どうなつやさん

「そろそろ行く?」二十二時、息子に誘われてアスファルトの上を滑り出す。この時間になるとこの町はほとんど車が通らない。どこへ向かうでもなく薄暗い外灯に照らされた道路をひた走る。板から伝わる振動が懐かしい。中学生の頃に滑ったのが最後だろうか。歩くのとも走るのとも違うスピードで見慣れた景色が過ぎ去っていく。

コロナウイルスの影響で小学校や保育園が休みになり、私の生活は一変した。それまでは毎週のように友人たちと家で酒を呑んで過ごしていたが、今は青い空の下、釣りか、野球か、スケボーか、頭の中はその三つでいっぱいになっている。休みの日はその全部を順番にやっていく。楽弥も希舟もスケボーで転んで傷だらけ。それでも希舟は日が暮れるまで夢中で滑っている。楽弥は日が暮れてもお構いなしで滑っている。

そんな日々を過ごしていると子供に戻っていくような感覚になる。そもそも大人になったような記憶もないが、釣りも、野球も、スケボーも、すぐにあの頃の感覚に戻してくれる。子供と大人に境界線なんてないのかもしれない。子供が生まれると自動的に親にはなるが、大人になれる訳ではない。子供のままでいい。ずっと楽しいことをやっていたい。その延長線上に今の仕事もあるような気がする。

「スケボーなんていらないって」そんなに乗り気じゃなかった妻も一緒になってスケボーに乗っている。疲れたらみんなで円になり板を眺める。それぞれ好きな板を選んだから愛着が湧いている。私は犬、妻は猫、楽弥は車、希舟は女。しばらく板を眺めていると楽弥が決まってこう叫ぶ。「パンツ見えてるくせに」希舟の板にある女の写真をからかっているのだ。「パンツ好きなくせに」希舟も負けていない。「好きだよ。悪い?」よく分からない彼の一言で休憩が終わる。さぁ滑ろう。自分のスピードで。

「どうなつやさんになれますように」娘が七夕の短冊を書いている。なぜか余白にはドーナツとスケボーの絵を描いている。「なんでスケボーを描いてるの?」「どうなつをつくってスケボーでくばるんだよ」「そうなんだ。注文しようかな」「パパはタダでいいよ。だってパンツのスケボーかってくれたから」ドーナツを抱えた彼女がスケボーで滑っている姿を想像する。転んで落としたドーナツが転がって泣いている。

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NEZUMI

山をふたつ描いてぐるっと筆を走らせる。猫のねずみを描いているのだろう。そこから上下にずれた目玉がふたつ。正月の福笑いのように鼻と口もずれていく。楽弥もそれを分かっているようで、どんどん筆が荒くなっていく。いつも描いている画用紙に比べてTシャツが大き過ぎるのだろう。棒状の前足が二本、体の輪郭まで崩れていく。

「これに描いていいよ」「えっほんとに?」「いいよ」「失敗してもいいの?」「絵に失敗はないよ」「じゃあ描いてみる」アトリエで画用紙がなくなった彼に白いTシャツを渡したのは私だ。それが目の前で失敗しようとしている。変に口を挟むと余計に変な絵になる。緊張しているのか、それとも恐縮しているのか、絵に勢いがない。さらに追い討ちをかけるかのように突拍子もないところに黒い絵の具が飛び散っている。

「ねずみって英語でどう書くの?」「英語を書くの?」「だってこれアメリカのTシャツなんでしょ?」彼は諦めていない。飛び散った絵の具に英語を被せるらしい。私が書いた英語を一文字ずつ見ては真似していく。稲妻のようにTシャツを斜めに横切るNEZUMIの六文字。飛び散った絵の具はうまいこと隠れたが、どうも気になる。私の手本が悪かったのか、どうしてもYAZAWAに見えてくる。もちろん矢沢は嫌いじゃないが、着ることを考えるとYAZAWAの字体はくせが強過ぎる。

「そのNEZUMIの文字がYAZAWAに見えてくるんだよね」黙っていられず口を挟む。「何それ?」「永ちゃんだよ。要するにロックンロール過ぎるんだよ」「ロックンロールって何?」「口ではうまく説明できないな」「気に入らないなら消すよ」彼は迷わずNEZUMIの文字を黒く塗り潰した。「それがロックンロールだよ」「えっどうゆうこと?」「その目。黒く塗り潰してる時のその目だよ。でもそれどうするの?」「帽子にするんだよ」塗り潰した文字をつばにして勢いよく帽子を描いていく。

ロックンロールに筆を走らせたせいで、またも突拍子もないところに線を描いてしまった。「もうちょっと考えてから描いたら?」「さっきから考えてるよ」助言するも一触即発の雰囲気だ。筆を置き無言の時が流れる。「いいこと思いついた」彼はそう言うと再び筆を走らせた。はみ出した一本の線が小さなねずみのしっぽになっていく。

「絵に失敗はない」自分の言った言葉がブーメランのように返ってくる。YAZAWAになった時は絶望的だったが、うまく転がりひとつの絵になった。帽子のつばにうっすらと浮かぶYAZAWA、いや、NEZUMIの文字も悪くない。

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木っ端ソリ太郎

「こういって...こういって...こういって...」黒い糸を指でなぞるようにして作品と向き合っている。まるで難しい数式でも解いているかのような表情で作品の前にじっと立っている。それは今までにない反応だった。刺繍の刺し方や図案ではなく、構造そのものを考えている。「これさ最初に刺繍していく方向を考えるの?」彼はそれだけを訊いてきた。例えば人間の図案を刺す時に、身体の筋肉や洋服の地の目を意識して刺していく。すべて黒い糸だから糸の流れが陰影となり表情となる。それは当然のようにやっていたことで、訊かれて初めて刺しながら考えているのだと自覚した。そこで知った訳だから、私は的外れな返答をした。「まず輪郭を刺してから...」「いや。そういうことじゃなくてさ」すぐに突っ込まれる。「刺しながら自然に...」「あぁそう。でも計算されてるよね」「そうですかね...」黒けだもの展初日の出来事だ。

彼のお店を訪れたのは去年の暮れのことだ。すでに閉店時間で片付けている最中だったが小さな扉を開けてくれた。それは不思議な世界の入り口だった。そもそもお店という表現が間違っているのかもしれない。用途を変えた道具や装飾を消した道具が静かに並んでいて発明家のアトリエのようだった。取っ手が外された寸胴鍋の蓋や水平に切られた薬缶が、皿や片口へと姿を変えている。漆を落とされて地肌を現したお椀やお盆。四角い木箱から鳩が顔を出して鳴いている。無駄がない。すべて計算し尽くされている。

お店の外から楽弥と希舟の声が聞こえる。道路に面した作業場には仕事道具が並んでいて、足下に転がっている木っ端を積み木にして遊んでいる。外に出ると店主は旅の話をしてくれた。それもすごく楽しそうに。トルコからの旅の途中にルーマニアを訪れたらしい。「ブナズィワだっけ?」驚いた。何年も前のことなのに即座にルーマニアの挨拶が出てくる。頭の中もアトリエもごちゃごちゃの私とは違い、こういう空間を作れる人は頭の中まで整理整頓されているのだろう。「こんなの本当にいるの?」帰り際にそう笑いながら店主は木っ端を袋に入れてふたりに持たせてくれた。

小学校が休みの間に宿題があるらしいが楽弥は何ひとつやらない。それをやれと言ったこともない。自分もそうだった。宿題なんてやらなかった。ただ小さい頃からお小遣いをもらって買い物に行っていたからか算数だけは一番だった。勉強しなくてもお金で学べるという実感があった。さてリンゴをいくつ買ったでしょうか?というような問題ではなく実体験で頭を使った。だから楽弥にも小さい頃からお遣いを頼んでいる。「これで好きなものを買ってきて」そう言うと色々考えるのだ。パンなら四個入りとか、アイスなら八本入りを四人で二本ずつとか、お小遣いで家族が楽しめるものを考えて買ってきてくれる。お菓子で迷った時は内容量を見るらしい。ルーマニアでは気を利かせてビールを買ってきてくれたこともあった。日本でも同じようにビールを買おうとしたが、売ってもらえなかったらしい。まさか彼が飲むとでも思ったのだろうか。世知辛い世の中だ。最後に残ったお金で妹のおやつを選ぶ。買い物が好きな彼は毎日のようにお遣いはないかと訊いてくる。最近は兄の小さな背中に希舟がくっ付いて行くようになった。

「パパ見て。木っ端ソリ太郎!」発明家にもらった木っ端がひとつの塊になっている。立派なソリに乗った帽子の男。「こうして...こうして...こうして...」朝から楽弥はアトリエの二階でひとり木っ端と向き合っていた。それが夜にひとつひとつボンドでくっ付けてあった。驚いた。ネーミングではなく、その構造に。三十個はあった木っ端をひとつ残らず使っているのだ。最後のふたつは前後のナンバープレートにしたらしい。彼はぴったり使い切ることに美学を感じている。お遣いに行っても残りは数円。その代わり財布にはレシートが何枚も詰まっている。要するにお金がなくなるまで買い物をするのだ。そうした日々の計算が木っ端ソリ太郎の構造に活かされているのかもしれない。

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目玉焼きのお墓

ずるりと目玉焼きが落ちる。ついさっきまではしゃいでいた楽弥の表情が一気に曇る。「がっくんのもうないからね」さらに希舟が追い打ちをかける。「うるさい。いらないからいい」涙目の楽弥のパンにはレタスとトマトしかのっていない。しかし誰も自分の目玉焼きを分けようとしない。落としたら食べられない。それは楽弥が一番分かっているようで、分けて欲しいとは決して言わない。

どこかで見た光景だ。ブラショフのホットドッグだ。希舟が大きな口を開けて食べようとした瞬間に丸ごと落としてしまったのだ。早朝から吹雪の中を歩き、お腹を空かせていた希舟は失意のあまり大泣きした。分けて欲しいと頼まれた楽弥はひとりで丸ごと食べたいと大騒ぎした。落としたら食べられない。それは希舟の胸にも深く刻まれたようで、今はその小さな手でオープンサンドをしっかりと押さえながら必死に食べている。

楽弥の小学校と希舟の保育園が休みになってもうふた月になる。コロナウイルスで世界が混乱しているという情報ばかり耳に入るが、不思議なほど実感がない。ドラッグストアに並ぶマスクをした人の行列を目にするくらいだ。どこへ行ってもマスク。マスクで表情が見えなくなるだけで随分と世の中が暗く感じる。緊急事態宣言の一言で世の中がこうも一変してしまうことを不気味に感じる。

これまで当たり前のように子供を小学校や保育園に預けていたが、それが当たり前ではなくなった。「あと何日休み?」希舟は保育園が始まるのを楽しみにしている。「小屋作ろうよ」楽弥は小学校が休みになって喜んでいる。「小屋?」「シク村で作ったじゃん」確かに雪解けの地面で泥んこになりながら作っていた。時間は山ほどある。中途半端に仕事しても仕方がない。その日から三人で庭に小屋を作ることにした。拾ってきた廃材で少しずつ骨組みや椅子や机を拵えていく。そこに妻が食事を運んできてくれる。

地面に落ちた目玉焼きを見て思いついた。「金ちゃんのお墓にしようか?」「いいね。目玉焼きのお墓」楽弥の表情が一気に晴れる。金ちゃんとは金魚のことだ。去年の夏に金魚すくいでとってきた金魚が今朝死んだのだ。ナイフで黄身に真っ直ぐに切れ目を入れる。とろりとした黄身の中に金ちゃんを入れる。「目玉焼きのベッドじゃん」希舟が金ちゃんを見つめて呟く。黄金の布団で眠る金ちゃんを純白のベッドから落ちないように穴に入れて、ゆっくりと土を振りかける。「金ちゃんに手を合わせよう」妻が言う。

手を合わせながら考えていた。こんな日常も悪くない。何ひとつ予定はない。何時に起きようが何時に眠ろうが関係ない。時間を忘れて夢中になって遊ぶ。不穏な空気には流されない。こんな時は思いきり楽しむしかない。家族と過ごすこんな日常も悪くない。

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きつねかたぬきか

手から手へと天ぷらが回っている。ひと口かじってまた回る。パスは許されない。ひと口かじってまた回る。

酒も呑んだし、妻の料理も腹いっぱい食った。「散歩しようぜ」そんな声が上がり外へ出る。真夜中の散歩は気持ちがいい。星空の下、静まり返った町に男たちの足音が響き渡る。皆が眠っている時間に動いていると得した気になるのは私だけだろうか。動いてるだけで何かを吸収した気になっている。何も吸収していないのに。むしろ睡眠時間を無駄にしているのに。

目的地のない散歩のはずが、セブンイレブンが見えるなり自然と吸い込まれていく男がいる。彼はいち早くカゴを手にしてキュウリやらビールやらシュークリームやらを数も気にせず入れていく。そして最後に王道を極める男が緑のたぬきを追加する。負けてたまるものかともうひとりの男が一平ちゃんを追加する。帰り道は有無を言わさず、それが回ってくる。夜中のそばはうまい。しかし夜店の焼きそばはきつい。けれどここで食わなきゃ男が廃ると思い必要以上に頬張る。

問題は家に帰ってからだ。王道を極める男がポケットから出したのだ。緑のたぬきの天ぷらを。すぐにあの光景が脳裏をよぎった。キャンプでのことだ。その時も真夜中に男がセブンイレブンに吸い込まれた。そもそもキャンプとセブンイレブンは遠い存在のような気がするが、どういう訳か散歩をするとセブンイレブンが終着点となってしまう。そこで彼は赤いきつねを手にした。そして火を囲みうどんを食ってから、赤いきつねの油揚げをポケットから出してかじったのだ。「シンプルが一番」そう彼は男気を振りかざして油揚げを入れない。その油揚げが回ってくるのだ。手から手へと。甘い。二周した。やはり甘い。でも火を囲む非日常のなかではうまく感じられないこともなかった。

それが目の前で繰り返されようとしている。それも日常の家の中で。油揚げはかじってみたいと思わせてくれたが、天ぷらは好奇心すら湧かない。あの時と同じように彼がまずひと口かじってみせる。そして黙って隣へ回す。またひと口かじって隣へ回す。誰ひとり反応がない。それもそのはず。味がない。二周した。やはり味がない。王道を極めるためにシンプルにするのは分かる。けれど後から天ぷらをかじったら腹の中は一緒じゃないか。そんな疑問を抱きながらかじる。

それはつい数日前のことだ。イタリアはコロナウイルスで大変な状況だった。自由に外に出らなくなっていた。ルーマニアで暮らす友人は軍隊が出動して戦時中のような雰囲気だと言っていた。日本も同じような状況になりつつあると思っていた。感染が広がるのも時間の問題だと思っていた。それなのにその夜にコロナウイルスという言葉はひとつも出なかった。そんな話はしたくなかった。皆で酒を呑みながら笑っていた。手から手へと天ぷらを回していた。朝まで呑んで人混みも気にせず香取神宮へと出掛けた。息子が満開のコブシに向かって飛び跳ねた。それがずっと昔のことのように感じられる。

日常が日常ではなくなった。人と人が会えなくなった。手と手がつなげなくなった。きつねもたぬきも回せない。パスはしない。きつねかたぬきかひと口かじって回したい。

photo by : kentaro shibuya

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王道か冒険か

何度こんな朝を迎えただろう。映画でいったら六本分。小説だったら二冊くらいは読めただろう。昨晩の七時から今朝の七時まで男六人家で酒を呑んでいた。もちろん妻と子供たちはもう眠っている。というより、そろそろ起きる時間だ。私たちが過ごした時間で二日分の睡眠がとれたともいえるだろう。時間をこうして例えたくなるのは、長いこと話していたはずなのにあまりに内容がないからだ。何というか、為になる話がひとつもないのだ。大の大人が六人集まってだ。さすがにそれはないだろうと振り返ってみるのだが、やはり何もない。不思議なくらい何もない。

思い出せるのは「朝は納豆しか食べない」とか「いなり寿司に具はいらない」とか「俺はわかめラーメンしか頼まない」とかそんな話ばかり。王道を極めるという男の主張に誰も異論を唱えなければ話は移り変わるのだろうが、そこに本気で食らいつく男がいるのだ。「朝は食う時間ねえだろ」とか「いなり寿司は何でもうまいだろ」とか「ラーメンは全部のせだろ」とか。互いの主張は平行線のまま一向に終わる気配がない。決着しないままさらに新たな意見が飛び交う。「ガリガリ君は冒険しなくていい」と発言するものなら「あいつら色んな味を開発して俺たちを楽しませてくれてるんだぜ。非常に偉いと思うよ」「全然偉くない。あいつら赤字だから」「赤字でもあいつら面白ければいいんだよ。俺はどんな味でも冒険するぜ」と討論が始まる。「あいつら」とはいったい誰を指しているのだろう。開発者だろうか、まさかガリガリ君本人だろうか。彼らならガリガリ君が実在すると思っていてもおかしくない。

くだらない。くだらな過ぎる。いつもそう思うが、何度もこんな夜を繰り返してきた。映画六本観ても、小説二冊読んでもすぐに忘れてしまうが、こんなくだらない夜のことは何故かよく憶えている。どんなに酔っていても彼らの発言は頭の奥底に残っている。それもどういう訳か、くだらないことから順に記憶している。

くだらない中にも哲学がある。王道を極めるも、冒険するもどちらの気持ちも分かる。洋服も音楽も映画も小説もただひとつのものを好きなのと、幾度も遠回りをして自分の好きなものをひとつ見つけるのとでは訳が違う。無駄な経験を重ねてこそ、ひとつのものにこだわる信念が生まれる。まさにこういう夜の討論こそ無駄なのだが、生きている上で無駄なことはひとつもないという信念を私は持っている。

そんな男たちと迎える夜明けは、眩しい光が心地よく空気までも美味しく感じられる。騒々しい夜から一転して朝の静寂。何か成し遂げたようなこの感覚は何だろう。もう誰も酔っていない。それどころか皆いつもより男前に見える。これが信念を持った男の顔なのだろうか。いや、そんなはずはない。私は酔っているのだろうか。二階へ上がり横になると同時に子供たちが目を覚まして、またくだらない一日が始まろうとしている。

photo by : kentaro shibuya

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クマ

ぼくはクマ。木のクズで作られた。たぶんクマ。作った人はもういない。どこかへ飛んでいつしか消えた。

ぼくはクマ。錆びたネジを打たれてる。目玉のかわりに打たれてる。見えてはないけど見えている。心の目玉がうごいてる。

ぼくはクマ。緑のリボンをつけている。針金なんて言わせない。緑のリボンは宝物。あの人がぼくにくれたんだ。生まれた時のプレゼント。

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「好きだったら持っていっていいよ。きっとクマも喜ぶよ」それを手にとる度に古道具屋の友人はそう言った。けれど、そう簡単にはもらえなかった。あの人はもういないから。あの人にしか作れないものだから。

たまにそのクマのことを思い出していた。机に散らばった材料で作っている姿を思い浮かべていた。なんの迷いもない。手が勝手にうごいてる。

日曜日、クマをもらうことにした。クマと目が合い、そう決めた。「もらってくれて嬉しいよ。きっとあの人も喜ぶよ」クマを見ながら友人はそう言った。

今、手元にクマがある。あの人はいないが、クマがいる。首を傾げたクマがいる。

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楽園

「納品いつにしますか?」「いつでもいいよ。楽弥と希舟の都合がいい時に」黒けだもの展で選んでもらった品物を届けに車を走らせる。あくまでも私は運転手。お呼ばれされたふたりは後ろですやすや眠っている。

黄土色、茶色、薄茶色、継ぎ接ぎの建造物が見えたところで楽弥が目を覚ます。第六感なのか、それとも眠ったふりをしていただけなのか、彼はいつもちょうどいいところで目を覚ます。「きっきぃ起きて。ひーくん家だよ!」頼んでもないのに彼は希舟を起こす。まだ寝かせておきたいが仕方がない。ふたりにとってここは楽園なのだから。

車を降りると同時に私は煙草に火をつける。高鳴る鼓動を抑えるためなのか、ただひと息つきたいだけなのか、ここに来ると何故か無性に煙草を吸いたくなる。ちょうどいい場所に、ちょうどいい椅子が置かれ、ちょうどいい灰皿がある。そのすべてが調和しているからかもしれない。モロッコで拾ったというオイルサーディンの缶に灰を落とす。

楽弥が慣れた手つきでフランスで拾ったという大きな扉を開け中へと入っていく。希舟は挨拶がわりに前川さんの肩によじ登り頭の上で笑っている。初めてここを訪れた妻は愛犬のニハルと新しく仲間入りしたスマリの可愛さに釘付けになっている。人間も動物も自由な空間は心地いい。

キッチンでは千恵さんが生クリームを泡立てている。シフォンケーキを焼いてくれたらしい。「あんこいる人〜?」「は〜い。最高の組み合わせじゃない!」これは子供の声じゃない。誰よりも前川さんがあんこに反応する。それも満面の笑みで。希舟はちゃっかりキッチンに立っているし、楽弥はニハルとスマリのもふもふの毛に挟まれている。幸せな時間が流れている。千恵さんが淹れてくれるコーヒーも生クリームとあんこの添えられたシフォンケーキも最高に美味しい。私たちにとってもここは楽園なのだ。

私が勝手に博物館と呼んでいる離れに移る。楽弥と希舟は前川さんにもらった魚眼レンズをひとつずつ握りしめている。この空間に入るなり、さっきまで少年だった前川さんは館長になる。まず目に飛び込んでくるのは頭蓋骨。「これは何の骨でしょう?」「キツネ」「違うな〜」「シカ」「違うな〜」「ヒントは?」「イから始まってシで終わる動物」「イノシシ」「正解!」自然とこんな授業が始まる。宝石のような昆虫の標本を眺めている間にも授業は続く。「この虫は何を食べるでしょう?」「葉っぱ」「違うな〜」「木の実」「違うな〜」「正解はうんち。シカのうんちを食べるんだよ」ふたりから歓声があがる。魚眼レンズと虫眼鏡を手に標本箱に噛りついている楽弥と希舟の目は輝いている。感動するということは学ぶことでもあるんだなと感じる。きっとここで感じたことはそう簡単には忘れない。次から次へと標本箱を引き出すふたりの隣で、妻はひとり咀嚼しきれずに目を回していた。

アトリエにはY字の形をした枝がいくつもあった。庭に生えていたねむの木から切ったという。「ここから好きな枝を選んで」今度は急にワークショップが始まる。枝の先にゴムを通して中央に革をはめる。パチンコだ。「じゃあ球を拾いに行こう」もはや館長でもない。隊長に楽弥と希舟がついて行く。林でどんぐりを拾い、それを球にして的にぶつける。球が無くなっては拾いに行き、またどんぐりを飛ばす。いつの間にか隊長も少年に戻り、負けじとどんぐりを飛ばしている。日が傾き始めた頃には楽弥と希舟の球も勢いよくぶつかるようになっていた。「パン」「パン」「パン」どんぐりがはじけ飛ぶ度に少年時代の情景が色濃く浮かぶ。

気になるのは前川さんのパチンコだ。明らかにひとつだけクオリティが違う。持ち手に無骨な彫りの装飾が施されており、アフリカの民芸品のような風格なのだ。「ひーくんのいいなぁ」楽弥と希舟がそれを欲しがる。「これはあかん。ひーくんのや」「自分で色塗るといいよ」前川さんはふたりにそれぞれパチンコを持たせてくれた。「色塗ったらひーくん欲しがるかな?」楽弥は楽しい宿題ができて喜んでいる。もしひーくんが欲しがったらきっと彼はこう言うだろう。「これはあかん。がっくんのや」

photo by : chie maekawa

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ぼくたちのオリンピック

黒けだもの展が終わった。そして今、私は抜け殻のようになっている。まだまだ力不足だが、今の自分にできる精一杯の表現ができたと思っている。”黒けだもの”という物語にすべてを注ぎ込んだつもりだ。

前回の展示から二年の歳月をかけて制作に打ち込み、作品が揃ったのは展示の十日前。それを津留くんがたった数日で撮影し構成して本に仕上げてくれた。それも私が思い描いていた通りに。いや、それ以上に。

彼がルーマニアで買い付けてきた花模様のフックに私の刺繍のバッグが掛かっている。木彫りのクローゼットを開けるとそこにも刺繍のバッグが掛かっている。使い込まれたテーブルには刷り上がったばかりの黒けだものの本が並んでいる。トランシルヴァニア地方にある村の民家で目にしていた美しい家具と自分の作品が調和する。「この景色が見たかったんです」彼は顔に似合わぬ格好いい言葉を吐いた。私も口にはしなかったが同じ気持ちだった。私が刺繍を始めたきっかけはこの景色と共にある。それを津留くんがルーマニアから遠く離れたこの場所で実現してくれたのだ。感動しないはずがない。

朝は典美さんとコーヒーを飲み、夜は津留くんとビールを飲んだ。十日間も一緒にいてずっと楽しく過ごせるギャラリーなんてきっと他にはない。一日中くだらない話に付き合ってくれた典美さんも、毎日未明に起こされた津留くんも疲れたに違いない。けれどこんなに素晴らしいギャラリーで展示できるのだから、寝る間も惜しんで楽しまないともったいない。

ゆっくり眠ることなく十日が過ぎていった。それでも毎日が充実していた。しかし街に活気はなく、不安な報道も耳に入ってきた。予定通り東京オリンピックが開催できるかどうか話している時に津留くんが突然口を開いた。「それよりもこの展示がぼくたちのオリンピックなので」彼は至って真面目な顔をしている。「二年に一度のオリンピックなので」低い声で彼はもう一度繰り返す。

去年の今頃はルーマニアを放浪していて、展示が終わったら家族でまたどこかへ旅することを勝手に思い描いていた。それがすぐには叶わないような状況にみんなで打ち上げをする気にもなれず、ひとりあてもなく夜道を歩いた。物語三部作の最終章を終えて、ここから先どこへ進むかを想像していた。行き先を決めていない旅のように。

ギャラリーに戻ると猫のキンタが庭でじっとしていた。二階では典美さんとチコちゃんと津留くんが食卓を囲んでいた。何だか私は自分の家に帰ってきたような不思議な気分のまま席に着いた。「もう浮かれたり落ち込んだり忙しいわね」ドキンちゃんが放った一言は私がルーマニア人に感じるそれと一緒だった。



photo by : yoshimi doki

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茶けだもの



”黒けもの”は四才。”黒ばけもの”は五才。”黒けだもの”は六才。物語を制作していた時の楽弥の年齢だ。そこに描かれている生と死の世界は子供には理解し難いかもしれないが、ほんの少しでも彼の心に残るようなものを作りたかった。

人間が大事なことを覚えるのは六才頃までのような気がする。そこまでは心の感覚で頭に吸収していくが、そこから先は教えられたものを頭で記憶していく。それで頭がいっぱいになると知らず知らずのうちに心の感覚は鈍っていき、本当に大事なことを忘れてしまう。だから物語が思い浮かぶとまず子供たちに聞いてもらう。子供の心に響くものが本物だと信じている。

小さい頃は夜遅くまで遊んでいた楽弥も、よほど疲れているのか小学校から帰るとすぐに眠ってしまうようになった。「がっくん起きて。ご飯だよ。冷めちゃうよ」夕飯ができるとふたつ下の妹が起こす。「うるさい!こっちは学校に行ってるんだよ。きっきぃ分かる?保育園じゃないんだよ」優しく声をかけた希舟が何故か怒られる。ねぼけまなこで夕飯を食べると楽弥はまた眠ってしまう。「がっくん起きて。お風呂だよ。冷めちゃうよ」懲りずに希舟が起こす。「うるさい!こっちは勉強してるんだよ。きっきぃは遊んでるだけでしょ?まったく」兄の凄まじい勢いに希舟が凍りつく。

彼の頭は小学校のことでいっぱいになっている。これまでは車で送っていたが、展示会で私が不在になるからと最近は三十分かけて歩いて行くようになった。六時半に目を覚まして七時ちょうどに家を出る。それも十分前にランドセルを背負い、炊飯器の時計とにらめっこをしている。これは自覚が出てきた証拠なのだろうか。ついこの前まで遅刻ぎりぎりで校門に車を横付けしてくれと頼んでいた彼が、小学校の鍵が開くのを一番に待っているというのだから人間が変わってしまったかのようで恐ろしくもある。

朝早く楽弥は誰もいない図書室へ行き図鑑を読んでいるらしい。あれだけ自由奔放だった息子が遠い存在に感じるのは何故だろう。今の彼は私の作る物語に興味を持ってくれるのだろうか。そう思っていた矢先にプレゼントをくれた。「これパパにあげる。茶色く塗っちゃったけど」それは赤いりんごを手にした茶けだもののキーホルダーだった。これをポケットの中に入れ展示会へと向かう。

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