2013.03.08 Friday
マケドニアの札束
変動の激しい外貨の為替レートを眺めていると、
旧ユーゴスラヴィアを旅していた時のことを思い出す。
アルバニアとの国境近くで寒さに震えながらヒッチハイクをしていた私たちを
食事に招いてくれた心優しい青年ファトンと奥さんのフェストナ。
フェストナの実家では両親のフェスティムとキーフェがあたたかく迎えてくれ
テーブルいっぱいの美味しい郷土料理を振る舞ってくれた。
「今夜はここに泊まっていったら?」と有り難い言葉をかけてもらったが、
アルバニア行きのバスが深夜にこの町を通ることが分かったので
名残惜しい気もしたが、そのバスに乗ることにした。
バスが停まるガソリンスタンドまで送ってもらう途中に銀行へ立ち寄った。
バス賃をおろそうと思ったのだが、ATMに英語表示がなかったので
ファトンに手伝ってもらうことにした。
しかし、彼は利用したことがないのか、おぼつかない手つきで操作し始めた。
いつもならすぐにお金が出てくるのに、機械は何も反応しない。
「おかしいな」とつぶやきながらも明らかに焦っている彼は
でたらめに数字を打ち始めた。
1000...2000...3000...10000...20000...30000...
「そんなにいらないよ!」と私が告げると同時に機械は
”ガシャガシャガシャガシャ”と大きな音を立てて動いた。
そして、取り出し口には大量の紙幣が綺麗に揃えらていた。
呆然と立ち尽くすしかなかった。
必要だったのはバス賃の1000ディナールだったのに
気が付いた時には200000ディナールを手にしていた。
財布に収まりきらない紙幣をジャケットのポケットに突っ込み
真っ青な顔でとりあえずカフェに入る。
ファトンは本当に申し訳なさそうに向かいに座り、
フェストナは心配そうにどこかに電話をしている。
なぜこんなことが起きたのか分からない。
銀行の窓口は翌週まで開かないし、隣国で両替できる保証もない。
激しく打つ鼓動で冷静に考えることができないまま
ガソリンスタンドにバスが着いたとの連絡があった。
手つかずで冷えきってしまったコーヒーを飲み干し、店を出る。
ガソリンスタンドには、フェストナの両親の姿があった。
フェスティムは優しく微笑んで、力の抜けた私の肩に手をまわし
「これなら何処でも使えるから」と言って
マケドニアの札束をユーロに替えてくれた。
青ざめた顔に血の気が戻っていくのを感じた。
どうやらフェストナが両親に相談してくれたようだ。
こんな深夜にユーロの大金を用意してくれたことに心から感謝した。
先程まで使っていた紙幣が、隣国では紙切れになってしまう。
中欧を旅していると国境を跨ぐ度に通貨が変わり、その価値を考えさせられる。
お金があれば何処へでも簡単に行くことはできるかもしれないが、
お金を持たず回り道をするからこそ出会いが生まれ旅はより楽しくなる。
アルバニアへ向かうバスの中、キーフェが持たせてくれた
甘いオレンジ色のジュースを飲みながらそんなことを考えていた。
text by : tetsuya
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