ふたりの少年



「この辺りにいるはずだよ。酸っぱい匂いがするでしょ」その言葉に楽弥が鼻をくんくんさせる。「ほんとだ。酸っぱい匂いがする」ヘッドライトで照らした木を一本一本確かめながらふたりは進んでいく。「がっくーん」「ひーくーん」後ろから希舟の呼ぶ声がする。

懐中電灯で希舟の顔を照らすと頬に四匹の蚊が止まっている。反射的に右頬を叩いてしまった。辺りは真っ暗。ずっと怖かったのだろう。緊張の糸が切れたように大声で泣き出した。「ママー」と泣き叫ぶがママはいない。手を繋ごうとすると希舟の左手にはカナブンが握られていた。

数日前に手の平に乗せたカブトムシの写真が届いた。虫を獲りに行こうと前川さんに誘われたのだ。昆虫が大好きな楽弥は大喜びして、希舟もそれにつられて「きっきぃも行く」となった。きっと庭でバッタを捕まえるくらいの軽い気持ちだったのだろう。それが蓋を開けてみたら街灯もない暗い森ときた。四才の女の子が泣くのも無理はない。

匂いを頼りに樹液が出ている木を見つけた。「ほら。いた。ここはカブトムシにとっては格好の場所なんだよ。ちょうど身を隠せるようになっているでしょ」と嬉しそうに話す昆虫博士と逃すまいと夢中で捕まえる楽弥。鼻を利かせて歩いているうちに虫かごは賑やかになっていった。

暗闇の中でランタンを灯して夕食を摂る。食事を前にして急に元気になった希舟の小さな手が大きなおにぎりに伸びる。「希舟ちゃんのおにぎりは何が入ってるかな?」と前川さんが訊く。もぐもぐしながら「お肉」と希舟が答える。肉は入っていないだろうと思って口にすると本当に肉だ。前川さんが焼き鳥やつくねを入れて握ってきてくれたのだ。さすが大人の姿をした子供である。子供心をよく分かっている。希舟は左手におにぎり、右手にぶどうを持って幸せそうに頬張っている。「ひーくんのお肉おにぎり美味しい」と弁当箱はあっという間に空っぽになった。食べ終えるなり楽弥は捕まえたばかりのノコギリクワガタを見て「こうなってるのが格好いいよね」と頭の上に両手で弧を描いている。それに負けじと昆虫博士も「こうだもんね」と頭の上により大きな弧を描く。ふたりの少年の目が輝いている。

虫なら何でも喜ぶと思った私は見つけた虫を楽弥の虫かごに入れた。すると楽弥がその虫を必死に逃がそうしている。「どうした?」と訊くと「この虫は臭いからいらない」と答える。前川さんが「よく知ってるね。その虫は臭いんだよ」と続く。私が捕まえた臭い虫が虫かごから落ちた途端に楽弥が踏み潰そうとした。その瞬間に「殺すことはないだろう」と前川さんの声が森に響く。恥ずかしくなったのか楽弥は笑ってごまかしている。小さな虫でも懸命に生きていることを痛感した。どんな虫を見つけても昆虫博士がその虫の特徴を教えてくれる。まるでこの世の生きものすべてに意味があるというように。図鑑を見ているだけでは感じられないことがある。「もっと探そうよ」と虫かごがいっぱいになっても楽弥の興奮は冷めやらない。最後にミヤマカミキリを見つけて虫捕りは終わった。

家に帰ると千恵さんと愛犬のニハルが待っていた。何よりも先に楽弥は昆虫博士にもらったおがくずと腐葉土を虫かごに入れている。それを希舟とニハルが仲良く階段に腰掛けて見守っている。前川さんの像刻を前に私の頭は混乱する。さっきまで楽しそうに虫捕りをして、暗闇の中でおにぎりを食べていた大きな少年。その手から生まれた美しい像刻が静かに私を見つめている。まったくの別世界のようにも感じるが、やはり前川さんの純粋さが作品に投影されている。千恵さんが虫かごを見て「すごいね。初めて来た時はバッタもなかなか捕まえられなかったのに」と褒めてくれる。確かに楽弥は前川家で随分と成長させてもらっている。そして次は標本を作ろうと約束をして別れた。

帰り道に私は森に落ちていたフクロウの羽根を帽子に挿した。楽弥は飽きずに虫かごを覗いている。疲れて眠ってしまった希舟の右頬には四つの赤い勲章が残っていた。



photo by : chie maekawa

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拝啓JPWiMAX

ルーマニアから帰国してアトリエにインターネットを繋ぐために、これまで利用していた会社に回線工事を頼んだが、四月は混んでいてふた月ほど時間が掛かるという。さすがにそれでは遅過ぎると思い、ルーターを即日発送してくれるJPWiMAXという会社に申し込む。これなら持ち運びができて家でも仕事ができる。

それがいくら経っても届かないのだ。しびれを切らして連絡をすると「四月中の発送は難しいです。五月の連休明けになります」とのことで待っていたのだが、届かない。再び連絡をすると「五月中の発送は難しいです。六月になります」とのことで気長に待っていたのだが、一向に届かない。

毎日メールの返信のためにWiFiの繋がるカフェに通うことになった。あまりにもコーヒーが苦いからカフェラテを注文する。いや、もう注文しなくても「カフェラテですよね。お好きなんですね」と店員が顔を憶えてくれている。同じ時間に同じ席に座り、同じタイミングでブラインドを下ろすと「今日も下げてもらいありがとうございます」と同じ言葉を掛けられる。おまけに試食を勧められ、その感想を求められる。

帽子にツナギに下駄。こんなに通うつもりじゃなかったので、人目も気にせずにずっと同じ格好だったのだが「今日も素敵なお帽子ですね」なんて店員に言われると帰りたくなる。それでも今日で最後だろうと言い聞かせて下駄を鳴らして通い続けた。

誰のせいでもないがカフェラテが嫌いになった。言うなればカフェも嫌いになった。パソコンもインターネットも嫌いになった。もしかしたらこれはJPWiMAXから私へのメッセージなのかもしれない。「インターネットに使う時間があるなら刺繍に使いなさい」人間が生きていくうえでパソコンなんて必要ない。人間には限られた時間しかないのだから作品を残したい。ありがとうJPWiMAX。さようならJPWiMAX。

敬具

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リョウジのリョウリ

「その膝どうしたの?」と妻が訊く。「渋谷さんの力が足りなくて落っこちた」と膝から流血した楽弥が苦々しく答える。

真夜中に散歩に出掛けた楽弥の小さな手は友人ふたりの大きな手と繋がっていた。私は彼らの一歩後ろを歩いている。友人の力を借りて「いちっにのっさんっ」で飛び跳ねると同時に片方の手が離れる。地面に向かって楽弥の体が斜めに落ちていく。相当痛かったのだろう、悶絶している楽弥を「おいっ大丈夫か?」と潤ちゃんが気遣う。

「渋谷さん心配したでしょう」と妻が続ける。「全然」と楽弥が答える。「えっ。渋谷さん何してたの?」「星見てた」「嘘でしょ」「本当にこうやって星見てた」と楽弥は腰に手を当て夜空を見上げる仕草をした。確かにひとり夜空を見上げていたような気がする。

散歩から戻ると、料理をしない岩井さんが何故か料理について語っている。「俺が料理したら道具も食材も全部こだわっちゃうから駄目。でも味覚だけは天才かもしれない。いや本当に。小学校の時の授業で料理したら上手すぎて。それからみんなにリョウリって呼ばれてたの」楽弥を落とした渋谷さんが名誉挽回とばかりに口を開く「リョウジだけにね」。潤ちゃんが「そういうことか」と妙に納得している。

そこからリョウリことリョウジの肉汁の出ないハンバーグ論が始まる。「肉汁が旨いんじゃないの?」と口を挟む潤ちゃんに「違うの潤ちゃん。本当のハンバーグは旨みを閉じ込めるの」と返すリョウリ。そもそもハンバーグをどう作るかという話ではなく、どう作ってもらうかという話をしている時点で違うような気もする。そこにパン屋を営む謂わばプロの克ちゃんが「パテが好きってこと?」と至極真っ当な質問をするも誰ひとり聞いていない。渋谷さんはそんなことよりも「リョウジのリョウリね」と随分とその語呂が気に入った様子だ。ハンバーグの夢でも見ているのか、私の足下で眠ってしまった希舟は口をパクパクさせている。

ハンバーグ論は未明まで続いた。「俺は色んな大人に育ててもらったから楽弥にも色んなことを教えてやりたいの」と岩井さんは常々語っている。きっと今宵もハンバーグだけでなく、人間の本質を教わったはずだ。大人とはこんなにも馬鹿で楽しいものだと。

私は腰に手を当て夜空を見上げる。そして先程までハンバーグ論を繰り広げていた男が幼い頃のトラウマから肉が食えないことを思い出していた。

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忘れた目玉

電話が鳴る。「こっちは最高の季節だよ。遊びに来ない?」「今から行くよ」雨降りの金曜日、何気ない会話だが距離がある。ここから長野まで300キロ。車で4時間はかかる。すぐに保育園と小学校に子供たちを迎えに行き、そのまま長野へと向かう。

暗闇のなか明かりが灯っている一軒の家。白猫のおもち、黒犬のあんこ、あんこに目玉を食べられたBOOと友人家族が迎えてくれた。そのBOOの目玉を直すという名目で遊びに来たのに、肝心の目玉を忘れて来てしまった。無性に彼らに会いたくなり、着の身着のまま慌てて出発したのだ。他の日でもよかったのかもしれないが、生まれたばかりの赤ちゃんの寝顔を見て、今このタイミングで来て良かったと思った。

ちかちゃんと初めて会った時、いろははまだ自転車の補助席に乗っていた。それから傘屋を始めて、ひとりふたりと家族が増えて、住まいも移り変わり、いろはは中学生になった。ひとつだけ変わらないのはいつ会っても魅力的な家族だということ。

鶏の鳴き声で目を覚ます。昨夜は暗闇で何も見えなかったが、見渡す限り緑の木々が揺れている。雨音だと思っていたのは、庭を流れる川の音。湿った植物の匂いがする。あまりの清々しさに茫然としてしまう。「空気が美味しいね」と妻が言うと、楽弥は口を開けてぱくっと食べて「ほんとだ。美味しい」と目を丸くした。おもちを追い掛ける希舟とあんこの散歩に出掛ける楽弥。ふたりで木のブランコに座り自然を満喫している。

産まれたばかりの鶏の卵で目玉焼きを作り、ビワの葉でお茶を淹れ、庭で摘んだフキやヨモギを天ぷらにして食べる。なんて豊かな時間なのだろう。山の麓や湖の畔を散歩して、ご飯を食べて、お風呂に入り、眠る。日が暮れて、夜が明けて。それが何よりも幸せに感じられる。温泉に誘われても、蕎麦屋に誘われても出掛けたくなかった。この家にいるだけで満足していた。

雨上がりの帰り道、ちかちゃんが「貝戸家もここに住んだらいいのに」と言っていたのを思い出す。離れていても心の近い友人の言葉はそれもなかなか面白いかもしれないと思わせてくれる。ゆうくんが持たせてくれた卵が助手席で揺れる度に心も揺らぐ。夕空にうっすらと浮かんでいた白い満月はいつの間にか金色に輝いていた。

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希舟の災難

去年の暮れはルーマニア北部のマラムレシュ地方にいた。初めてここを訪れたのはかれこれ十年以上前になる。黒い帽子を被り、刺繍の施された革のベストを羽織った男性と花柄のスカーフを頭に巻き、縞模様のエプロンを掛けた女性の姿に感動したのを今でもはっきりと憶えている。村人が集う教会の前を走り去る干し草を積んだ馬車や羊の群れを日がな一日飽きずに眺めていた。

そんな風景も時の流れと共に段々と少なくなってしまった。魅力的な古民家が何の変哲もない大きな家に変わっていく。マラムレシュ地方は古い木造教会が世界遺産に登録されているので観光資源が入る。そのお金で家を建て替える人が多いが、美しい木彫りの家が次々と壊されてしまうのは残念で仕方がない。

これまで幾度となく訪れているブシュタとアヌッツァの家に行く。夫婦は民宿を営んでいて、十年前は自宅の一室を貸しているだけだったのに、今では敷地に三棟も宿が並んでいる。宿代も以前より随分と高くなっていて、料理上手なアヌッツァの食事を思わず断ってしまった。アヌッツァは何かを察したように「食事代はいらないから食べていきなさい」と優しい言葉を掛けてくれた。温かいスープが雪道を歩いて凍えた身体をほぐしてくれる。

翌日もアヌッツァが朝食を用意してくれた。お腹を満たして次の村へ向かおうとすると「民族衣装を着てみたら」と言う。希舟も楽弥も妻も人形のようにマラムレシュ地方の民族衣装を着せられていく。最後に私に用意してくれたのは百年前の革のベスト。革の装飾と細部まで施された刺繍が美しい。かつては代々受け継がれる民族衣装を村中の人が身に纏っていたのに、今ではほとんど目にしなくなった。貴重なベストを持ち帰るべきか葛藤していると、楽弥は飽きて雪の降る庭へと飛び出し、希舟が追いかけた。

バタンと大きな音がして、アヌッツァの叫び声と希舟の泣き声が響いた。何が起きたのかと思って駆け寄ると、希舟の顔が血で真っ赤に染まっている。どうしたらいいのか分からずに抱きしめる。希舟も何が起きたのか分からない様子だ。目も当てらないほど血だらけになった顔を恐る恐る見ると、おでこがパックリと割れている。

この村には病院がなく、町まで行くにもヒッチハイクしか手段がない。それに町の病院が年末に開いているとも限らない。アヌッツァが慌ててガーゼを持ってくるが、生地が劣化して粉々になっている。それでもすぐに止血しなければと思い、綿屑の舞うガーゼで傷口を押さえる。

外に飛び出した希舟は楽弥を見失い、寒くて家の中に戻ってきたらしい。その時に雪で足を滑らせ扉の敷居におでこを打ったようだ。ブシュタが自分で作った家だから角材が剥き出しになっている。その鋭い敷居の角で切ってしまったらしい。ブシュタは申し訳なさそうにビニール袋いっぱいの林檎を持ってきた。

このままでは危ないと思い、ヒッチハイクをして近くの村の友人の家に向かう。七年ぶりに会うイオアンは初めて会う私たちの子供を見て喜ぶと同時に目を覆った。奥さんのマリアが急いで消毒をしてくれる。手当ての間に愛犬のマンゴーが嬉しさ余って飛び跳ねて楽弥と希舟を舐め回す。マンゴーは子供たちよりも大きいが幼くて甘えん坊だ。

そのままイオアンの家に泊まらせてもらい、一緒に年越しをした。ルーマニア人は魚をほとんど食べないが、奮発してバケツいっぱいのマスを揚げてくれた。さらに伝統料理のミティティやサルマーレや手作りのケーキにツイカ、山ほどのご馳走を囲んで幸せな気持ちで新年を迎えた。希舟もマンゴーと追いかっこをするほど元気になっていた。

シク村に戻り、いつも通りの生活をしていた三日後のこと。急に希舟の顔が腫れた。目も開かないほどに腫れ上がり涙を流している。二時間かけて町に行き、友人のラーレーシュとキンガに病院のことを尋ねる。夫婦には娘のグレタがいるので、子供の病院をよく知っている。親切なふたりは仕事を休み、わざわざ私たちのところまで駆けつけてくれて、いくつもの病院を一緒に回ってくれた。小児科、外科、眼科。丸一日かけて検査をした。傷口からばい菌が入り膿んだうえに結膜炎も発症してしまったらしい。それからしばらくは町の病院に通い続けた。

「マリアが消毒してくれたのにね」と希舟に言うと「マンゴーも舐めてくれたしね」と答えた。「えっ。マンゴーが舐めたの?」と訊くと「そうだよ。マンゴーが治してくれたんだよ」と自慢気だ。希舟はおでこの傷が治ったのが嬉しかったらしく、前髪を上げておでこを見せる癖がついた。そしてピンク色の傷跡を「きっきぃのしるし」と呼んで喜んでいる。

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楽弥の災難

五月の連休は川越の友人の家に泊まっていた。友人が営む店でPretzel蚤の市を開催して、普段会うことのできないお客さんと旅の話や古物の話をしながら充実した時間を過ごした。子供たちも菓子屋横丁に駄菓子や玩具を買いに出掛けたり、遊園地に連れて行ってもらったりと楽しんでいた。一週間も家族のように食事を囲み、同じ屋根の下で眠っていたから、蚤の市が終わった時は淋しさで胸がいっぱいになった。こんな気ままな私たちを迎え入れてくれた友人の懐の深さに感謝した。

蚤の市を終えた翌朝、搬出のために古物を包み直して車に積み始めた。ようやく片付いたのは日が傾いた頃。20箱あったダンボール箱は半分ほどになったが、それでも車は満杯でかろうじて運転席だけが空いていた。車内を覗いた楽弥が「座るところないじゃん」と笑っている。確かにこれでは帰れないと思い、子供たちの席をどうにか作っている時に、楽弥の聞いたことのない声が響いた。何と言ったらいいのだろう、言葉にならないような呻き声。

慌てて車の外に出ると、楽弥ではなく希舟が凄い勢いで飛び跳ねて泣き出した。希舟の視線の先で楽弥はうずくまって頭を押さえている。その小さな手の中から血が溢れ、地面に滴れていく。希舟が泣きながら何か説明している。どうやら希舟が投げた石が後ろを向いていた楽弥の頭に直撃したらしい。咄嗟に楽弥を抱えた私の服に血が染み込んでいく。通りすがりの人が驚いて集まってくる。「救急車呼びましょうか?」楽弥は恐くなったようで「痛くない」と強がり「きっきぃだって血だらけになったけど救急車に乗らなかったじゃん」と続ける。それはルーマニアでの話だ。どうしても救急車に乗りたくないのだろう。抵抗する楽弥をなだめながら電話をかける。

遠くから聞こえるサイレンの音が大きくなるにつれて希舟が余計に泣き叫ぶ。自分がやってしまったことの重大さを感じているのだろう。「がっくん、死なないで」とぴょんぴょんと飛び跳ねながら涙を飛ばしている。救急隊が楽弥に問いかける。「どれくらいの石が当たったの?」後頭部から血が出ているのにそんなこと分かるはずがない。しかし楽弥は地面に転がっていた小さな石を拾い「これくらいの石」と答える。大ごとにしたくないのだろう。「この石じゃこんなに血は出ないよ」救急隊が首を傾げる。泣いている希舟に訊くと大きな瓦礫を指差した。

楽弥と付き添いの妻が救急車に乗り込む。私と希舟は車で病院へ行こうと思ったが、希舟は楽弥と離れたくないと泣き叫んでいる。仕方なく希舟を救急車に乗せると、今度は私と会えなくなることを心配して「パパ、どこに行くの」と泣きじゃくる。そして救急車の扉が閉まる瞬間に「パパ、先にご飯食べないでね」と捨て台詞を残した。一気に緊迫感がなくなった。連休中に子供たちと遊べなかったから今日は美味しいものを食べに行こうと約束していたのだ。それがよっぽど楽しみだったのだろう。食事が中止になることを楽弥の頭と同じくらいに心配している。

楽弥の頭は出血量のわりにあっさりと治療が終わった。あれほど怖がっていたくせに、英雄にでもなったかのように救急車の様子を語っている。希舟はそんな話に一切耳を傾けることなく「今日はごちそうだよね」と笑って飛び跳ねた。

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ひげくまくん

「まだ冬眠中なんだよね」と友人が言う。この家に連れて来たい人がいるらしい。もうひとりの友人は何とも言えない表情で黙っている。食卓には熊のように冬眠している彼が作った器に妻の料理が盛ってある。

一年に一回、いや二年に一回くらいしか彼は目を覚まさないらしい。よく似た友人がいるので、訊かなくてもその様子は何となく分かる。目覚めた時は創作意欲に駆られて周りの人を巻き込むほどひとつのことに夢中になるのだが、その集中力が切れた途端に音信不通になる。きっと彼もそんな性分なのだろう。彼と付き合いの長いふたりは私に会わせたいと思いつつも、会わせるのを躊躇っている。

そんな彼が作る器は素晴らしい。「これ使ってもらった方が喜ぶから」と友人がその器をくれたのは一年前。勢いよく刷毛を滑らせた格子模様の大鉢はどんな料理をも受け入れてくれる。言葉ではうまく言い表せないが、彼の人柄を表しているような気がする。

「これ預けておくね」ともうひとりの友人から彼が録音した大量のカセットテープとカセットデッキを手渡されたのは二年前。そこには二十年くらい前に流行った邦楽が収録されていた。私が毛嫌いしていた音楽ばかりだ。当時は洋楽ばかり聴いていて、邦楽にまったく耳を傾けようとしなかった。それがそのカセットテープをかけると、抜け落ちていた時代の音楽が光を纏って心の中に入ってくるような不思議な感覚がした。きっと彼は流行り廃り関係なく心で音楽を聴いていたのだろう。

何かのスイッチが入って、それを聴きながら連日連夜絵本を描いた。何日かかったのだろう。続けて聴き過ぎて、カセットデッキの中のベルトが切れて壊れた時に、ねこに憧れるくまを描いた「ひげくまくん」という絵本ができあがった。偶然だが、そのカセットテープには熊の絵とDJ BEARという文字が記されていた。

去年の冬、旅に出る前日にふたりの友人が「準備できた?」と急にアトリエに現れた。何も準備をしていない自分も自分だが、こんな忙しない日に連絡もなしに来る友人も友人だ。その時にちょうど冬眠から目覚めた彼も連れて来ようと思ったらしい。「でも明日からルーマニアに行く家族に会ったら興奮して付いて行っちゃうかもしれない」と旅が台無しになることを心配して一緒に来なかった。

ふたりから彼の話を聞くのが好きだった。「どうしようもない」と距離を置いていたかと思えば「あの人は天才」と瞳を輝かせて話すこともある。両極端なところがあるのだろう。そこが気難しくもあり、魅力でもあるのは間違いない。いつからか私は会ったこともない彼に勝手に親近感を抱いていた。そして当然のようにいつか会うことになると思っていた。

旅から帰国して、久しぶりにふたりの友人に会った。そこで彼がひと月前に亡くなったことを聞いた。彼の存在そのものが嘘だったのかもしれない。そう思いたかった。悲しみが心を占めて言葉にならない。「会わせられなかったことが心残りだよ」と友人は言った。しかし彼の器を使い、彼のカセットテープを聴き、彼の話を聞いているうちに、いつしか彼に会ったかのような感覚が心のどこかに生まれていた。

何年も前から何度も彼の話を聞いていたのに、亡くなって初めて彼の写真を見た。暗闇の中に十字が赤く光るシャッターの下りた薬局。その前にひとり佇んでいる。喜びとも悲しみともとれないその表情はどこかひげくまくんに似ていた。

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Fredericの時間

七時半に子供たちを車に乗せて家を出る。息子を小学校に、娘を保育園に送り、そのままアトリエに向かう。そして気分にあったレコードを選び、針を落として一日の作業が始まる。

十一時半に電話が鳴る。「ご飯できたよ」妻からだ。いつもここで疑問を抱く。妻は午前中、何をしているのだろう。きっと掃除に料理に洗濯。そう答えは分かっていても、どこか腑に落ちない。仕事をする時間を削ってまで毎日そんな丁寧に家事をする必要があるのだろうか。

そんなことで何度も口論になり、もう掃除も料理も洗濯もしなくていいという話にまとまり、外食ばかりしていた時期があった。そうすれば仕事をする時間も増えて、少しでも早くお客さんにぬいぐるみを届けられると思っていた。

しかしそうもいかなかった。体数は多く作れても、ぬいぐるみの表情がいつもと違う。同じ型紙なのにどこか気の抜けた表情をしている。慌てる心を落ち着かせて、それを作り直すのにさらに時間がかかる。

やはり集中できる時間が決まっているようで、ただ仕事をする時間が長くても何の意味もないらしい。そんなことよりも限られた時間の中でどれだけ愛情を込めて制作をするかが大事なようで、それは不思議とぬいぐるみの表情に滲み出る。

十三時半になりようやく妻がアトリエに来る。ミシンの前に座るなり黙々と作業が始まる。今日も随分と遅い出勤時間だなと思いつつも彼女にあったレコードを選び、針を落とす。

5月18日(土)の昼12時〜13時の1時間のみ2019年のFredericのぬいぐるみのご注文を承ります。詳しくはNewsをご覧ください。短い時間ですがどうぞよろしくお願い致します。

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NAKATA

生まれて初めて絵を買った。それも一番お金のない時に。旅でお金を使い果たし、風呂の湯を沸かす灯油も買えない状況なのに一体何を考えているのだろう。自分でもそう思うが、出会ってしまったのだから仕方がない。翌週の蚤の市で買い付けてきたものを売れば何とかなるだろうと高を括る。ギャラリーのオーナーはそんな私を見兼ねて翌朝にと食パンを一斤持たせてくれた。

昨年、そのオーナーの家に泊まらせてもらっていた時に初めてNAKATAの作品集を目にした。アートとは何かなんてとても語れないけど、それを見て何となくこれがアートというものなのかもしれないと素直に感じた。自分の溢れた感情を余すことなく作品に投影しているようで、見ていて単純に気持ちが良かった。作品と向き合うというよりも目の前に気の合う人が現れたような感覚。出会った瞬間に心を開いて自分の世界へと連れて行ってくれる。毎朝起きると同時にそれを捲るのが滞在中の日課となった。

そして一緒に泊まっていた友人との間では「おはよう」「おつかれ」「乾杯」「最低」「最高」ありとあらゆる言葉が「NAKATA」になった。何故そうなったのか自分でもよく分からないがNAKATAの作品から喜怒哀楽すべての感情を抱いたように、自然と言葉も「NAKATA」ひとつで意思疎通ができるような気になっていた。

それから数ヶ月後に初めてお会いした仲田さんは、きっとこんな人だろうなと想像していた通りの気持ちの良い人だった。「話は聞いてますよ。NAKATAで挨拶している人がいるって」それにはうまく答えられなかったが、笑っていてくれて安心した。

そんなNAKATAの絵が届いた。何かを意図して描いた訳ではないだろうけど、男の顔のように見える。というよりも鬼の顔。インパクトが強くてとてもじゃないがアトリエには飾れない。考えに考えて、自宅の席からちらっと見える壁に掛けてみる。ここに座るのは夕食時の三十分程度。絵を横目にグラスを傾ける。きっとそれくらいがちょうどいい。一日中この緑色の鬼と向き合っていたら頭がおかしくなりそうだ。

子供たちが帰ってくるなり、届いたばかりの絵に走り寄って「NAKATA」「NAKATA」と喜んでいる。ギャラリーで一緒に見たのを憶えていたのだろう。「めちゃくちゃなのにかっこいいよね」と楽弥が生意気に評すると、希舟もアートを知ったかのような口ぶりで「めちゃくちゃでもいいんだよ」と続く。そんなふたりを緑色の鬼が黙って睨みつけている。

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Pretzel蚤の市

旅の序盤、蚤の市で買い付けた物をどうしようかと考えていた時に「場所ならいくらでもあるから家で荷物を預かるよ」と言う友人の一言を思い出した。「ダンボール箱をひとつ送っても大丈夫?」と訊くと「何箱でも送って」と嬉しい返事が返ってきた。その言葉に甘えて蚤の市を回って買い付けては彼の家に送り続けた。

それまでは順調に届いていたが、ルーマニアから送ったダンボール箱がひとつ紛失した。その時にこれまで送った荷物を確認すると、すでに10箱。重さにして200キロ。さすがに送り過ぎだよなと思いつつも「まだまだ大丈夫」と言う彼の言葉に後押しされて追加で3箱。もうこれ以上は彼の家族に悪いと思い別の友人の家に3箱。さらに帰りの飛行機に4箱。合わせて20箱のダンボール箱にアンティークやガラクタをぎっしり詰めた。

蚤の市が立つ日は早朝にひとりで出掛けた後に子供たちも一緒に連れて行った。もちろん年月を経た美しい物や面白い物に触れて欲しいというのもある。ただそれよりも言葉の異なる国で自分が欲しいと思った物を身振り手振りで買うことを経験させたくて小銭を握らせた。しかし楽弥と希舟が欲しがるものは「カドゥ!」「グラティス!」「スーベニール!」と言う店主の好意で一度も小銭を渡すことなくふたりの小さな手に渡った。

旅の終盤、文字通り私たちは無一文になっていた。地下鉄の駅を彷徨っていたら、浮浪者に配給されていたスープとパンが私たちにも割り当てられた。地下道にはジプシーが奏でるアコーディオンの音色が響いている。食べる喜びに満ちた人々に混ざって啜ったスープは体だけでなく心までもを温めてくれた。

楽弥と希舟は「カードでお金をおろしたらいいじゃん」と簡単に言うが、そんな魔法のカードはない。「もうお金がないから物を売ってまた旅に出よう」と言うとふたりは目を輝かせた。きっとその時も同じように無一文になるのだろう。それでもこんなに楽しく生きていけるんだと子供たちが身を以て感じてくれたらいいなと思っている。

去年の冬から大量の荷物を預かってくれている川越のKIKONOでPretzel蚤の市を開催します。東欧で買い付たアンティークや民芸品とルーマニアの小さな村まで遊びに来てくれた星谷菜々さんの可愛いお菓子が並びます。まだ封も切っていないのでダンボール箱を開けながらの販売になりそうですが、蔵造りの町並みを散歩しがてら是非遊びにいらしてください。

商品について詳しく知りたい時や欲しいけど高くて買えないという時には気軽に声を掛けてください。私も蚤の市では物の用途や時代背景を教えもらったり交渉して安く譲ってもらったりと店主とのやりとりを楽しみながら買い付けをしています。皆さんも海を越えて東欧の蚤の市へ出掛けるような気分で楽しんでいただけると嬉しいです。

Pretzel蚤の市
5月1日〜5月5日
11時〜17時
KIKONO
埼玉県川越市幸町5−28

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