Saschiz

あてもなくバスに乗り込み、気になる場所で降りる。その日の気分で行く場所を決めるのが好きだ。予定を立てない方が自由に旅ができる。

モザイクタイルの屋根に銀色の尖塔が美しい古い時計塔の前で降りることにした。ザクセン人が造ったサスキズという村で、遠くには朽ちた要塞も見える。シギショアラからブラショフへ向かう街道沿いの村々は褐色の古い瓦屋根に色とりどりの漆喰の家が続いていて、どこも景観が良い。

まだ具合が悪く、ぬかるんだ獣道を進んだ先にある要塞までは辿り着けなかったが、途中の丘の上でゆっくりと時間を過ごした。上から見下ろす時計塔もまた一際美しい。さっきまで下で喋っていた時計塔の修復をしている労働者が随分と小さく見える。彼らにシギショアラの時計塔と同じ設計者であることを教えてもらった。確かに貫禄のある姿は同じものを感じる。十四世紀に建てられたらしいが、現代もこうして修復され続けていることに感動する。

楽弥と希舟は木登りをしたり、丘を走り回ったりして遊んでいる。雪が溶けて春のような陽気が降り注ぐ丘の上は子供にとっても大人にとっても最高の場所だ。

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Sighisoara

時計塔の鐘の音で目を覚ますも、頭痛が治まらず起き上がれない。妻と子供たちは正午の仕掛け時計を見に出掛ける。

ちょうどひと月前にシギショアラを訪れて、同じように正午の仕掛け時計を見ようと城塞の内側で待っていたのだが、チーンチーンと鐘を鳴らす人形の腕がわずかに動いただけだった。数年前は確かに木彫りの人形たちがぐるぐると回っていたはずなのに。もしかしたら時計塔の反対側だったのかもしれないと思い、がっかりしている子供たちに「また見に来よう」と約束をして街を後にしたのだった。

今度こそはと思い、城塞の外側で針が重なるのを待っていたらしいが、結局人形は回らなかったという。せっかく雪辱を晴らそうと思ったのに残念だ。

私も一日中横たわってもいられず、重い体を引きずるように時計塔まで歩く。夕方六時の鐘の音が響いても仕掛け時計はやはり動かない。機械仕掛けとはいえ、数百年と動き続けた人形たちもさぞかし疲れているのだろう。

帰りは希舟が手を引いてくれる。まだ四才でも元気がない時には優しく気遣ってくれる。相当弱っていたのだろう「パパがおじいちゃんになっても一緒に歩こうね」と私が年老いた時の話ばかりしている。それはそれで楽しい旅になりそうだ。

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ValeaViilor

昨夜の生演奏は朝五時まで続いた。そのせいか今日は頭痛が酷い。それでも手ぬぐいで頭を冷やして、要塞教会へ向かうことにした。

コプシャ・ミカという駅まで列車に乗り、そこからヒッチハイクをする。これまで幾度となくヒッチハイクをしてきたので、楽弥も希舟も自然と親指を立てている。リュックサックを背負って必死に車を止めようとしているふたりの姿を見ると旅に出てよかったと思える。色々な人に出会いながら目的地に到着した時の喜びを感じてもらえたら嬉しい。

一時間くらいして一度通り過ぎた車が戻ってきてくれた。すぐ近くに住んでいるのに、わざわざ隣村まで乗せていってくれるという。気の良い夫婦で、奥さんが希舟を膝に乗せてヒマワリの種を剥いて食べさせてくれている。丘に囲まれた細い一本道を進んでいくと目の前に羊の群れが現れた。のんびりと歩く羊たちが横断するのを待って、車はヴァレア・ヴィイロルへと進む。

ザクセン人が造った整然と並んだ家々を通り過ぎて、古い要塞教会の前に着いた。お金を受け取らずに「ファンタスティックな家族に会えて嬉しいよ」と子供たちが気に入ったヒマワリの種を大量に持たせてくれた。「ファンタスティック」子供と一緒に旅しているとよくこの言葉を掛けられる。それは嬉しいことだが、それと同じくらいに「君たちはモンゴル人か?」と問い掛けられる。

ヴァレア・ヴィイロルの要塞教会はとにかく素晴らしかった。古い石造りの時計塔が時を刻んでいる。教会の前を馬車が行き交い、ぼんやり眺めているうちにあっという間に時間が過ぎていく。カメラがない方が人間は目で見て記憶に残そうとするのかもしれない。教会の細部まではっきりと頭に焼き付いている。

帰りはヒッチハイクを始めるなりすぐに車が止まってくれ、メディアシュまで送ってもらえることになった。優しいおじさんは、かつてこの辺りの地域に多くいたザクセン人の歴史を教えてくれた。

不思議なことに今朝まで泊まっていたアイリッシュパブに再び戻ってきた。店のお兄さんは喜んで、子供たちに大きなグレープフルーツを持たせてくれた。清々しい気持ちのままシギショアラ行きの列車に乗り込む。

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Medias

朝起きて蚤の市へ向かう。八年前よりも規模が大きくなり賑わっている。衣料品や日用品ばかりだが、その中に古い絵皿や手刺繍の布などが混ざっていて探すのが楽しい。ここでは面白いことにジプシーが私に服をくれる。そんなにぼろぼろの格好に見えるのだろうか

蚤の市を出て駅に向かう。具合が悪いからこそ体をごまかすかのように旅に出たい。ベッドの上にいても良くならないと思い、行き先も決めずに列車に乗る。三時間程走って、メディアシュという駅で下車する。駅前のアイリッシュパブの上が宿になっていたので、交渉して安く泊めてもらう。支払いをすると「これだけでいいよ」とさらにまけてくれた。ルーマニアではタクシーの運転手やカフェの店員が「旅を楽しんで」とお金を受け取らないことがよくある。そして「良い一日を」なんて言えるのだから素晴らしい。ルーマニアにいると人として学ぶことがたくさんある。

夜は宿の下のアイリッシュパブでギネスを呑む。食欲がなかったので、私はすぐに部屋に戻ったが、食後に子供たちにとティラミスが出てきたらしい。それも従業員の自腹で。

パブでは生演奏が始まり、それが上の階まで大音量で響く。どう考えても眠れるはずがない。もう怒るとかの感情を越えて笑えてくる。ルーマニアのこういうところが憎めない。楽弥と希舟はさすがに戸惑って枕に顔を埋めている。

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Cluj-Napoca

夕方になってようやく外に出る。昨日から丸一日寝込んでしまい、朝から何も口にしていないので、スーパーに食べられそうなものを探しに行く。

クルージ・ナポカは八年程前に暮らしていた町で、ここに来ると自然と心が落ち着く。何をする訳でもなく城塞の上でぼーっと時間を過ごすこともある。

子供を連れてこの町に来て驚いたことがある。道行く人が子供にお金を渡すのだ。「美味しいものを食べてね」と子供に紙幣を握らせる。もちろん最初は断ったが、たまらなく愛おしいというような表情でふたりを見つめて「子供たちのために使ってあげて」と言われると返すに返せない。お金だけでなく、お菓子やケーキや玩具を貰うこともよくある。不思議だけれど、こんなことが一日に何度も続くのだ。子供連れの旅は大変なことも多いけれど、天真爛漫なふたりの振る舞いが幸運を呼ぶのかもしれない。

洋梨とプラムとグレープフルーツを買い込んで宿に戻って食べる。いつもすごい勢いで果物の取り合いをしている子供たちが、今日は私の体調を気遣ってか隣で大人しく見ている。子供たちも旅をしながら成長しているんだなとしみじみ感じた。

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Cluj-Napoca

体調が悪くなってから一週間。いまだに熱もあるし咳も止まらない。もう井戸に行って水を汲む気力も薪を割る気力もない。どうにか環境を変えて体調を治そうとクルージ・ナポカに向かった。

宿に着くなり、バスタブに湯を張って風呂に入る。荒治療だが、具合が悪い時は熱い風呂に浸かって体の熱を外に出す。風呂の後は余計に高熱が出るが、一日、二日経つと良くなる。それにしても二週間振りの風呂は気持ち良い。

三人は散歩へ出掛けたが、私はずっとベッドの上にいる。外国まで来て一体何をやっているのだろう。出発前に買ったカメラが壊れて、古物が詰まった日本宛ての荷物が紛失して、普段ひかない風邪をこじらせてと良くないことが続いている。何とかここから持ち返さないといけない。そんなことを考えながらまだ明るいうちに眠りについた。

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Sic

散歩に出掛けたらミハイの奥さんのジュジに会う。「何で家に寄ってくれなかったの?ずっと待っていたのよ!」とそのまま腕を組みジュジの家へと向かう。

ミハイはシクで一番最初に出会った羊飼いだ。見るからに優しそうなおじいちゃんで、ルーマニアで暮らしていた時はしょっちゅうミハイの家に遊びに行っていた。ミハイの羊小屋を見せてもらい、ジュジの機織りを見せてもらい、壁一面に琺瑯の鍋が掛けられた台所で食事をご馳走になるのがいつもの過ごし方だった。

それが去年訪れた時に、五年前にミハイが亡くなったことを聞いた。ジュジは悲しそうな顔を見せたが、私たちに子供がいることを喜んでくれた。次から次へとパラチンタを焼いてくれ、子供たちが頬張るのを幸せそうに眺めていた。

「今日はパラチンタの材料がないの」とジュジは琺瑯の鍋の蓋を開けた。そして白インゲン豆のスープをよそってくれる。「もっと食べて」となくなるよりも先によそってくれる。それを食べ終わると楽弥と希舟は眠ってしまう。私まで希舟を抱いたまま眠ってしまった。ジュジの家は自分の家のように落ち着く。

別れ際に次に会う約束をした。ジュジは小さな紙に日にちを書いて、それを握りしめて手を振っている。

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Sic

朝一番にロージーの旦那さんが消えたままの家の電気を見に来てくれる。ドライバーでブレーカーをちょっと触っただけで電球が点いた。接触の問題だったのだろうか。村の人は家でも車でも自分で直してしまうからすごい。

「靴もう濡らさないようにね」と妻が声を掛けた次の瞬間、楽弥と希舟の足は水たまりにどっぷり浸かっている。庭にできた水たまりに木の板で橋を作り、おたまで雨水をすくっては川へと流しに行く。水たまりの水量は一向に減らないが、ふたりとも泥だらけで忙しそうだ。「足が重ぉい」とびしょ濡れのブーツを引きずっている。

夕暮れ時にジュジがクッキーを持って家に遊びに来た。これからジュジが履いていたというシクの赤と黒のブーツを孫のトゥンデのためにお直しに出すという。シクの民族衣装は本当に美しい。こうして村の民族衣装が受け継がれていくのだと思うと嬉しくなる。何十年も履いていたとは思えないほど踵に咲いたチューリップの刺繍が光り輝いていた。

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Sic

どういう訳か朝から電気が点かない。コンセントも使えなくなっている。停電でもないし、ブレーカーの問題なのだろうか。この家で使っているのは電球ひとつだけなのでさほど問題はないが、夜はどう過ごそう。

隣の家のロージーが揚げたてのランゴーシュとプルーンジャムを持ってきてくれる。彼女の作るお菓子はどれも優しい味がする。ロージーが電気のことを心配して旦那さんに訊いてくれるという。

子供たちをジュジと娘のシャーリーに預けて、マールトンの母親の埋葬に向かう。マールトンの青い自転車が教会の前に一台立て掛けられている。司祭が読み上げる言葉に棺を囲んだ親族が咽び泣いているが、マールトンだけは涙を流していない。母親が亡くなったことをまだ信じ切れていないのか、どこか上の空だ。

親族の手で棺が丘の斜面にある墓地へと運ばれていく。いつも教会のベンチから眺めている美しい墓地。墓地から眺める教会もまた同じように美しい。聖歌が響くなか、花で飾られた棺が男達が手にしたスコップによって少しずつ埋葬されていく。いつも酔っ払って陽気なマールトンが黙ってうつむいている。雨はますますひどくなっていく。

子供たちを迎えに行くとピシュタが薪を用意してくれていた。大袋がふたつ手押し車に積まれている。冬を越すのに薪は何よりも大事な燃料なのに、ピシュタは「無くなったらいつでも取りに来て」と気前が良い。お金も受け取らず、さらにお土産にとパーリンカをくれる。ピシュタに出会っていなければ、薪はもうとっくに尽きていただろう。客人にこんなにもパーリンカを振る舞うこともできなかっただろう。

家に帰ると、やはり電気が点かない。蝋燭に火をつけると希舟がふぅっと吹き消してしまう。どうしてもバースデーケーキのように消したくなってしまうらしい。楽弥も随分と嬉しそうにしている。水道もガスもない暮らしをしていると、電気もなくていいかもしれないと思えてくる。蝋燭が溶けて消えるまで子供たちと一緒に夜を楽しんだ。

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Sic

一向に体調は良くならないが、数日前から友人の家に誘われていたので三日振りに外に出る。ふらふらの状態でピシュタの家に着くなり、分かってはいたがアルコール五十二度のパーリンカが迎えてくれる。ここ三日間ほとんど何も口にしていなかったので体に堪える。

ピシュタとは十三年前にここシクで出会った。その時も気前良くパーリンカを振る舞ってくれ「また必ず寄ってくれ」とお土産まで持たせてくれた。もちろんそれもパーリンカ。それからシクを訪れる度にピシュタの家に寄らせてもらうようになった。

奥さんのジュジがサルマーレを作ってくれている。今日は孫のトゥンデも遊びに来ていて、楽弥も希舟も大喜び。彼女は十一才。父親はドイツに母親はハンガリーに出稼ぎに行っていて、祖父母の家に泊まっている。子供は言葉が通じなくてもすぐに仲良くなる。希舟がトゥンデのほっぺたをつねって笑っている。

ジュジからマールトンの母親が昨日亡くなったことを聞く。ずっと寝たきりだったが、数日前にマールトンの家に遊びに行った時はまだ手を振って笑っていた。ジュジが泣きながら私たちに喪服を用意してくれる。

子供たちをジュジと娘のシャーリーに預けて、葬儀に行く。伝統的な黒い羊の毛皮の帽子を被る男達の中でマールトンだけがいつものハンチングを被っている。小さな棺から一番離れたところで彼は静かにため息をつく。外から男達の聖歌が聞こえてくる。沈黙の時間が流れて、聖歌が終わるとパーリンカのボトルが回ってくる。何周も何周も。頭もぐるぐる回るように痛い。

ピシュタの家に戻るとまたパーリンカを勧められる。ピシュタの息子のピシュタはパーリンカを作っている。親子で同じ名前だから、郵便配達をやっていた父親をピシュタ・ポシュタ、息子をピシュタ・パーリンカと呼ぶ。勧められて呑まない訳にはいかない。ずっと具合が悪かったが、途中から一線を越えたのか頭が痛いことも忘れて呑んでいた。

そういえば昨日、十年以上使っていた革のベルトが切れた。偶然だろうが、誰かが死ぬ時、こういう知らせがある。不思議だけれど。

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