マケドニアの札束

変動の激しい外貨の為替レートを眺めていると、
旧ユーゴスラヴィアを旅していた時のことを思い出す。

夕暮れのマケドニア。
アルバニアとの国境近くで寒さに震えながらヒッチハイクをしていた私たちを
食事に招いてくれた心優しい青年ファトンと奥さんのフェストナ。
フェストナの実家では両親のフェスティムとキーフェがあたたかく迎えてくれ
テーブルいっぱいの美味しい郷土料理を振る舞ってくれた。
「今夜はここに泊まっていったら?」と有り難い言葉をかけてもらったが、
アルバニア行きのバスが深夜にこの町を通ることが分かったので
名残惜しい気もしたが、そのバスに乗ることにした。

バスが停まるガソリンスタンドまで送ってもらう途中に銀行へ立ち寄った。
バス賃をおろそうと思ったのだが、ATMに英語表示がなかったので
ファトンに手伝ってもらうことにした。
しかし、彼は利用したことがないのか、おぼつかない手つきで操作し始めた。
いつもならすぐにお金が出てくるのに、機械は何も反応しない。
「おかしいな」とつぶやきながらも明らかに焦っている彼は
でたらめに数字を打ち始めた。
1000...2000...3000...10000...20000...30000...
「そんなにいらないよ!」と私が告げると同時に機械は
”ガシャガシャガシャガシャ”と大きな音を立てて動いた。
そして、取り出し口には大量の紙幣が綺麗に揃えらていた。

呆然と立ち尽くすしかなかった。
必要だったのはバス賃の1000ディナールだったのに
気が付いた時には200000ディナールを手にしていた。
財布に収まりきらない紙幣をジャケットのポケットに突っ込み
真っ青な顔でとりあえずカフェに入る。
ファトンは本当に申し訳なさそうに向かいに座り、
フェストナは心配そうにどこかに電話をしている。
なぜこんなことが起きたのか分からない。

銀行の窓口は翌週まで開かないし、隣国で両替できる保証もない。
激しく打つ鼓動で冷静に考えることができないまま
ガソリンスタンドにバスが着いたとの連絡があった。
手つかずで冷えきってしまったコーヒーを飲み干し、店を出る。

ガソリンスタンドには、フェストナの両親の姿があった。
フェスティムは優しく微笑んで、力の抜けた私の肩に手をまわし
「これなら何処でも使えるから」と言って
マケドニアの札束をユーロに替えてくれた。
青ざめた顔に血の気が戻っていくのを感じた。
どうやらフェストナが両親に相談してくれたようだ。
こんな深夜にユーロの大金を用意してくれたことに心から感謝した。

先程まで使っていた紙幣が、隣国では紙切れになってしまう。
中欧を旅していると国境を跨ぐ度に通貨が変わり、その価値を考えさせられる。
お金があれば何処へでも簡単に行くことはできるかもしれないが、
お金を持たず回り道をするからこそ出会いが生まれ旅はより楽しくなる。
アルバニアへ向かうバスの中、キーフェが持たせてくれた
甘いオレンジ色のジュースを飲みながらそんなことを考えていた。

text by : tetsuya
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湖畔の町オフリド
青い山肌に白くうっすらと残る雪。
この雪山を背景に広々とした市場が立っているのを見て
マケドニアの南西にあるこの町、オフリドに留まろうと思った。
旅をしていると、自分と町が妙に合いそうな予感がすることがある。
それを感じた雰囲気の良い市場。
市場には野菜に果物、スパイスに木の実と何でも揃っている。
花柄のスカーフを頭に巻いた市場のおばちゃんたちは陽気で人懐っこい。

市場の脇には家庭で栽培しているのか、山で摘んできたのか、
数種類のハーブを新聞紙の上に並べて売っているおばあちゃんたちがいた。
「紅茶にどうかね?」「健康に良いよ!」
と道行く人に声を掛けている。
そして、ふとした瞬間に立ち上がったおばあちゃんのエプロンの素敵なこと。
羊毛で出来た硬くて分厚い手織の縞模様のエプロンは、
よく見ると並んで座っていたどのおばあちゃんも身に付けていた。
興味を持って見ていると、照れくさそうに広げて見せてくれた。
これがこの辺りのおばあちゃんたちの定番の格好。
縞模様のスカートに縞模様のエプロンの組み合わせ。
おばあちゃんが売っていたハーブはどれも良い香り。

市場で果物を見定めていると、一人のおばちゃんが話しかけてきた。
「ここに泊まるの?」
手を合わせて耳の横に置き、首を傾ける。
言葉が通じない時、一番初めに出るジェスチャーはこれだ。
だいたいどこの国でも愛郷心の強い地元の人たちに
その土地に滞在するのかをこの眠るジェスチャーによって尋ねられる。
泊まるつもりだというと
「ついて来なさい」
と言い、こっちこっちと手招きをする。
私たちは顔を見合わせて、ついて行くことにした。

市場から5分ほど住宅街を歩くと行き止まりに一軒家があった。
おばちゃんはまたこっちこっちと言って手招きをし階段を登り始めた。
自信ありげにひとつの扉を開いて見せると、そこには広い客間があった。
ここはツェヴェタおばちゃんの営むプライベートルームだった。
旧市街には古い建築様式の家が多く残っている。

ひとしきり部屋の説明をしてから1階の居間に通された。
ツェヴェタが台所へ消えている間、旦那さんのジミーは
カンフーポーズでジャッキー・チェンの真似をして私たちを笑わせてくれる。
日本人と言うと大抵カンフーの話題が出るのはなぜだろう。
しばらくして熱々のトルココーヒーと冷たいザクロジュースが同時に出てきた。
ザクロは美容にいいとツェヴェタはウインクをしている。

家族経営の温かい持てなしが心地良くてここに宿をとった。
静かな住宅街にあるこの宿は、夏にはたくさんの人が訪れるという。
冬のこの時期はのんびりした地元の人の姿しか見られない。
町では小さな可愛い切り絵が窓を飾る風景をよく目にした。

旧市街へと続く大通りを歩いていたら民芸品店の前で足が止まった。
刺繍の美しい民族衣装や配色の綺麗な織物などが店先を飾っていた。
店内に入ると様々な強い色が目に飛び込んでくる。
いかにもバルカンらしい模様や色使いの民芸品が多く、どれも魅力的だ。
ちょうどブルガリアのお祭りを見た後だったので、思い返してみると
この二カ国の民族衣装はかなり似ているように思える。
しかも、ブルガリアでは、マケドニア人を言語や歴史の面からみて
同じブルガリア人との見解をしているとか。
でも、この国では『マセドンスキ』という言葉をよく耳にする。
『マケドニアらしい』『マケドニア風の』『マケドニア人の』
という意味が含まれている。
その言葉を聞くたびにマケドニア人としての強い誇りを感じずにはいられない。
多色で施された薔薇模様のクロスステッチのスカーフ。

町を抜けるとすぐにオフリド湖が見えた。
隣国のアルバニアと国境を接している大きな湖だ。
対岸に雪を湛えた山脈が連なっているのがぼんやりと見える。
あそこはもうアルバニアだろうか。
青く澄んだ壮大な湖が太陽の光をきらきらと反射させて
無数の白く小さな星を水面に輝かせている。
湖畔は、何槽か浮かんでいる小さな船と、辺りを飛び交っているカモメと、
丘の上に広がる旧市街とが湖と相まって良い雰囲気を生み出していた。
小さな赤いボートがぷかぷかと気持ち良さそうに浮いていた。

旧市街を散歩すると、たくさんのビザンティン教会に出くわす。
かつてブルガリア帝国の首都にもなったこの町は、
中世にはキリスト教文化の中心地として栄えた。
故に数々の教会がこの町に残っている。
赤茶色の石で造られた独特なぼってりとした形の教会は
どれも壁一面のフレスコ画で彩られていた。
複雑な建築構造の聖クリメント教会の屋根。

なかでもフレスコ画の状態が良いのが丘の上にある聖クリメント教会。
それでも、聖人画の顔や目が削られている箇所が多く見られた。
受付のおばさんに聞くと、母乳の出ない母親が煎じて飲んだり、
戦争に駆り出された若者がお守り代わりに持っていったという話だ。
また、オスマン帝国に支配された時代に偶像崇拝を禁じる
イスラム教徒によって削り取られたという説もある。
削られたフレスコ画の前に立つキリスト像。
教会内の柱や窓枠は美しい幾何学模様で彩られていた。

なかには岬の先端に建つ眺めの良い教会もあり
なにもせずにただ何時間も眺めているだけで心が満たされるような
そんな風景が広がっている。
透き通った真っ青な湖に小さな手漕ぎボートがすーっと波の線を描いて
横切ったりすると、桃源郷へと向かっているように見える。
オフリド湖は太古から存在し、ヨーロッパ最古の湖とも言われている。

暖かかった日中から一変して急に冷え込む夜にやはり冬の寒さを感じる。
宿に戻るとツェベタはまたコーヒーを勧めてくれた。
ジミーは果実から作られる強い蒸留酒ラキヤを注いでくれ、
グラスを一気に傾ける夫を嬉しそうに眺めている。
部屋の隅にある暖炉からはぱちぱちと薪のはぜる音が聞こえ
橙色の火がやさしく揺らめいていた。
頬が赤く火照っているのが感じられるほどに温かい室内とコーヒーとラキヤ。
そして、二人の心遣いもまた温かかった。
結局、滞在中に何度もコーヒーをご馳走になり、仲の良い夫婦の在り方を知った。

美しい湖と教会、雰囲気の良い市場と優しい人々。
この町でひとつ年を重ねた。

text by : yuki
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