。
迷わずタラスクのいる町、タラスコンに向かうことにした。


バスの運転手が好意で連れて来てくれた交差点で
ヒッチハイクを試みたらすぐに車が止まってくれた。
偶然にもタラスコンに住む二人の青年だった。
彼らに「どこでタラスクに会える?」と訊いたが、
はっきりとした返事はかえってこなかった。
それもそのはず、タラスクは伝説上の怪物なのだから。
土地の人々を悩ませていた、人食い怪物のタラスクは、
凶暴な竜のように恐ろしい風貌のものもいるし、
愛嬌のある顔をしたものもいるという。
六月のタラスク祭りでは、獅子舞さながらタラスクの張子が町を練り歩くらしい。


田舎道を真っすぐ進むと、あっという間にタラスコンに着いた。
のんびりとした雰囲気の良い城下町。
古い住宅街の細い路地を彷徨って、散々歩いて安宿に辿り着いた。
魔女みたいな宿主に町のことを尋ねると、
「すぐ近くに『タルラタンの家』があるから行ってごらん」と言われた。


よく分からないまま、ひっそりとした豪邸の前に辿り着いた。
しかし、そこに人影はない。
門の前にはライオンの石像が置かれていて、周りの家とは違った趣がある。
柵の隙間から家を見上げていると突然、奥から物凄い勢いで
同じ顔をした二匹の黒い犬が吠えながら柵に飛び掛かって来た。
一瞬驚いたが、その顔を見たら思わず笑ってしまった。
柵の隙間から手を出すと濡れた鼻を擦り付けて甘えてきた。
番犬とひとしきり遊んで、謎のまま豪邸を後にしたが、
後にドーデの書いた小説にまつわる博物館ということが分かった。
あいにくこの日は閉館していたようだ。
世界中を大冒険したタルラタンの小説をいつか読んでみたいと思った。


町を散歩していたら、大きな城に突き当たった。
アルルから続くローヌ川のほとりに堂々と聳えている。
人通りの少ない夕方のおそろしいくらいに美しい景色。
タラスクは、ローヌ川に棲んでいたとされるが、
確かにこの穏やかな川からぬっと顔を出しそうな気配がある。


城のすぐ近くにタラスクの石像があったが、どうも愛嬌のない顔をしていた。
やはり六月の祭りで、あの緑色のタラスクを見たいという思いが募る。
いつかまたこの怪物に会いに、タラスコンに戻ってくることを妻と約束した。


text by : tetsuya
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