小さな映画館 avec Cabinet Fantastique


「これから えいがが はじまります」
子供たちがはにかみながら開会宣言をして
3回目の小さな映画館は幕を開けた。

上映会が決まった時、始まりの挨拶を息子にやらせてみようと思い立った。
息子もやる気満々で毎日練習を重ねていたが、練習のやり過ぎか緊張か
「これらっえいがっはじまりっす」と日を追うごとに早口になっていき
息子自身も吹き出してしまうほど、どんどん下手になっていく。
これでは何を言っているのかさっぱり分からない...と心配していたところ
路川さんの娘のもとちゃんも一緒に始まりの挨拶をしてくれることになった。

無事に開会宣言ができてほっとしていると
映写機がカタカタと音を立てながら回り始めた。
軽快な音楽のアニメーションや瞬きを忘れてしまうほど圧巻のミュージカル映画、
笑いがこぼれるコメディ...と色々なフィルムが次々とスクリーンに映し出された。
お客さんの手元に配られた”本日のメニュー”と題された映画の演目表が
アトリエをより映画館らしい雰囲気にしている。
あさこさんが描いてくれたシルクハットに蝶ネクタイの紳士の挿し絵がまた可愛い。

一本上映が終わるごとに岡田さんがフィルムをキュルルーと巻き上げる。
その間に路川さんが映画の解説をしてくれるという一風変わった上映会。
それもアメリカのアニメーションが流れた後に声優のおじいさんの画像が現れて
「大の犬好きだったという情報があります」というあまりにもマニアックな解説。
岡田さんはフィルムを巻き上げ、次の準備が整うと路川さんに合図を送るだけで
一言も声を発することはなかったが、スクリーンを見つめるお客さんたちを
一番後ろの席から静かに見守ってくれている気がした。
この独特な雰囲気がキャビネ・ファンタスティクの魅力だと思う。

お客さんも興味深い職種の方ばかりだった。
フォトグラファー、ファッションデザイナー、グラフィックデザイナー、
イラストレーター、古本屋の店主、活動弁士、レコード文化研究家...と様々な方が
キャビネ・ファンタスティクに惹き付けられて佐原まで足を運んでくれた。
仙台から5時間もかけて上映会のために駆けつけてくれた方がいたのには驚いた。

映画好きの大人にとってはもう最高に面白い時間だったけれど
子供にとってはどうかなと顔を覗くと、真剣な眼差しでスクリーンを眺めては
何度も後ろを振り返って、くるくると回るフィルムを見つめて
「じてんしゃみたい」と言ってまた不思議そうにスクリーンに顔を戻していた。
顔を黒塗りにした同じ年くらいの子供が出てきたシーンでは
子供たちがざわついて、くすくす笑い合っていたのも微笑ましかった。

休憩時間になると、菜々さんが花型や馬型のクッキーの詰め合わせを
さっき摘んできたばかりのデイジーを添えてバスケットに用意してくれた。
可愛らしい型抜きクッキーの中にはプレッツェル型もいくつかひそんでいる。
子供も大人も映画の世界から抜け出したようなクッキーに夢中になっていた。

後半の上映も終わり、子供たちがまたそろそろと前に出て声を揃えた。
「これで えいがを おわります ありがとう ございました」
息子は閉会宣言の練習はしていなかったので少し慌てていたが
始めと終わりの挨拶ができたことが誇らしかったようで
上映会が終わってからもずっとそのことを口にしていた。

また近いうちに映写機でのフィルム上映会ができたらいいなと考えている。
古い洋館でこんな感動を味わえるなんて幸福としか言いようがない。
アトリエに残されたクッキーの包み紙とデイジーの花束が
夢のような一日を物語っていた。



photo by : nana hoshiya

text by : tetsuya
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ファンタスティクな上映会


佐原の洋館に出会い、小さな映画館のことをなんとなく思い描いていた頃
久しぶりに遊びに来てくれたあさこさんから思わぬことを聞いた。
路川さんが映写機を持ち込み各地で上映会を開催していると。
なんという絶好のタイミング!という喜びや驚きと共に
小さな映画館の夢が私の中で一気に膨らんでいった。

恵比寿で店を営んでいた時にはお客さんとよく飲みに行っていた。
売り上げ以上に飲み代がかかるものだから
月末はいつも店の賃料を支払うのに四苦八苦していた。
天気が悪いからとバスに乗り、雨も悪くないなと通っていたのも最初だけで
すぐにバス賃を払う余裕すらなくなり、大雪の日でも自転車で通うようになった。

しばらくして、自転車操業のペダルが回らなくなり
希少なウィスキーが揃う酒屋で手伝いをすることになった。
しかし、良い酒を覚えたばかりに給料はすべてボトルへと姿を変えて
よくお客さんを招いていたかつての家でそれらは一夜で空になっていく。
一向に自転車が前に進むことはなかったが、それでも本当に楽しい日々だった。

路川さん夫妻と出会ったのもそんな時だった。
店に足を運んでくれるうちに仲良くなり、家に遊びに来てもらったり
私たちが到底入れそうにもない渋谷のバーに連れて行ってもらったこともあった。
贅沢にグラッパと高級なチョコレートをご馳走になりながら
眺めていた雨上がりの夕暮れが懐かしい。

路川さんが映像や音楽に造詣が深いことは知っていたが
まさかこんな形で一緒にイベントができるとは思ってもみなかった。
岡田さんが各国で集められた珍しいフィルムを観られるのも楽しみで仕方がない。
初めての映写機でのフィルム上映に子供のようにわくわくしている。
おふたりが主催されるキャビネ・ファンタスティクが佐原まで来てくれるなんて
あの時に四苦八苦しながらも店を開いていて良かったと心から思う。

あさこさんが小さな映画館のチラシを作ってくれた。
会場となるアトリエの洋館を描いてくれて、見た瞬間に心が躍った。
ノスタルジックなかわいらしいイラストに上映会への思いがいっそう強まった。

都心からは少し離れているけれど、趣のある佐原の町をゆっくり散歩して
年に数回しか開かない小さな映画館を楽しんでもらえたら嬉しい。
愉快な映画と美味しいお菓子で幸せな夕暮れになりそうだ。



illustration by : asako suzuki

text by : tetsuya
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映画館に3つの帽子

文字通り嵐の幕開けだった。
暴風雨のなか枯れ葉が勢い良く宙を舞っている。
東京へ向かう車中、大雨や強風を心配しつつも
”嵐のなかの上映会”というのも悪くないな...と考えていた。

菜々さんのアトリエから大きな箱を3つ車に積み込む。
箱の中を見なくても、ずっしりとした重みが
ケーキへの想いを掻き立てる。

佐原へ戻る道すがら、空は徐々に明るくなり春のような陽気になった。
古い建物ですきま風もあるから、きっと寒いだろうと思って
買い足した3つ目のストーブは何だったのだろう...と
有り難き太陽の光を素直に喜べない自分がいた。

上映会をやろうと思ったきっかけのひとつは川越の古い映画館だった。
雨降りの月曜日にひとりで観た「大いなる沈黙へ」という
フランスの男子修道院の日常を撮った台詞も音楽もない映画。
客は数えるほどで、しかもその内の数人は寝息を立てていた。
スカラ座で観たその静かな時間がずっと心に残っている。

それもあって雨もいいかなと思っていたのかもしれない。
朝の嵐の影響で遠方からのお客さんが次々と来れなくなってしまい
「椅子を片付けようか」と妻に訊かれたけれど
あの人がまばらなスカラ座のどこか物悲しい雰囲気が頭を過って
そのまま空席を残しておくことにした。

キノ・イグルーの有坂さんは上映をお願いしていた3本の映画の他にも
いくつか短編映画を選んでくれ、さらにもう1本流したいものがあると
上映前に笑みを浮かべながら教えてくれた。
その話をする表情がもう本当に嬉しそうで
心から映画を楽しんでいることが伝わってくる。

上映時間まで息子と娘を連れて買い出しに行っていると
ふたりとも早朝から長距離を移動した疲れか
車中でぐっすりと眠ってしまった。
アトリエに戻っても起きる気配はない...。
そのまま寝かせておけば、ゆっくり映画を楽しめると思ったが
上映開始ぎりぎりになって、楽しみにしていた息子の顔が思い浮かんで
急いで駐車場へ呼びに行く。

起き抜けで騒いだらどうしようと心配しつつも
目を閉じたままの息子を抱えて席に着くと同時に上映が始まった。
パッと目を開いた息子がスクリーンを見上げると大好きな映画が流れた。
その嬉しそうな横顔を見たら、車で寝かせておこうなんて
一瞬でも考えたことに罪悪感をおぼえた。
一時間以上もあったけれど、子供たちは夢中になって観ていた。
私にとってもあっという間だった。
息をのんだり、笑いがこぼれたり、映画に釘付けになっていた。

最後に流れたチャップリンの映画の余韻のなか、帽子のケーキが現れた。
チャップリンの山高帽に、キートンのぺちゃんこなポークパイ帽。
そして、3つめに菜々さんが内緒で用意してくれていた
妻がルーマニアで愛用していたフェルト帽を模した
バースデーケーキが蝋燭の灯りを添えて登場した。

3つの帽子ケーキが並び、子供たちが蝋燭を吹き消した。
バレンタインデーだからとチョコレートケーキをお願いしていたら
話が面白いように転がり、帽子のケーキを作ってもらうことになった。
どれもナイフを入れるのをためらうほどの可愛さだった。
大きなケーキを囲んでティーパーティーが始まると、美味しさのあまり
帽子がひとつ...ふたつ...みっつ...と瞬く間になくなっていった。

映画を観て、ケーキを食べて、手元には何も残らない。
けれど、もし何かひとつでも心に残るものがあったら
それほど嬉しいことはない。


photo by : nana hoshiya

text by : tetsuya
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1934年の映画館

立て続けに上映会を開催するとは思ってもみなかった。
しかし、前回の上映会で映画の楽しさを知ってしまった息子から
「ところで…一体いつになったら映画屋さんはきてくれるの?」と
覚えたばかりの接続詞をふんだんに使ってしつこく質問されるので
上映会以外のことがまったく頭に浮かばなくなってしまった。

たとえ開催できたとしても、失敗を含めて思い出深い
前回の上映会よりも感動できるかどうかが不安だった。
アトリエに通う度、真っ白なスクリーンを前に椅子に座り
ここに何が映ったら皆が喜んでくれるだろうと考えていた。
わざわざ洋館に映画を観に来てもらうのだから
ここでしか味わえないことをしないと意味がないと思った。

何を上映しようか迷っているとキノ・イグルーの有坂さんが
「アニメーションはどうですか」といくつか候補をあげてくれた。
そのなかに『三匹の小熊さん』という戦前のアニメーションがあった。
昭和9年に建てられたアトリエの洋館とちょうど同じ時代の作品だ。
それならば、その頃にタイムスリップしたような上映会にしたいと
大好きなチャップリンとキートンも加えてもらい作品が決まった。

さらに星谷菜々さんが1930年頃を彷彿させるような
チョコレートケーキをつくってくれることになった。
きっとノスタルジックなデコレーションケーキが
当時のティーパーティーに誘ってくれることだろう。

バレンタインデーに次回の上映会が決まったことを息子に告げると
「じゃあさ映画みてさ…またみんなでケーキ食べようね」と飛び跳ねた。
大好きな菜々さんのつくるケーキが気になって仕方ないようだ。
私もまた夢のような時間が過ごせるのを楽しみにしている。

text by : tetsuya
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ぼおちゃん
毎朝、家族揃って家を出る。
妻をアトリエに送り、息子を保育園に預ける。
そして娘が寝るまで車でひた走る。

娘が眠り、ようやく仕事が始められると思い
急いでアトリエに戻り扉を開くが、そうもいかない。
ぬいぐるみの毛が舞っていてどうにも刺繍ができないのだ。
越してくるまではそれぞれのアトリエがあったので
お互い自分の世界に没頭して制作ができたけれど
今はそういう訳にもいかない。

気になって掃除を始めるが、きりがない。
目は痒いし、くしゃみはでるし、洋服は毛だらけ。
そうこうしているうちに娘は目を覚まして泣き出す始末。
そんな毎日に嫌気がさすこともあるけれど
ぬいぐるみができた時には心から幸せな気持ちになれる。
眩しいほどの西日を浴びて橙色に染まったぬいぐるみを見ていると
やはりここにアトリエを構えて良かったと思う。

夕方、保育園へ息子を迎えに行き、アトリエに戻ると
朝はいなかったぬいぐるみが机の上に座っている。
息子は嬉しそうに抱き上げて言う。
「ぼおちゃんてほんとうにかわいいよね」
確かに私もそう思う。
いつも見ているはずなのに表情が微妙に違うだけで
初めて会ったような気持ちになる。
妻は愛おしそうに何か小さく声を掛けながらぬいぐるみを包み
家族揃って家に帰る。

Fredericのぬいぐるみの受注を1月25日に再開します。
昼の12時〜13時の1時間のみの受け付けになります。
短い時間となりますが、どうぞよろしくお願い致します。

text by : tetsuya

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1月25日の13時をもちまして2016年のFredericの受注を
締め切らせていただきました。たくさんのご注文をいただき
大変嬉しく思っています。どうもありがとうございました。

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小さな映画館

二週間前に上映が決まり、一週間前に告知、しかも開催は月曜日。
簡単に席が埋まるはずもなく、ひとりよがりの開店日に反省もしたけれど
初めての上映会は思い入れのあるこの日以外に考えられなかった。

スクリーンも用意していないまま迎えた当日。
アトリエはいつものように散らかり放題で
これから映画が始まるとはとても思えない有様。
昼過ぎにようやく友人に手伝ってもらってスクリーンを貼り
上映の一時間前に慌ただしくティーセットを用意して
大急ぎで息子を保育園に迎えに行く。

息子は上映が決まってからずっとこの日を楽しみにしていて
保育園に行く度に「映画屋さんが来るんだよ」と友達に自慢していた。
いつの間にか先生が「kino」のチラシをたんぽぽ組の扉に貼ってくれていて
それを目にする度に私も嬉しかった。

上映会に向けてそわそわしていたのは息子だけではない。
「暗幕はどうするの?」「スピーカーはあるの?」「机は足りる?」と
大家さんや近所の方が気に掛けてくれて、必要な什器をすべて貸してくれた。
老朽によって継ぎ接ぎだらけのアトリエも皆が心配していたが
結局、借りた時のまま照明も壁も床も手を加えないことにした。
この建物と空間に惹かれてここに引っ越して来たのだから
気負って手直しするよりもありのままの状態が良いと思い
天井からぶら下がった味気ない蛍光灯も
穴ぼこだらけのくすんだレモン色の壁も
日に焼けた黄土色のカーテンもそのまま残した。

息子を連れてアトリエに戻ったのは上映開始の数分前。
ずらりと並べられた椅子には既にお客さんが腰を下ろしている。
最後の客である息子も席に着いて物珍しそうに辺りを見回した。
スクリーンの袖から見たその光景は不思議な高揚感をもたらした。

アトリエが暗くなり、いよいよ映画が始まった。
前列に座った子供たちが急に静かになってスクリーンを見上げる。
きっと途中で飽きてしまうだろうなと思ったけれど
みんな最後まで映画に釘付けになっていた。

映画が終わると真っ暗なアトリエに蝋燭の明かりが灯った。
客席から歓声が上がり、羊のクリスマスケーキが姿を現す。
子供たちが蝋燭を吹き消し、白い羊のまわりに赤い木の実を散らした。
終わってしまうのが惜しいほど心を揺さぶられた映画の余韻のなか
幻想的なケーキの登場で再び映画の世界に引き戻されたようだった。
少し気の早いクリスマスパーティーは予定の時間を過ぎても終わらなかった。

店を営んでいた時には味わったことのない感動があった。
ひと月にたった一日だけ開く店があってもいいなと実感した。
上映会の一日が一本の映画のように深く脳裏に焼き付いていて
アトリエに来る度に幸せな気持ちになれる。
壁一面のスクリーンも整列した椅子も香しい匂いを放つ花束も
片付けるのがもったいなくて、まだあの日のままにしている。

素敵な時間を作ってくれた有坂さんと菜々さんと
映画を観に来てくれたお客さんに感謝します。


photo by : nana hoshiya

text by : tetsuya
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12月14日

半年通いつめて借りられることになった洋館に
幸か不幸か引っ越しの直前に車が突っ込み
ショーウィンドウのガラスは粉々になった。
おかげで引っ越してきた時には床にガラスの破片が飛び散り
ベニヤ板のショーウィンドウに変わっていた。

割れたガラスと外壁を直し、歪んで開かなくなっていた扉も
鉋で削り、戸車を換えて、ようやく滑るようになった。
修理にかかった時間はそれほどでもなかったが
80年前の建具と同じようなものを探すのに2ヶ月もかかってしまった。
まだ修復したいところは山ほどあるけれど
とりあえず予定していた開店日に間に合いそうでほっとしている。
どうしても12月14日に店を開けたかった。
10年前に恵比寿で店を開けた日に新しいことを始めたかった。

どんな店にしようかずっと考えていたけれど何も思いつかなかった。
10年前だったら子供服やぬいぐるみの他にも
自分が欲しいと思うものを仕入れることができたけれど
今は欲しいと思うものが見つからない。
そのかわり、すっかり魅了された佐原の町で
心地良い時間を過ごしてもらいたいと思うようになった。

開店日には映画を上映することにした。
上映する作品はすぐに決まった。
ルーマニアが舞台となっている佐藤雅彦監督の「kino」。
すぐにキノ・イグルーの有坂さんに連絡をした。
家に遊びに来てくれた日から4年も経っていたけれど
有坂さんも「kino」が大好きだということはずっと憶えていた。
わざわざ有坂さんは佐原まで足を運んでくれて
「いつもは空間を見て上映する作品を決めるけれど
 今回は誰がどう考えても「kino」しかないと思う」と賛成してくれた。

お菓子を作ってもらいたい人も真っ先に思い浮かんだ。
ルーマニアで知り合った料理家の星谷菜々さん。
幾度となくご馳走になっている菜々さんの美味しい手料理の感動を
「kino」と一緒に味わえたらどんなに幸せだろうと思った。
ただ人数分のお菓子を用意するのではなくて
いつも家に遊びに来てくれる感覚で作ってもらいたいとお願いをした。

椅子は24席。これも最初から決まっていた。
引っ越しの前日に古道具屋で見つけた2脚の椅子が事の発端だった。
「もしかしたら倉庫にあと10脚くらいあるかもしれません」というので
「せっかくなので全部もらいます」と気軽に答えた。
配達に来てくれた店主は「24脚ありました」と言い
庭にはすでに椅子が山のように積み上げられていた。
その光景を見て、もう後戻りすることはできなかった。
引っ越し日に積みきれず、翌日もトラックを借りる羽目になったけれど
椅子が24脚もあるからこそ上映会をやろうと思いついたので
何か縁があったのだろう。

そして12月14日は娘、希舟(きの)の1才の誕生日。
きっと特別な1日になるだろう。


text by : tetsuya
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入園式

むせ返るほどに咲き乱れる菜の花の土手を通って
まだ慣れない道を一張羅を着た息子が駆けていく。
4月から通うことになった保育園の入園式に家族で出席するため
春の息吹を肌で感じながら急ぎ足で向かっていた。

園庭に咲く満開の桜が強風に煽られて
無数の花びらがひらひらと可憐に舞っていた。
久しく体感していない、新学期という清々しさが漂っている。
ぎりぎり式に間に合ったは良いものの、息子は立ったり座ったり
どこかへ行こうと私の手を引っ張ったり、とにかく落ち着きがない。
先生たちの話にもすっかり飽きて、私の手を振りほどくと
園庭の遊具に一目散に向かっていった。
同い年の子たちはおとなしく座っているというのに
息子は広い園庭でただひとり、飛んだり跳ねたりして笑っている。

やがて泣き出してしまった娘を不憫に思って夫が先に帰ると
息子もその後を追って脱走してしまった。
ようやく連れて戻ってきた時には、式はすでに終わっていて
園庭で集合写真を撮る寸前だった。
息子はそこへ勢い良く駆け寄り、よりによって真ん中の席に座ると
すました顔をして写真に収まった。

こんな波乱な幕開けだったけれど、毎日楽しそうに保育園に通っている。
朝早くに起きて、一刻も早く登園したがる様子にこちらまで嬉しくなる。
元気すぎるほど活発な息子の育児に追われ、思うように進まない仕事に
もどかしい気持ちがあったので、入園できたことに心から感謝している。

4ヶ月になったばかりの娘が寝ている間の作業時間ではあるけれど
以前よりもずっと集中してぬいぐるみがつくれるようになった。
またFredericのぬいぐるみがいろいろな場所へ
旅立っていくことが楽しみで仕方がない。

(Fredericのぬいぐるみの受注を再開します。
 詳しくはNewsにてご覧ください。)

text by : yuki

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本日、Fredericのぬいぐるみの受注を再開しましたが
すでに年内の制作予定数を超えてしまったため
お届けまでにお時間がかかってしまうので
ご注文の受付を4月20日16時にて
締め切らせていただくことになりました。
数時間だけの受付となってしまい申し訳ありません...。

只今14時ですのであと2時間の受付となりますが
どうぞよろしくお願い致します。

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Fredericの制作再開

息子が8ヶ月を迎えた。
生まれたばかりの頃は朝から晩まで寝室で過ごし、
しばらくするとリビングで1日の大半を過ごすようになり、
今ではいろいろな部屋を自分で這って行き来するようになった。
私もこの8ヶ月間、息子と片時も離れることなく同じ部屋で過ごしていた。

その間、私のアトリエは誰も立ち入ることなく、照明すら点けることもなく、
たまに扉を開けて覗くと時が止まったかのようにしんと静まり返っていた。
部屋の棚に並ぶFredericのぬいぐるみたちは、私がどうしているかと
きっと皆でひそひそ話し合っているだろうと想像していた。

息子は活発に動くようになってますます目が離せなくなってきたが、
授乳は頻回でなくなり、まとまって眠るようにもなったので
夫に協力してもらって久しぶりにアトリエに足を踏み入れた。
どこかよそよそしい表情に見えたぬいぐるみたちだったが、
窓をすべて開け放ち、エプロンを付けて髪を束ねると
一瞬でいつもの作業前の凛とした空気になった。

ハサミで裁断するジョキジョキという音、
少し調子の悪いミシンのカタカタという音が響くと
慌ただしい育児で忘れかけていた感覚が甦ってきた。
ぬいぐるみ制作に没頭する時間は、
私にとって夢想の中を漂うような感じだ。
作業をしている指先に集中しているはずなのに
ふとどこかで別のことに想いを巡らせている。

数時間作業をしただけなのに戻って息子を抱き上げると
何日も離れていたかのように、さらに愛おしい気持ちに満たされた。
子煩悩な夫も育児は苦にならないらしく、彼らしいおどけた遊び方で
息子は大興奮して今まで見たことのない嬉しそうな表情で笑っていた。
こうして育児と制作を交互にやるのが私たち夫婦にとって
良いかたちなのかもしれないと感じ、まだ早いかなと思いつつも
思い切ってぬいぐるみの制作を再開することにした。

まだまだ手のかかる息子をみながらの仕事なので
心配は尽きないが、再開を心待ちにしてくれている方々に
少しでも早く応えたいという気持ちが強かった。
たくさんの方のあたたかい言葉や寛容な心に
Fredericはいつも支えられている。

(ぬいぐるみのご注文は9月1日より承ります)

※受注を再開しましたが、かなりの注文数になってしまったため
9月16日で一旦ご注文を締め切らせていただくことにしました。
詳しくはNewsページにてご案内しております。
どうぞよろしくお願い致します。          9月8日

text by : yuki
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Fredericのぬいぐるみ

「はじめまして、ボーです」
と妻がぬいぐるみのくまを抱えて、
そう言ったのはもう10年ほど前だろうか。

結婚前の当時、私は子供服の会社に勤めていたが、
妻は就職もせずにぬいぐるみ作りに没頭していた。
ある日、仕事から疲れて帰ると、妻が目を輝かせて
バッグの中からくまのぬいぐるみを取り出した。
私は今まで見たことのないまぬけな表情に
思わず笑ってしまった。

それから、毎週のように仲間が増えた。
「新しい友達を紹介するね」と言って、
会社の近くで昼食をとっている私に
わざわざ見せにきた事もあった。
ちなみにそれはなまけもののノンだったのだが、
かなり衝撃的だったのをはっきりと憶えている。
ぬいぐるみたちの名前はごく自然についていき、
小さなアパートが随分と賑やかになっていった。

それからずっと同じぬいぐるみを作り続けている。
同じと言ってもひとつひとつ手作りなので表情はどれも違う。
そして、お客さんのもとへ届ける前に、必ず一体ずつ握手をして
頭を撫でて、一言かけてから方々へ旅立っていく。

アトリエの棚に座っている10年前に作られたぬいぐるみたちは
いつもミシンの音を聞きながら、誰が出来上がるのかを楽しみに
妻の後ろ姿をじっと見つめている。

text by : tetsuya
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