お魚つれたかな?

東の果ての果てにある港町。ここは太陽が一番にのぼるんだって。みんなは魚臭いなんて言うけれど私は全然臭くない。毎日スケボーで漁港を滑っているから鼻がおかしくなったのかしら。それより私は忙しいの。水平線がどこまで続いているのかこの目で確かめなくちゃいけないの。

あらお腹が空いちゃった。ブルーベリー畑に寄ってみよう。ブルーベリーおじさんはインディゴのエプロンをしているの。それにしても海みたいに綺麗な色だわ。あのエプロン一回も洗ったことがないなんて本当かしら。みんなはブルーベリー臭いなんて言うけれど私は全然臭くない。毎日ブルーベリーおじさんのブルーベリーばかり食べているから鼻がおかしくなったのかしら。それより私は忙しいの。水平線が何色かこの目で確かめなくちゃいけないの。

またお腹が空いちゃった。ブルーベリーじゃお腹いっぱいにならないわ。やっぱりお魚が食べたいわ。魚釣りおじさんは蝶ネクタイなんかつけて紳士みたいな格好をしているの。それなのに全然紳士じゃないの。ただではお魚をくれないの。お金がないと釣れないよなんていじわる言うんだからたまらないわ。でも銀色のお金を渡すとすぐにお魚が食いつくの。嘘みたい。まったくお魚を釣っているんだかお金に釣られているんだか分からないわ。大人ってそういうものなのかしら。それより私は忙しいの。水平線で待ち合わせをしているの。もうすぐウサギに会えるはず。約束したんだから。

水平線はまだ続いているみたい。水平線に色なんてないみたい。水平線はどこかしら。待ち合わせ場所はどこかしら。ねぇウサギったらいったいどこにいるの?

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楽弥の夏休みの自由研究。魚釣りおじさんの帽子のてっぺんにお金を入れると魚が釣れるからくり貯金箱。その隣でウサギを作る希舟につくりばなしをひとつ。

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山羊の月

「あっ。猫の爪」夜空を見上げてまだ幼い妹が呟く。「あれは三日月って言うんだよ。そうだよね?」妹とさほど年の変わらない兄が父親に訊く。「違うよ。あれは山羊の角だよ」男は答える。「また嘘ばかり教えないでよ」隣にそう笑ってくれる妻がいたが、もういない。何ひとつ本当のことを言わない夫に愛想を尽かし「嘘つき」と言い残して家を出ていった。

それからも男は子供たちに様々なことを教えた。周りの大人たちはまた嘘をついてと冷たい視線を注いだが、男にとってそれは本当のことだった。自分の目で見たものを信じただけで、何ひとつ嘘なんてついた憶えはなかった。いくつもの丘を歩いて旅をしたから地球は丸くないと教えたし、その土地によって空の色が違うから太陽はひとつではないと教えた。そして不思議な夜の話をした。「なんか嘘みたいな話だね」夢中になって聞いていたふたりもやがて大きくなり「嘘つき」と言い残して家を出ていった。

あれはいつだったか。どこだったか。男は曖昧な記憶を辿る。丘を歩いていると一頭の山羊が男の後をついてきた。そこでは羊は衣服や食料になるために重宝されていたが、山羊は神を食べる悪魔として邪険にされていた。丘を越えて男が暮らす小屋に帰るまでついて離れなかった山羊は腹を空かせていたのか地面に散らばった黒い紙をひとつ残らず食べてしまった。それは文字で埋め尽くされた男の日記だった。紙が山羊の喉を通ると同時に頭の中の記憶が消えていく。地球が丸いことも太陽がひとつしかないことも。

真っ暗な小屋に窓から金色の光が差し込む。はっと我に返ると目の前には山羊がいて、その頭にはふたつの三日月が煌めいていた。

「あっ。山羊の角」「ほんとだ。山羊の月」遠く月夜の丘からふたりの声がする。

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農夫の卵焼き


男は一人旅に疲れ果て、田舎町にある寂れた喫茶店に入った。
暗い店内に客は居らず、マスターが口を押さえて立っている。
薄気味悪い気がしたが、後戻りすることもできずに注文した。

丸めた原稿用紙を広げようとした瞬間にそれは出てきた。
目の前に現れたのはチキンライスだった。
「オムライスを注文したのですが...」
マスターは静かに振り返った。
「オムライスを注文したはず...」
遮るようにマスターは言った。
「オム・ライスをご存じですか」

男は面倒になり黙ってスプーンを口に運んだ。
チキンライスでもない。ケチャップライスだ。
「鶏肉もないのか...」
そう呟くとマスターは再び振り返り男に詰め寄った。
「オム・ライスをご存じないのですか」
男は固まってしまった。

「スペインの王様が旅の途中に空腹のあまり民家に立ち寄って
 食べるものはないかと尋ねたら農夫は朝穫れたばかりの卵で
 あっという間に湯気のあがった美味しい卵焼きを拵えました。
 その時に王様が発した『ケル・オム・レスト』
 日本語でいうところの『なんと手の早い男だ』という言葉が
 オム・レツの語源なのです。
 私は原稿用紙を広げるよりも早くオム・ライスを拵えました」
マスターは無表情でつらつらと話した。

「オムレツ...そもそも卵がないじゃないか」
男の言葉は宙に浮きマスターは慣れた口ぶりで話し続けた。

「その後、農夫はどうなったと思いますか。
 王様の城でずっと卵を焼き続けたんです。
 明くる日も明くる日も焼き続けたんです。
 あの日の朝、鶏が卵さえ生まなければ...」

マスターは少し頭が狂っているのかもしれないと思い
男は視線を逸らしてケチャップライスを黙々と食べた。
しかし頭の中ではマスターの言葉がぐるぐると回り続けていた。
もしかしたらマスターは農夫の生まれ変わりなのかもしれない。
だから卵にも鶏にも近づけなくなってしまったのかもしれない。
そんな妄想にどれだけ浸っていたのだろう...
いつの間にか目の前の皿は空になっていた。
男はようやく小説の題材を見つけられたと急いで店を後にした。

マスターは胸を撫で下ろすと床に飛び散った卵を片付け始めた。
厨房でチキンソテーを食べているところに来た数年ぶりの客に
慌てて卵を落として割ってしまったマスターは
自分のつくりばなしにひとりほくそ笑んでいた。

そして男はというと...苦悩の一人旅に終止符を打ち
あの日からずっと原稿用紙の前で背中を丸めている。

text by : tetsuya
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閏日の苺

丘の斜面に寝そべって男は考えていた。
2月29日は何のためにあるのだろう。
誰のためにあるのだろうと考えていた。

こんな風に空を見上げるためにあるのかもしれない。
何もせずぼんやり過ごすためにあるのかもしれない。
休む暇もない忙しい人のためにあるのかもしれない。
会えない人に会いに行くためにあるのかもしれない。
泣くことを忘れた人が涙を流す日なのかもしれない。
笑うことを知らない人が微笑む日なのかもしれない。
もしかしたら自分自身を罰する日なのかもしれない。
実のところ意味なんて何もなくてずっと昔に誰かが
間違えて作ってしまった余計な日なのかもしれない。
でもきっと何か意味があるはず......と考えているうちに日は暮れた。

男は起き上がると星空の下を慌てて走り出した。
街角に古くからあるケーキ屋で苺のショートケーキを4つ注文した。
持ち帰った紙箱を開けながら男は12年前のことを思い出していた。
その日も2月29日は何のためにあるのだろう......と考えていたが
どれだけ想い巡らせても答えなんて見つからず
愛しい人の手を引いてただ思いのままに走った。

閏日はあれから3回目の結婚記念日だった。
ショートケーキの苺はもうなくなっていた。

text by : tetsuya
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夜警の星空

いつもであれば街灯がともる時間になっても街はまだ暗闇に包まれていた。
この街で街灯をともすのは夜警の仕事なのだが、その夜警がまだ来ないのだ。
外は暗闇で何処へも出掛けられない。この街の住人は困ってしまった。
いつまで待っても来ない夜警に腹を立てた住人は
「酒でも飲んで忘れているんだろ」
「いびきをかいて寝ているんじゃないか」
「あいつには、もうこの街の夜警は任せられない」
とそれぞれ口々に文句を言いながら眠りについた。

その時、夜警は点火棒を持ちながら暗闇の街の中を歩いていた。
街灯の中の蝋燭を集めながら足音を殺して歩いていた。
大きなポケットは蝋燭でいっぱいになった。
全ての蝋燭が揃うと、1つずつ丁寧に火をつけた。
そして点灯棒を使って、それを空高く飛ばした。

真っ暗だった街が一変に明るくなり住人は目を覚ました。
そして空を見上げて驚いた。
「こんな満天の星空、今まで見た事ない」
誰も夜警の仕業だとは知らずに喜んだ。
しかし、一番喜んでいたのは夜警の幼い娘だった。

この日は大切な娘の誕生日だというのに、空には星1つ出ていなかった。
夜警がこの事に頭を悩ませていたのには、理由があった。
「誕生日には何が欲しい?」
と聞くと娘はこう答えたのだ。
「星空」

text by : tetsuya
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吊るされたブーツ
「また1足増えているわ」
「壊れたから捨てておいたのに」
「あんなに集めてどうするのかしら」
村人は揃って首を傾げた。

道に捨てられた、使い古されたブーツを拾い集める男がいた。
男の仕事は汚れたブーツを丁寧に磨きあげる事。
仕事といっても磨いたブーツを売る訳でも、
村人のブーツを磨いてお金を貰う訳でもない。
ただ黙々と捨てられたものを磨き続けた。

男は磨き終わるとそれを自慢げに家の外へ吊るした。
吊るされたブーツのどれもが生き生きとしていた。

「これだけあれば足りるかな」
男がひとり呟き眺めていると村人が聞きに来た。
「そのブーツ、一体どうするんだい」
男は遥か遠くを眺めて答えた。
「旅へ出るんだ」
そして続けた。
「ブーツがあればあるほど遠くまで歩けるだろう」



<8月19日より1年間、ヨーロッパへの旅の日程が決まりました>

text by : tetsuya
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作りかけのスープ


「心だけは冷やしてはいけない。
いつでも温かくしておくのさ。」
おばあちゃんの口癖だった。

「今日はいったい何杯飲んだだろう。
温かいスープを何杯飲んだだろう。」
そう呟きながら、おばあちゃんは毎日スープを作り続けた。

隣村から失恋した女の子が泣きながらやってきた。
「おばあちゃんのスープは本当に人の心までも温かくしてくれるの?」
おばあちゃんは、にっこり笑ってスープを差し出した。
スープを飲むと心がポカポカして、女の子は思わず笑顔になった。

ここの村人はおばあちゃんのスープを毎日かかさず飲んだ。
おかげで村人はどんなに寒い冬の夜でも、心だけは温かかった。

ところが村人はスープを飲み過ぎてしまい、
井戸の水、川の水は無くなってしまった。
おばあちゃんは困った。
しばらく考えて、大きな茶色い鍋をかついだ。
そしてまだ見たこともない海まで歩き出した。

何日もかかってやっとのことでたどり着き、
溢れてしまいそうな海を見て驚いた。
「どれだけのスープが作れるだろう?
どれだけの人に飲んでもらえるだろう?」
おばあちゃんは自分の持ってきた大きな茶色い鍋をとても小さく感じた。

「こんなに大きな海をたくさんのスープに変えられたら・・・」
そう言って砂浜から海へと歩いて行った。
海にありったけの塩を振りまいて、ありったけの胡椒を振りまく直前に、
かつてスープを飲ませてあげた隣村の女の子がやってきた。
「おばあちゃんがいなくなって村の人たちは凍えているわ。
みんな、おばあちゃんの帰りを待っているのよ。」
女の子はおばあちゃんの手をとって村へ連れて帰った。

海はまだ冷たく、塩の味しか付いていない。
しかし村人にとってはおばあちゃんが村にいてくれるだけで温かいのだ。



text by : tetsuya
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残された泥だらけの靴


羊飼いの男が姿を消してから、もう300日が経とうとしている。
羊小屋の中には残された30頭の羊が「メーメー」鳴いている。

男の生活はいつも決まりきっていた。
太陽が昇ると目を覚まし、羊を連れて山へ行く。
お腹が空いたら、チーズを食べてミルクを飲む。
太陽が沈みかけたら、羊を連れて家へ帰る。
外が暗くなれば、月を見て目を瞑る。
ただ、星の綺麗な夜だけは夜更かしをしたが。

男は時計を持たない。
時間も知らなければ日にちも知らない。
けれども何ひとつ困る事はなかったし、幸せな生活だった。

ある朝、1頭の羊が小屋から逃げ出してしまった。
男は慌てて追いかけた。
靴も履かずに追いかけた。
それはまるで羊が羊飼いの男を導いている様だった。

気が付くと男は見たことも無い都会の中にいた。
街の真ん中には大きな時計塔があった。
街の人々はその時計に動かされているかのように
それを見ては慌てて働き、それを見ては慌てて眠りについた。
都会では、太陽も月も星も何の役にも立たなかった。
男は可哀相で見ていられなかった。

ある夜、男はこっそりと時計塔によじ登り、時計の針を止めた。
時計を見た街の人々はどうしていいか分からなくなってしまった。
けれども少しずつ自分らしさを取り戻した。

それから男は夜になると、こっそりと時計の針を止め歩いている。
あなたの街の時計の針が止まった時こそ、
羊飼いの男が自分の家に帰れる時かもしれない。

text by : tetsuya
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仕立て屋の恋


「私のシャツのポケットを縫い閉じて。」
「そんな事したら思い出が消えちゃうよ。」
「私は何も持たないの。」
寂しげな彼女はそう言い、一枚の絹のシャツを残していきました。

仕立て屋の主人は手が進みませんでした。
何かポケットに入れられるものはないかと考えました。

考えているうちにも針は進んでしまい
朝の日差し、珈琲の薫りとトーストの匂い
針箱や指革の匂い、雨の音や夜の匂いも一緒に
一針、一針ポケットに縫い閉じられました。

仕立て屋は彼女に惹かれていました。
最後の一針に仕立て屋のそんな気持ちも詰まりました。

シャツを着た彼女は気付きました。
縫い閉じられたのは左胸のポケットだけではなく
心までも仕立て屋の主人に縫い閉じられてしまっている事に。

、、、、仕立て屋の主人と糸で結ばれた彼女の話。

ベルリンの仕立て屋を見て思いついたいたずら話。
写真はその仕立て屋のお直し表。

text by : tetsuya



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海に落ちた初恋


海の水を「恋する水」と偽り行商する詐欺師の話はどうでしょう。

「雪の下には何があるんだろう。」
詐欺師の3才になったばかりの息子は、
雪を掘り、濡れた革の手袋を小さい息で温めながら聞きました。
「雪の下には広い海があるんだ。」
詐欺師はそう答え、残り一本のマッチで煙草に火をつけました。

ここは一面真っ白な雪の街です。
詩人にとっては、真っ白な原稿用紙になります。
インクの染みた雪は、詩人の苦悩なのでしょう。
画家にとっては、真っ白なキャンバスにもなります。
画商は、絵の具のついた雪を辿り歩きます。
この街の人は毎日、夜になる時間を楽しみに待っています。
夜になると月の明かりが、街をレモン色に変えてくれるのですから。

しかし、いい事ばかりではありません。
”熱くなりすぎる”と、地面の雪が溶けて、海に落ちてしまうのです。

ずっと好きだった女の子に14才の少年はポケットから手紙を渡しました。
「すきだ。」とだけ書いてありました。女の子は真っ赤になりました。
そして夜空を見て恥ずかしそうに少年はいいました。
「きれいな星を好きなだけ君にプレゼントしたい。」
女の子は胸が熱くなり広い海に落ちてしまいました。
たくさんの星と一緒に。

海にいるヒトデは女の子の星なのです。
"海星"と書いて”ヒトデ”と読むのはこのせいです。

「パパ素敵。」
詐欺師は息子のこの言葉に胸を熱くして海に落ちました。
きっと、また両手いっぱいの「恋する水」を汲み上げてくるのでしょう。

(雪の日のチェスキークルムロフ城からの眺め)

text by : tetsuya
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