旅の終わり

旅の最後の夜は空港で過ごした。
次の旅先について調べる必要もなく
ただひたすら早朝発の飛行機が来るのを待っていた。
しんと静まりかえった空港のベンチは、これまでの野宿を思い返すと
屋根があるだけで幸せで、妙にゆっくりと眠れた。

人々の雑踏で目を覚ますと、賑やかな空港の風景に戻っていた。
ようやく搭乗時間になり、ウィーンから経由地のコペンハーゲンへ向かう。

コペンハーゲンの空港はカフェやレストランが充実していて
美味しそうなものが目に付くが、値段を見るなり後ずさりしてしまう。
ちょうど1年前にここへ来た時には、ハンバーガーとビールだけで
5千円近く支払うことになり、驚いたことがあった。
結局どこにも入店せず、乗り継ぎ便まで時間があったので
妻が何か手軽なものを探してくることになった。
私は空港のベンチで荷物を見ていた。

気が付くと2時間ほど居眠りしていたようだが、妻はまだ戻っていない。
搭乗時間も迫っていたので、さすがに心配になっていると
遠くから老夫婦に伴われた妻の姿が見えた。
一瞬、何事か分からなかった。
「あなたがテトゥヤ…キャイトですか?」と聞かれ、
さらに「この人はあなたの妻ですか?」と問われる。
パスポートと航空券を確認してもらい、ようやく妻が解放された。
老夫婦に見えたのは空港の職員で
「これからはくれぐれも気を付けて」と笑って去っていった。

妻はパスポートも航空券も持たぬまま手ぶらで空港外に出てしまい、
気付いた時には構内に戻れなくなってしまったらしい。
そして職員に保護され、構内放送で私の名前を
「ミスターテトゥヤキャイト」と連呼していたらしいが、
うとうとしていて全く気が付かなかった。
仕方なく妻は親切な職員に連れられて、私のことを探しに来たそうだ。
妻は「手荷物検査に帽子だけ預けたのは初めて」と苦笑していたが、
無事に帰国便に間に合って本当に良かった。

1年振りに降り立つ成田空港は、旅行帰りの人々で賑わっていた。
なぜか日本語がよそよそしく、ほんの少し耳障りに感じる。
公衆電話で家族へ連絡して、実家のある銚子方面行きの鈍行電車に乗る。
携帯電話や新聞を手にした乗客のなかで、
旅の間中ずっと着続けていた破けた上着に、汚い靴を履いて
車窓の景色を眺めている私たちの姿は異様だったと思う。
しかし私も、静寂に包まれた電車の中で
無表情で携帯電話に興じる人々をなんだか奇妙に感じていた。
これとは真逆のおせっかい過ぎるほどにお菓子や果物をくれたり、
止むことのないおしゃべりが延々と続くルーマニアの列車が懐かしい。

ルーマニアのように人間らしく暮らしていくにはどうするべきか、
電車に揺られながら、これからのことをぼんやりと考えていた。

text by : tetsuya
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古い港町ニューハウン

コペンハーゲンに寄ったはいいものの下調べを何もしていない。
それどころかガイドブックすら持ってきていない。
旅の出発前に調べておきたい事は山ほどあったのに
無事に旅立てただけ良かったと思うほど時間が無く、
出発日は荷物をどかどかリュックに詰め込んで大慌てで家を飛び出した。

基礎知識としてあるのは、黒い毛皮の帽子を被った衛兵がいる事と
アンデルセンの童話”人魚姫”をもとにした像があるって事くらい。

とりあえず蚤の市の情報だけをたよりに歩き始めた。
無事に蚤の市での買い付けが終わり、衛兵を見に行こうと
歩いている途中に突如、見覚えのある風景が広がった。

それが港町”ニューハウン”だった。
我を忘れて駆け寄ってしまうほど美しい町並みだった。
何かで見た事があり、綺麗だなと思っていた場所が
ふらふら歩いていた自分の目の前に広がったのだから感動しない訳が無い。
ガイドブックを見ながら辿り着くのとは訳が違う。
しかしそれが旅の基本なのかもしれない。
自分の目で進む道を選ぶ事でその先に大きな感動があるのだと思う。

遊覧船にも乗らず、船着き場からただぼーっと町を眺めながらビールを飲んでいた。
その次の日も、同じ場所でぼーっとしながら同じものを飲んでいた。
それほどニューハウンに惚れ込んでしまった。

後で知ったところによると、
アンデルセンもこの港町をこよなく愛したようで3度も住まいを構えたとか。
こんな町を知っているからこそ”人魚姫”なんていう童話が生まれるのだろう。

text by : tetsuya
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アンデルセンの切り絵細工


オーデンセという街を訪れたのには理由があった。


コペンハーゲンから西へ列車に揺られ1時間半。

眩しい日差しの中から浮かび上がってきたのは

童話の中に出てきそうな色とりどりの小さな家々。

それもそのはずここはあのアンデルセンの生まれた街。

アンデルセンと聞いて誰もが最初に頭に思い浮かべるのは童話だと思うが

童話以外にもアンデルセンは詩、紀行文、小説、戯曲、随筆、伝記、書簡

など幾多の作品を残している。

しかし私の訪れた理由というのは

そのどれでもなくアンデルセンの切り絵細工が見たかったのだ。


京都の本屋でアンデルセンの切り絵の本を偶然見つけたのはちょうど1年前。

アンデルセンと切り絵というとすぐには結びつかないが

本を開くとそこには童話同様、夢の世界が広がっていた。


いつかその切り絵の本物を見てみたいと思っていたところ

偶然にも飛行機がコペンハーゲン経由に決まり、

空港に着くなり真っ先にこの街へ来た。

そして博物館に保管されている切り絵を見てその素晴らしさに驚いた。

小さなものから大きなものまで色々あったが

それらは世に出すための作品ではなく自分自身の本に貼ってあったり

栞として作られたものだったりとおそらく遊びで作られたものだったのだ。

それだけに失敗して切り落としてしまった箇所が所々見られる。

紙だけではなく布切れや木材の切り抜きまであった。


”自由気ままな作品ほど人の心を強く惹き付ける”のかなと考えながら

見ていたが、切り絵細工に立ち止まる人はほとんどいなく、

人が大勢集まるのはやはり有名な童話作品群の前であった。


しかし気に入った作品の本物を見られるほど嬉しい事は無い。

誰も立ち止まらない切り絵の前でふとアンデルセンの有名な言葉を思い出した。

”旅こそは我が人生”

旅の始まりにぴったりだと思った。


text by : tetsuya

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